2.パジオ
部屋に戻るとテーブルに錠剤の入った小皿とボトルが置かれていた。
「フヨウがあれこれしてくれたみたいだな」
見回すと籠に着替えがそろえられておかれていた。部屋にはバスルームもある。
「残念だが、個室のほうはシャワーしかない。」
そう言ってデモクラが錠剤を嫌そうな顔で飲み込む。
「先に入るか?」
「は、はい。デモクラさんがよければ」
「構わない。先に入ってくれ」
デモクラの返答を聞いてルリはバスルームに入っていく。
棚に目を移すと、マーケットで買っていたバス用品が並べられている。デモクラのものはエメラルド色の石鹸くらいだ。
――そういえばデモクラは全身触手なんだもんな。あの髪も髪じゃないのか。
ルリは服を脱ぎ 身体を洗い始める。シャワーを胸元へかけた時に首輪を外してもらうことを忘れていた。
「デモクラさ~ん。すみません、首輪を……」
「あ……ああ、すまない」
「いえ、こちらこそ」
デモクラがバスルームの扉を開けると、ルリは急いでタオルで身体を隠す。見たことがあるのは十分理解しているが、まだ恥ずかしい。
デモクラの冷たい指が首輪の中に入ってすぐに首輪は外された。「ありがとうございます」とルリが言うと、「ああ、うん」と彼は少し気まずそうに返事をして、扉を閉めて部屋に戻る。
体を洗い、顔を洗い、髪を洗い終えると ルリは脱衣所で自分のナイトローブを取り出し袖を通し、見よう見まねで紐を結ぶ。
バスルームから出て、デモクラに声をかけようとする。
「戻りまし……」と言い切れなかった。
デモクラ以外にもう一人いたからだ。親し気にラブシートで並んで座っている。
「わぁ、この子がマルーリ?美人さんだね~。それに、髪長いのが好み?茶髪好き?」
「パジオ、静かにして向こうに座れ」
パジオ、どこかで聞き覚えがある。
顔をよく見ると、カルーナの案内所で対応してくれた水色の猫耳に似ている。猫耳ではなく黒に金の角が1対生えていて、豊かな空色の髪は腰まできれいに下ろされている。
光景を見て首が絞めつけられて呼吸ができなくなるような感覚が襲ってくる。
「あ、あの、デモクラ……さん。その方は?」と聞くと、パジオが答えた。
「初めまして。パジオ・フランメイルだよ。デモクラのはとこで、主治医。あと学生時代同室だったよ~」デモクラが「余計なことは言うな」とパジオの口をふさぐ。
「主治医……あっ!裏ビデオ見せてデモクラさんにトラウマ植え付けた!」
「どういう紹介してんのさ」笑いながらパジオが言う。
「一番インパクトがあって、危険性も伝わる」
デモクラはため息をついてから立ち上がり、パジオと向かいのソファーへ座る。ルリもデモクラの隣に座った。
首にかけていたタオルを取って、ルリの髪を拭き始める。
パジオは手に持った紙へサラサラと何かを書き写していく。
「……絵に描いたような色魔の異形で淫行医者だが、知識と技術は確かだ」
「酷くなーい?否定はできないけどさぁ」パジオは笑いながら言った。「で?この子が婚約者?」
「そうだ」
「どこまでしたの?」
パジオはペンの先をデモクラに向けて、にやにやと笑う。
「キスと、添い寝だけだ」
「え~?まだそれだけ?つまんないなぁ。じゃあ、僕が味見してもいいよね?」
「駄目だ。終わったら帰ってくれ」
パジオは「ちぇっ」と言って、また紙に何かを書き写す。
「君なら、その細やかな触手で体の自由を奪い取って性交人形にしてハードなラブいちゃプディングコースを毎晩重ねて、結婚式には下着同然のウェディングドレスを着せてトロトロ顔で登場させるんだろうなって思ってたのにぃ~。まぁ、僕のとっておきで怖がっちゃうくらいピュアピュアだったしぃ、今もそうなんだね~。で?今夜はどうするの?この近くの淫魔窟はとびっきり楽しいよ。触手入店可の店も増えたしー、ドーキャの栽培が盛んでリキッドも安い。遊び行かない?紹介するよ」
話の途中から、デモクラがルリの耳をふさいだが、それでも聞き取れてしまった。ルリは顔を真っ赤にした。
「行くわけないだろ。口を閉じないなら早く出ていけ」デモクラが椅子から立ちあがって、入口を顎でしゃくる。パジオは不服そうな顔で抗議する。
「ちょっと変な欲求が出るくらいは刺激あったほうがいいと思うけどなぁ~?」とルリのほうを向いてにやにや笑う。
そして、デモクラに「じゃあ、またね」と言って、部屋を出ていった。
「あ、あの……」と声をかけるとデモクラが「すまない」と言ってルリの隣に深く座りなおす。
「奴は色魔で初めての医者だが、しゃべることは一般的な色魔と変わらない。むしろそれよりひどい。」
ルリは小さい声で「あまりいい印象が残らなかった……」と返した。パジオが言っていた街へ近づきたくはない。
デモクラがルリの髪をタオルで拭く。
「あの……自分でできますよ?」
「俺がしたいからしている」
デモクラはルリの頭をわしゃわしゃと犬にするようにタオルを動かす。
「そろそろ首輪つけて大丈夫ですよ」
デモクラは何も言わず、髪をタオルで包んで水気をゆっくり拭き取った。そのまま髪が広がりすぎない程度に軽くひっぱったりゆるく結んでから、首輪を取り付けた。
「……ローブの結び方が変だな」
「あ、はい。結び方わからなくて」
デモクラがローブのリボンを結びなおすため一度ほどくが、ルリのローブは前が開いていて、胸元が露わになってしまう。
「あの……自分でやりますから」
「俺がやる」
「で、でも……」
デモクラはリボンを結び終えると、ルリの胸元をローブで隠した。
「……ありがとうございます」
「ああ」
デモクラはルリの頭をポンポンとしてから、ソファーを立った。
「浴びてくる。好きにしていていい」
ルリは「はい」と返事をしてデモクラが着替えをもってシャワールームへ入っていくのを見届けた。
一人になったルリは部屋の本棚を見ることにした。「あ」
本と本の間に、デモクラの日記帳が隠されている。
「見ちゃだめ……だよね」
しかし、ルリは好奇心を抑えきれずに、日記帳を手に取った。
表紙は革でできていて、金箔で装飾が施されているが、かなり古い物のように見える。ページをさらりとめくると外見以上にページ数があり、何かしらの魔法がかけられているのだと察した。
目を引いたのは1ページ目の文章。
デモクラ・ココ・キングスの名前が横線で消されて、マラカイトと横に書かれ、デモクラの似顔絵が掛かれていた。一本のみつあみでそうなんじゃないかと思っただけだ。
次のページには長方形の中に矢印がかかれ、セリフが羅列されている。
デモクラが俳優だったことを考えると、これは演出のメモだろうか。
次に描かれているのは檻の中にいるヒトのスケッチ。メモに、「洗脳したら、俺が思い描くヒトになってくれるだろうか。無口で、恥ずかしがり屋。黙ってそばにいてくれる。寂しい夜には寄り添って心を温めてくれる」と書かれている。
次は日記だった。「カリミラさんに注文した。夢で見たあの姿。これはフヨウの描いた似顔絵」先ほどまでのスケッチよりも精巧に描かれた絵の人物はルリによく似ていた。そして、ルリも見たことがあった。
「サトミマノだ」
次のページからはカリミラから連絡がなかなか来ないこと、体調が悪化していることの日記が続いた。
そして、「完璧すぎる。生きたい」そうつづられたページにはカリミラの奴隷船に乗っていた時のやせ細ったルリの姿が描かれていた。
そこから先は、今何を感じているのか知るのが怖くなったので元あった場所へ戻そうとする。
「ルリ」
「は、はいっ!」
デモクラがいつの間にかシャワールームから出てきていた。慌てて日記帳を元あった場所へ戻す。
「あ、あの……その……」
「どうした?」
「な、なんでもないです」と、ルリが言うとデモクラはルリの髪をタオルで拭き始める。「もう乾いてますよ」と慌てて言うが、デモクラの手は止まらなかった。
「あの……日記帳を……」と小さな声で言った。デモクラが手を止めて、「見たか?」と言った。
「はい……」
「そっちなら構わない。見られて困るものは書いてないからな」
「その……あの……私でいいんですか?」
デモクラが本当に求めていたのはサトミマノだ。
「どういう意味だ」
「その、私……デモクラさんにとって、どういう人なのかなって……」
「俺の婚約者」
「……それは、そうなんですけど。私なんかでいいのかなって」
「ルリがいい」デモクラがルリの首輪の宝石をつついて、「俺は、ルリがいいんだ」
ルリは顔が熱くなるのを感じた。デモクラはタオルを籠に戻してから、ローブを整える。
「……ありがとうございます」
「ああ、もう寝るぞ。明日、早いからな。」
デモクラはベッドに入り、ルリの手を引いてベッドに上がらせる。
「あの……私は床でも……」
「駄目だ。しっかり寝ろ」
「はい……」
デモクラが部屋の明かりを消すと、部屋は真っ暗になった。
「おやすみ、ルリ」
「……おやすみなさい」
デモクラがルリの額にキスをすると、ルリはベッドに倒れこむ。フカフカで、いい匂いがする。枕をなでると、これもフカフカだ。ルリの瞼は次第に重くなっていく。
「他の例えが必要か?」
「え……?」
デモクラの言葉に少し目が覚める。
「あったかい抱き枕。一緒にいると寝心地がいい」デモクラはルリの頬をなでる。
「あ、ありがとうございます……」
デモクラは呼吸音があまりない。声を発するときにほんの少し音がするだけだ。
「気の早い話なんだが、俺はヒト型の性行為ができない」
「えと、はい?」
「……聞いたことしかないんだが、まあ、そういう器官になっている触手を差し込む方法になるそうだ」
ルリは重たくなってきた瞼をぱちぱちさせる。
「このことはまた今度話そうか」
「デモクラさんは……?」
「なんのことだ?」
「セルフでしたことないんですか?」
デモクラはふっと噴き出した。しばらく笑っている。笑いが少し引いてから、ルリの頬をなでて、額にキスをした。
「おやすみ、俺のルリ」
「おやすみなさい、デモクラさん」
ルリが瞼を閉じると布のすれる音がした。ベッドの沈みこそ移動してきていない。だが、糸のようなものが少しずつ触れてくる。
多分デモクラの触手だろう。
ルリは力を抜いてそれが体中へ広がっていくのを感じながら眠りについた。
登場人物のまとめを作成する予定です。




