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第12話 海上研究所3

 海底エレベーターはこの施設の中心にあたる場所にあった。

 連絡船の上から見た半球形のドーム屋根が、ここからだとちょうど真上に見える。ドーム屋根から降り注ぐ陽の光が、エレベーターの未来的な流線形の外観を照らし出していた。

 周囲には広々としたロビーが広がり、静かな音楽とともに、どこぞのお洒落なオフィスのような雰囲気が流れてくる。

 エレベーターの乗り口は光沢のある金属製で、人だけではなく大きな荷物を載せても余裕がある大きさだ。滑らかで美しい曲線が、まるで近未来の乗り物のようだった。


「あれが海底まで続いているエレベーターだ」


 視線の先のエレベーターを指差しながらビルが言った。


「最上階のこの場所から、あれで海底までおりられるようになっているらしい」


 彼の声には「どうだ、すごいだろ」というわずかな誇りが感じられる。

 しかしビルは立ち止まったまま、それ以上エレベーターに近付こうとはしなかった。いや、それ以上近づけなかったという方が正しい。

 海底エレベーターの前には、スノウたちが連絡船をおりてから通ってきたゲートとは別のセキュリティーゲートがあったのだ。海底エレベーターに乗るには、そのゲートを通過しないとたどり着けないようになっていた。


「この研究所はこの場所を中心に円形に構成されているんだ。地下の階層には海底ラボと呼ばれる特別な研究施設があって、あのエレベーターに乗らないと行けないようになっている。ただ、間違ってもあれに乗ろうなんて思うなよ」

「え? なんでですか?」


 わざとなのか天然なのか、司令官が無邪気な顔をして尋ねた。


「俺たち警備隊の担当区域は研究所の『うわべ』の部分だけなんだ。地下の階層は完全に管轄外。だから、俺たちがあのエレベーターに乗ることはできない。まあ、乗ろうとしたところであのゲートで止められるから、ここから眺めることしかできないんだがね」


 肩をすくめてビルが答える。この場所を確認させたのは、先ほどの警備隊長同様、軍が関知できない場所であることを認識させるためなのだろう。『うわべ』という言い方に皮肉めいたものを感じる。


「さて、そんじゃあ次は寮内へいこうか」


 そう言うと、ビルはまた歩き出した。





 居住区ブロックは、軍人だけでなく一般の研究員も生活している施設のようだ。ただ区画が完全に別れているため、兵士と研究員の交流はあまり無いように思われる。

 警備隊に割り当てられている区画は3階フロアだった。エレベーターホールから左右に伸びた廊下は、建物と同じく緩やかにRを描いており、窓からは光が入ってとても明るい。白い壁には等間隔で扉が並んでいて、この扉のすべてが兵士たちの居室のようだ。一体何人がここで寝起きしているのだろう。しかし今、辺りはしんと静まり返っていた。勤務時間中のため、部屋の住人たちは仕事に行っているのだ。


「ああ、ここだ」


 先頭を歩いていたビルが立ち止まった。どうやら目的の場所に着いたようだ。しかし振り返った途端、何かにハッとして、小さく「しまった」と声を上げた。


「ああ〜、すまないノウルズ中尉! 先に部屋に入っていてくれないか。鍵はこれだから」


 そう言いながらズボンのポケットから部屋の鍵を取り出すビル。それをスノウに手渡し、先頭を譲るようにスノウたちの列から離れた。


「中で待っていてくれ。すぐに戻ってくるから。なんなら荷物を運び込んでくれていても構わない」

「は、はい、わかりました……」


 ビルは携帯電話でどこかに電話をしながら、歩いてきた廊下を戻って行ってしまった。

 取り残されたスノウたちは、束の間ぽかんとしてしまったが、構わないというのだったら遠慮せず中に入らせてもらおう。

 スノウは居室の鍵を開けて中に入った。司令官とサンダースも黙ってあとに続いてくる。


 居室の中はクリーム色を基調としたシンプルな造りになっていた。入口から入ってトイレ、シャワー室とあり、その奥の扉を開けると、ベッドとクローゼットが置かれた少し広い部屋があった。個人用の家具はそれ以外にチェストがあるようだ。


「へえ〜、案外いい部屋ね」


 室内を見回しながら司令官が言った。確かに、風呂トイレが共同である軍の兵舎に比べれば、いくらか良い部屋と言える。そしてベッドが部屋の両端に分かれて2つあるところを見ると、どうやら二人部屋のようだ。すでに誰かが使用しているようには見えなかったので、サンダースと二人でここを使うことになるのだろう。


 スノウはひとまず安堵した。

 関係のない人間と相部屋になるという状況を避けられただけで、潜入任務のしやすさが格段に上がる。警戒心をゼロではないにしろ緩められる空間があるというだけで、精神的な負担が大きく違うからだ。


 ベッドの奥の腰窓からは、水平線が輝いていた。朝日が海面を照らし、まるで鏡のように空を映し出している。海の真ん中にある施設なので当然なのだが、静かな海面にはさざ波以外何もない。この窓から見える景色だけを切り取れば、リゾートホテルも真っ青の光景だ。任務など背負っていなければ、海辺ではしゃぐ琥珀の少女を愛でるのも悪くない。そんなことを想像していたら、廊下の方からビルの声が聞こえてきた。


「いや~ごめんごめ~ん」


 部屋に入ってきたビルは、焦ったような顔にうっすら汗をにじませている。


「女性がいることをすっかり忘れていたよ。ここまで連れて来ておいてすまない。女性はこのフロアじゃないんだ。女性研究員用のフロアに、部屋を一つ空けてもらっているんだ」


 どうやら先ほど携帯電話で連絡を取っていたのが、その女性用フロアの担当者だったのだろう。


「向こうで担当者が待っているから、今から案内するよ」


 そう言ったビルはどういうわけか、サンダースの腕を掴んで引っ張った。


「え? ちょ、な、なんで俺?」


 訳も分からず引きずられながら部屋を出ていくサンダース。


「管理課長!? 違います、そいつは男──!!」


 スノウの弁明も虚しく、ビルとサンダースの足音が遠ざかっていく。

 スノウはしばらく状況が掴めず、二人が消えた先を呆然と見つめてしまった。



「──サンダースが別の部屋ってことは、この部屋はあたしとスノウで使うってこと?」


 司令官がそう言って嬉しそうな顔をしている。


「まさか、そんなわけ……」


 いくらサンダースが女みたいな顔をしているからって、司令官と比べればどちらが女性であるかなんて一目瞭然のはず。

 ビルが実は視力が相当悪いとかでもない限り、取り違えるなんてことがあるのだろうか。


 スノウがあれこれ考えていると、司令官がゆっくりと近付いてきてこちらに手を伸ばした。


「これでやっと二人きりだねスノウ」


 人差し指をスノウの胸に突き立てる。


「ちょっと待ってください。何かの間違いです。すぐ管理課長を呼んできますので──」


 そんな提案など耳に入らないのか、少女が勢いよくスノウの首に飛びついた。


「──⁉」


 司令官を振りほどこうと後ずさるスノウだったが、背後にベッドがあってそれ以上後ろに下がれない。

 なおもグイグイ押してくる司令官に、スノウは堪らず背中からベッドに倒れ込んだ。


「間違えてない。あたしとスノウはこの部屋で一緒に過ごすんだよ」

「はあ!? 男女で同室なんて、そんなことできるわけ──」


 そこまで言って、スノウはハッと気付いた。

 さっき、確か司令官はこう言った。

「これでやっと二人きりだね」と──

 つまり、こうなることを見越して……


「司令官! あなたまさか、姿を変える術を使っているのですか!?」


 司令官は今までずっと、周りの人間に男に見えるように魔術を使っていたのではないか。

 彼女は見た目の性別ぐらい、簡単に変えられるのだ。


「もちろん使ってるよ。いくら陸と海で畑違いって言っても、同じ共和国軍だからね。わたしの顔を知ってる人がいるかもしれないでしょ。ただ言っておくけど、こうなったのは不可抗力だよ。狙ってやったわけじゃない」


 嘘だ。絶対に狙ってやっている。


「あなたと言う人は何を考えて──!!」

「もういいから黙って。じゃないと無理矢理口塞ぐよ」


 司令官に押し倒されたまま両頬を掴まれ、スノウは黙った。それでもこの状況をどう打開しようかと必死に考えるが、考えようとすればするほど、うまく思考がまとまらない。


(ど、どうしたらいいんだ──!?)


「もう、スノウってば。いいじゃん。何も考えなくて。役得だと思ってさ……」


 近付いてくる少女の琥珀の瞳。甘美な誘惑を囁くピンク色の唇を見ていると、確かにそんな気になってくる。

 もしかしてこれも、少女の魔女としての力なのだろうか。


(まあ、いいか。いろいろ考えなくても──)


 スノウは諦めるように目を閉じかけた。

 ──瞬間、



「ちょーっと、待ったーーー!!」


 突然、扉の前になぜか上半身裸のサンダースが現れ、息を切らせながら大声を出した。


「はいはいダメダメ、それ以上はストップ!!」


 サンダースはベッドから司令官を引きはがすように間に入ってくると、頬を膨らませながら言い放つ。


「まったく油断も隙もないんだから姫さんは。考えたもんだよ。スノウと同室になるために男に化けてるなんて!!」

「ちょっと、邪魔しないでよ!!」


 憤慨した表情で司令官は不満げにサンダースを見上げる。


「俺だけ別のところに連れて行かれそうになっておかしいと思ったんだ。おかげで俺はあのおっさんに裸になってまで男だって主張する羽目になっちまっただろうが!!」


 上半身が裸なのはそういう理由らしい。


「もう! いいとこだったのにー!!」

「ソールちゃんとの約束だからね。俺の目の黒いうちはイチャコラ禁止!!」

「やっぱりあの年増女の差し金なのね!? あたしたちの邪魔するなら帰ってよー!!」

「嫌だね!! 俺がソールちゃんに褒めてもらえなくなるだろ!!」


 腕組みをして仁王立ちするサンダースに、司令官はあっかんべと舌を見せた。スノウはというと、無言でベッドから起き上がる。何となく少女の顔が見れない。


「サンダース、管理課長はどうした?」

「あ? ああ、おっさん足遅えな。もう戻ってくると思うけど」

「戻ってきたら俺からも説明しよう。部屋割りを変えてもらわなければならないからな」


 そんな~と残念そうな声を上げる司令官。

 スノウは窓際に立つと、外の景色に視線を向けた。明るい光が海面に反射し、波が穏やかに揺れているのが小さく見える。


 正直、サンダースの乱入に助けられた。あのままだったら、自分は流れに身を委ねていただろう。だが、同時に自分の中にも、惜しいと感じる気持ちがあるという事実を、スノウは否定できなかった。

 何故ならこうして、窓から外の様子を眺めるふりをしなければならないほど、赤面している自覚があったから──






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