ニンカツその九「蛮族娘は危険な香り」
「アカンっ! アカンっ! こんなん初めてやぁ~~っ!」
床に四つん這いでグリーンもじゃ髪を振り乱し、ぴんと反り返るサシャ。
汗まみれ、湯気に曇る瓶底メガネがずれ落ちて、涙と鼻水に濡れてくしゃくしゃの顔がだらしない。
「び、びっくりやあ……里のガキどもなんか目やあらへん……エラいテクニシャンやあトーヤ」
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ひぃひぃ言わせてやるって言ったろ……」
二人とも全身汗塗れ、床に折り重なって突っ伏して。
「後ろから激しゅうするからぁ、肘も膝も擦りむいてもうたやぁん」
「うへへへ。あ~もうサイコー☆」
緑髪に顔を埋め、スリスリしながら、心地よい余韻と脱力感に浸る二人。
「しっかし掃除しろよ。せめて生ゴミと空き瓶は捨てろよな。くっせぇぞ」
「酔うた勢いで汚部屋に引っ張り込んでもうたなあ。恥ずかしいわ」
「研究バカってヤツか? 忙しいのは分かるけどさ、病気になっちまうぞ?」
「うっさいわ。オカンか? コレはコレでちゃあんと片付いとんのや」
なんとも色気のない会話だが、トーヤはサシャのうなじの刺青に、チュッチュッとキスをする。
「ああんっ☆ トーヤぁ」
「なあ、サシャ……」
くノ一になって《オレたち》のハーレムに入らないか?
言い掛けてトーヤは、思い止まった。
ツムギに無断で誘えないし、正体も明かせない。
蛹化変身した『ホワイトシャドウ』の姿で『オカシラ様』と名乗るのが、ツムギと決めたルールだ。
「なんや? はよ言いや?」
「いや、困ってることはないか?」
下手な話題の反らし方に、ぷっと吹き出す蛮族娘。
「なんやそれ。ご機嫌取りか? あいにく困ってへんよ。なんもなあ」
「全然?」
「お陰さんでな。ちゃんと学院の生徒やれとるんや。迷宮探索もまあまあやし」
「そっか、そうだよな」
「困ったいうたら……そや、香木の値上げくらいやな。ネムリスって木が瞑想に必要なんやけど、急に品薄になってもうて」
「買い占めか?」
「多分なあ。瞑想だけやのうて、麻酔にも使うんや。樹液を取ってな。やさかい坊さんや医者も困っとるんよ」
「ふぅん。そりゃ大変だ」
気のない振りをして、トーヤは考えを巡らせる。
麻酔に使えるなら麻薬になるかも知れないし、命に関わる以上、そのままでも高値がつくだろう。
悪事の臭いがする。
エイブリアはまだ、複雑な経済戦争や犯罪組織の高度な収益構造まで、闇社会が発達していない。
だが《オレたち》のような異世界人なら容易く思いつき、懐を肥やす。
学院の創設者も、恐らくは異世界人。
教育の力を熟知し、仲間を殺した魔王に復讐すべく利用したのだ。
サシャがチラと見ていた香炉、あの中に燃えかすぐらいはあるだろう。
こっそり拝借してツムギに調べて貰って……。
「興味あるんやったら、焚こか?」
「うぇえっ!?」
「ウチらの成人の儀式な。コレ焚いて踊って森と泉の女神に捧げるんよ」
サシャが浮かべた意味深な笑顔に、うっと喘ぐトーヤ。
魔法を操るしなやかな指で急所を掴まれ、逃げられない。
サシャが指を鳴らすと、香炉から甘く香る紫煙が漂い始めた。
「ごっつぅ気持ちようなってなあ。みんな仲ようなるんや。分かるやろ?」
「そ、それってヤバくね?」
「ヤバいんよ。だからエエんやぁん☆」
後でサシャの同郷の先輩から聞いたら、結婚初夜はもちろん、意中の相手を絶対落とす時にも使うのだとか。
「んふふ。トーヤぁ。逃がさへんでぇ?」
昂ぶる情熱を込めたサシャのキスに、トーヤも観念して応えていく。
夢うつつで抱き合い、再び二人の濃密な時間が過ぎていくのだった。
「で、どうよツムギ。やっぱヤバい?」
「ああ。上手く精製したら阿片なみの中毒症状が出る」
「あっぶね。薬物耐性、修行で鍛えて良かったぁ。サシャめ、油断できねー」
「ずいぶん惚れられたなー。ただしコレ、量を間違えたり精錬をしくじったら心臓発作で死人が出るぞ」
「おいおい、ますますヤベーな!」
薬学に長けた甲賀出身、この世界では学院入学後に錬金術師の初級スキルを取り始め、もはやツムギの分析は警視庁の科学捜査に匹敵する。
「どっちにせよ、長期服用は間違いなく健康を害する。常習性が高いから、売人大もうけで麻薬は蔓延。放っておけばこの街が丸ごと阿片窟になるな」
「《オレたち》の初仕事か」
「ああ。これの買い占めを調べて、危険な連中なら潰す」
「久しぶりの忍者らしい忍務だ。腕が鳴るぜ!」
「さっそく行くぞ。蛹化! 変身!」




