第6話 敵か味方か2
「行方不明!?」
リチャードの放った言葉に、スノウは驚きを隠せなかった。その驚きは、司令官の琥珀色の瞳にも映し出されている。
「行方不明って、一体どういうことだ?」
スノウが尋ねると、リチャードは重苦しい表情で首を振る。
「私にも確実なことはわからない。ただユリスの消息が、一週間前から途絶えている。何か手がかりがないかと、こうしてフィフィリーと二人で調べていたところだ」
リチャードがマルクスの顔を見る。マルクスもコクリと頷き、両手を広げて見せた。
「我々がここに来たときには、すでに室内はこの状態だった。ここで何かが起きたことは確かだろう」
スノウは改めて書斎の中を見回した。
室内はまるで嵐が通り過ぎたかのように荒れ果てている。
以前この邸宅に来た時も、ユリスによって散らかされたリビングの様子は見た。だが今のこれは、それとは比べ物にならない。
書棚は倒れ、無数の本が床に散乱している。机の上には書類が乱雑に積み重なり、一部は床に落ちていた。壁には何かがぶつかった痕跡があり、絵画は斜めになっている。絨毯の上に残された足跡からは、はっきりと侵入者の存在が見てとれた。
そしてなにより、部屋全体に漂う緊張感と不安感が、ここで何か重大な出来事が起こったことを物語っていた。
「ユリスはこの部屋に一人でいたところを、何者かに襲われたんだ……」
リチャードが重い口調で言った。
「犯人の手がかりは、何か見つかったのか?」
「いや、残念ながら、まだ何も」
「ユリスと最後に会ったのはいつだ?」
そう問うと、リチャードが顔を上げた。
「最後に見かけたのは一週間前の議会だ。その日は軍部と評議会との合同会議だった。ただ直接言葉は交わしていない。私たちがユリスと繋がっていることは、秘密にしているからな。直接話をしたのは、ユリスが私に電話をかけてきた時だ。一ヶ月ほど前になる。その時、ユリスは計画の実行を少し待ってほしいと言っていたんだ」
「計画? なんの計画だ?」
スノウは眉をひそめた。リチャードは話して良いか迷っているのか目を泳がせた。すると隣で聞いていたマルクスが口を開いた。
「議会の場でジール総督の不正を告発し、彼を総督の職から更迭する計画さ。ユリスはそのために動いていた」
それは驚くべき内容というわけではなかった。
以前サンダースにユリスについて調べさせた時、総督府はユリスを監視しているようだという報告があった。本人も気付いているようだったが、監視される理由はこれか。総督府は、証拠集めにいろいろと嗅ぎまわるユリスを警戒していたのだ。
「ユリスが行方不明になったのは、その計画を察知したジールの仕業だと言うわけか?」
スノウの問いに、リチャードとマルクスは互いに顔を見合わせた。その後、リチャードがゆっくりと頷いた。
「そうだ。我々は、ジールがユリスを誘拐したと考えている。だが、それを証明する手がかりがまだ見つかっていない」
リチャードの言葉に、スノウは深く息を吸った。ユリスが行方不明になったという事実が、自分の中で徐々に現実味を帯びてきているのを感じる。
スノウは書斎の荒れ果てた様子を再度見渡した。ユリスの身に何が起きているのか、それを知るためには、この場所で何が起きたのかを知る必要がある。
「何か見逃してるかもしれない。もう一度、部屋を徹底的に調べよう」
リチャードとマルクスは頷き、それぞれ部屋の隅に分かれて調べ始めた。
スノウはおもむろにユリスの執務机に近付いた。机の上には、破壊されたパソコンの残骸が散らばっている。画面はひび割れ、キーボードは無残に引き裂かれていた。
(完全に壊されている。データは全て消されたか……)
机の引き出しも荒らされ、中身が床に散乱していた。書類や文房具が無造作に放り出され、引き出し自体も壊れていた。スノウは一つ一つを確認しながら、何か手がかりがないか探す。
(なんでもいい。何か痕跡は残っていないか……!)
「ここもひどい有様だな……」
倒された本棚を眺めつつリチャードが呟いた。
「犯人たちは相当な手際で荒らしていったようだね」
マルクスもまた、本棚の裏側を調べていたが、特に目立った手がかりは見つからないようだ。
その時、司令官が床の絨毯の下から何かを見つけたように声を上げた。
「スノウ、これ見て」
スノウが駆け寄ると、少女は何か小さなものを手にしていた。
「これは……?」
少女の手から受け取ったそれは、エンブレムを形どったタイピンだった。しかしタイピンにしては少し重量感がある。ただのタイピンではなく、明らかに他に用途があるものに見える。
施された意匠は、レーダーアンテナを背にして飛び立つ鷹の姿──。
「──これは情報部の部隊徽章……!」
情報部。それは共和国軍を構成する四つのセクションの一つだ。
陸軍部、海軍部、空軍部、そして情報部。各部門にはそれぞれ徽章が定められており、いまスノウの手の中にあるものは、情報部である事を示す徽章だった。
「うん、そう。でもこれは、これ単体で通信ができる装置だよ。短波を使っているから遠距離でも使えるし、高度に暗号化されているから傍受されても解読が難しいっていう特殊なもの」
「じゃあ、データを解析したら、ここで何が起きたかわかるのではないですか?」
「多分無理だね。通信データは自動で消去されるようになってるから、調べても何も出てこないんじゃないかな」
冷静な口調で語りながら、司令官はスノウの手の中からエンブレムを取り戻した。くるくるとまわしながら眺める。
(妙に詳しいな……)
「しかし、これがここに落ちているということは、少なくともこの部屋にこれを装備した人間が訪れた、ということでしょう」
「まあ、そうだね」
そう言うと、司令官は急に動きを止めた。その視線は、エンブレムの裏側をじっと見つめている。
「この周波数……」
「……?」
少女のその小さな呟きをスノウは確かに聞いた。だがすぐに近付いてきたリチャードによってかき消された。
「そんなものを装備している人間なんて、もしかしてスモークじゃないのか?」
「スモーク?」
聞き慣れない名称に、スノウは声の主を見やった。声を上げたのはリチャードだ。しかし言葉を引き継ぐように語りだしたのは司令官だった。
「スモークっていうのは、情報部の特殊部隊のことだよ。一般の軍人には名前を伏せられているから、知っているのはあたしやおじさんたち高級将校ぐらいだけどね。ほら、前にこの家の周りを包囲されたことがあったでしょ?」
それは、ジールがこの邸宅に直接乗り込んできた時のことを言っていた。
司令官を取り戻そうと、ジールは屋敷のまわりを特殊部隊に包囲させた。結局その企みは、ヒメルが身代わりになることで回避することができたのだが、一歩間違えば住宅街の真ん中で銃撃戦になりかねない危険な状況だった。
「あの時外にいたのが、スモーク。もともとジール総督が作った組織だから、ほぼジール総督専用部隊なんだよね」
「それじゃあ、やはりジール総督がユリスを拉致したってことじゃないか!」
確信を得たようにマルクスが言った。その直後、部屋の隅でサンダースが声を上げた。
「スノウ、これ見てよ!」
呼ばれて振り返ると、サンダースは壁に掛けられた絵画に向かって指を差している。
書斎の壁には額縁に入った絵がいくつか飾られているが、そのうちの一枚が傾いた状態で壁に残されていた。
「どうした?」
近付いていくと、サンダースは湖畔の風景が描かれた絵画を取り外し、その裏側を見せた。
「こんなところに金庫がある」
確かに金庫だった。
鍵穴とダイヤルが付いており、大きさは小型テレビくらい。しかも綺麗に壁に埋め込まれている。普段は壁に掛けられた絵画によって隠されているのだろう。
そう言えば、この屋敷には、ユリスの迷惑な遊び心で様々な仕掛けが作られていると、以前ジェイスが言っていたことをスノウは思い出した。
「どうやら開けられてはいないようだな」
荒らされた様子のない金庫を見て、リチャードが言った。
「そのスモークって奴らにも、鍵は開けられなかったんだねえ」
そう言いながらサンダースがレバーを捻るが、ガチャガチャと音を立てるばかりで開く様子はない。
(もしかして、ジールの目的はこれか……?)
ユリスを拉致するだけならここまで部屋を荒らす必要はない。リチャードたちが言うように、ユリスを攫った実行犯が本当に特殊部隊スモークだとしたら、尚更、意味のない行動などしないはずだ。逆を言えば、ここまで荒らさなければならないほど、ユリスが持っているものを破壊したかったと言うことだろう。それが何なのかは明白だ。ユリスはジールを糾弾するための証拠を集めていた。パソコンが破壊されていたのは、その証拠を消すためだろう。
だがユリスのことだ。そんなところに大事な証拠を残しておくはずがない。おそらくは別の場所にコピーを残しているはずなのだ。
「リチャード、この金庫を開ける鍵は?」
「残念だが私にもわからない。ツルギ、君なら何か知らないか?」
リチャードはスノウからの問いを、パスするかのように司令官に振った。受け取った司令官はしかし、困ったように眉を寄せる。
「ええ? そんなこと聞かれても、鍵のありかなんてあたしも知らないよ~」
「ユリスのことだから、相当ひねくれた場所に隠しているんじゃないかな?」
ため息交じりにマルクスがぼやく。
「ユリスの考えなんて知らないし。まあ、あたしだったら、そうだな~……」
司令官は書斎の中を見渡しながら執務机に近付いて、机上に目を落とした。そこは先ほどスノウも確認はしたが、金庫の鍵のようなものは何もなかった。あったのは倒れて電球が割れた卓上ライトと、真鍮製のペーパーウェイトくらいだ。
スモークの連中も金庫の存在に気付き、鍵を探したのだろう。机の引き出しはすべて引き出され、収められていたものはもちろん、裏板まで調べられた跡がある。書籍が散乱し、ソファーカバーが破かれているのも、その中を探したからだと思われた。
「あたしだったら、その金庫の鍵穴はダミーにするな」
「ダミー?」
司令官以外の全員が訝しむ。
「金庫の形状から、みんな無意識に鍵の形を想像するでしょう? それに合うものを探そうとする。でもそれが狙いなの。その金庫の本当の鍵は、きっとみんなが想像もしないような形をしているんじゃないかな」
「なるほど。確かにユリスなら考えそうなことだな」
リチャードが唸るように言った。
司令官は机の上に残されたペーパーウェイトを手に取った。女性が丸太にしなだれるように腰かけた姿を模しているが、特段変わったところがない重りだ。少女はそれを持って戻ってくると、慎重に両手で持ち、金庫の前にかざした。
ピッ、ガチャという機械音とともに、金庫の鍵が開いた。
「ほらね。やっぱりセンサーキーだ」
「おお! すげえ姫さん。良く分かったなー」
サンダースが感心しきりの声を上げた。そのサンダースに重たいペーパーウェイトを託すと、司令官は金庫のレバーを捻って開けた。
中に収められていたのは、メモリースティックが一つだけ──。
「おそらくジール総督の不正の証拠が記録されているのだろう。ジール総督はスモークを使ってこれを破壊したかったに違いない」
険しい顔付きでリチャードが言う。
「ユリスのやつ、こんなところに重要な証拠を隠して。ツルギがいたからすぐに見つけられたけど、僕とリチャードだけだったらどうするつもりだったんだよ」
うんざりした様子でマルクスが呟いた。
「メモリーの中身を確認した方がいいな」
スノウはリチャードに向かってそう言うと、続いて司令官を見た。
「司令官、この部屋のパソコンは完全に破壊されています。他に、メモリーの中身を確認できる端末はありませんか?」
「あたしの部屋にパソコンがあるよ」
金庫の中からメモリースティックを取り出しながら、司令官は明るい顔で答えた。
「よし、では全員でツルギの部屋へ行こう。急ぎメモリーの内容を確認するんだ」
リチャードの言葉を聞くと、司令官は軽やかに部屋を出て行き、スノウとリチャード、マルクス、サンダースの順にあとに続いた。