ニンカツその七「鬣焔の獅子フレイムライガー」
「ずいぶん降りてるな」
「体感で五分ほど。今で三階分ぐらいかな?」
下降する部屋の中では、照明魔法を掛けられたラピスの杖が薄ぼんやりと照らしている。
ツムギはさりげなくトーヤに近づき、彼の足を踏んづけた。
《オレたち》は以心伝心、触れていれば声を出さずに会話できる。
(身バレ防止とは言え、失敗しすぎじゃないか?)
(しょうがないだろ。本気を出せば目立ちすぎるって)
(百戦錬磨の怪忍と、冒険者見習いの学生じゃ実力が違いすぎるからなー)
(《オレたち》最深部を探索中の、勇者級冒険者にも負けないだろ?)
(気楽な学生生活、そしてハーレム作りどころの話じゃ無くなるな)
(まあ今回はマジでうっかりだけどな)
(オイこらオマエ)
ゴゴンッと地響きを立て、エレベーターが停止する。
「到着だ! さて何が出るか!」
「何も無ければ安全なショートカットを発見した事になる。報奨金が出るぞ」
「そうは問屋が卸さないみたいだぜ」
「壁がなくなって、広場に続いてる」
「獣の臭いがするね。デカいヤツだ」
ベルガが斧と盾を構え直したその時、獅子の咆哮が轟き、紅蓮の火線が迷宮の闇を貫いた!
「わっちぃっ! ドラゴンなんか?」
「違う。だが強敵だぞ。燃える鬣、炎を吐き、牙や爪は鋼鉄を焼き切る」
「鬣焔の獅子フレイムライガーか!」
「浅階の中層を徘徊し、新米殺しと呼ばれる中級魔獣だ。金貨二千五百枚の討伐対象だぞ」
獅子が放った熱線に、赤熱したベルガの盾が持ち主の腕を焼くが、逆に吠える女戦士。
「ドワーフの鍛冶が火傷で怯むかぁ!」
「アカンアカン、ウチらじゃ無理や! 迂闊に近づけへんし、魔法も通じひん」
「四の五の言ってる場合じゃない! ここにいたら撃たれる一方だぞ!」
ツムギの一言で、咄嗟に広間へ駆け出すトーヤとザン・ク。
囮になった二人の後を追って、撃ち込まれるオレンジ色の熱線が、獣の姿を照らし出した。
普通の獅子の倍はあろう巨体、灼熱を宿す牙や爪も鋭く禍々しく、炎の鬣は轟々と燃え盛る。
「燃える鬣から放つ熱波は、対魔法防壁にもなっている。近づくだけでも火傷しかねん高温だ。気をつけろ!」
「近づくなと言われても、な! 向こうが飛びかかってくるのだから……な!」
熱線を放ちながら、凄まじい瞬発力で疾駆し、ザン・クに飛びかかる獅子。
振りかざした前足の爪撃をザン・クは間一髪でかわし、肌が焼かれるのも構わず刀身を打ち込むが。
「ぬ、おっ!?」
「たてがみがバリヤーなのかよ!」
首筋を狙った刀身を阻む、炎の障壁。
現役忍者が見てもなかなかの斬撃だったが、半円状に広がった炎の鬣が一撃を受け止め防ぐ。
「ザン・クはん! 大丈夫なん!?」
「袖が焦げたが、軽い火傷だ!」
トーヤが投げたナイフも弾かれるが。
「ふざけんなこのヤロウ!!」
岩小人の罵声が乗った渾身の一撃は、獅子を後ろに吹っ飛ばした。
「効いたでベルガの馬鹿力!」
「いやバリヤーは破れてない。頑丈な奴だ」
「バックステップして、威力をいなしやがった。来るぞ!」
右へ左へ跳躍し間合いを量るや否や、次に狙ったのは。
「ツムギ!」
撃たれた熱線を避けようとして、ツムギがつまずく。
地面に転がる和ロリ少年を、格好の獲物とばかり飛びかかる猛獣の顎。
「させんよ!」
獲物を咬み殺す獰猛な牙目掛けて、ザン・クが再び長剣を突き入れる。
ダンスのように流麗なステップで、しかし鋭く重い刺突を叩き込んだ。
バキャッと音を立てて剣の切っ先が砕けたが、獅子の牙もへし折れる。
「グァオオオオオッ!」
破片が頬をかすめ、肩も浅く抉られた剣士が、顔をしかめつつ飛び離れて。
「火には氷! 転ける前に仕掛けたぞ、氷結玉だ!」
コロリと床に転がって逃げるツムギと獅子の間に、こぶし大の白い結晶玉がある。
意を察したサシャとラピスが、暴れ狂う眼前の獅子に怯まず、同時に魔法を唱えた!
「なら呪印水参風参! 増幅参! 過剰魔力!! 倍掛けやったるわぁああああっっ! 氷嵐ぉぉぉっっっ!!」
「神魂凍てつかせ、我が前に流れ落ちよ地獄の氷河! 背神の徒を深く沈め、物言わぬ骸と化せ! 嘆きの瀑布コキュートス・イヌンダティオーッ!!」
フレイムライガーの猛爪が床を抉り、牙がツムギの白髪を掠めた瞬間、巨体に炸裂する三つの氷結魔法!
鬣の業火が膨れ上がって抗しようとするが、それを呑み込み青白く凍結させていく吹雪の凄まじさ。
「ゴガァアアアアアアア…………ッッ!!」
「やったか?」
「おい!?」
「フラグ!?」
「っさせるかよぉっ!!」
思いっきり振りかぶった両刃斧を、剛速球で投げ込むベルガ!
獅子の顔面を捉えた刃が、凍り付いた頭部を粉砕する。
「やったぜ!」
「あ、焦ったわぁ」
「ここぞと言う時に死亡フラグを立てるな、トーヤ!」
「まあ結果オーライだ! ベルガ嬢のトドメを褒め称えよう!」
「うるせえ、そーいうのはいいんだよ! それより魔石とお宝だ」
「下手な照れ隠しだな。だけど助かったよ、後ろ髪が凍ったけど」
頭を失った獅子の体が、ひび割れ崩れていく。
中からゴロリと転がり落ちるこぶし大の赤い魔石。
「火、いや炎の中級魔石だな」
「火属性の低級スキルを中級にレベルアップでき、新しい火属性スキルも覚えられる」
「うわー! うわー! めっちゃエエやん!」
「宝箱はねえのか? 今度は罠を作動させんじゃねえぞ」
「待ってくれよ。広いんだぜ、この部屋」
床や壁を調べて回るトーヤに、ツムギが髪の氷を払いつつ歩み寄り、水筒を渡した。
(ヤバかったな。《オレたち》の出番かと思った)
(ああ、ラピスって、思った以上に強い気がするぜ)
(ザン・クもだ。戦士系スキルを使わずに、あの一撃だからな)
(見た目通りなのはサシャとベルガか。良くパーティ組むし、ハーレムにいれる?)
(候補にして、様子を見よう。手を出すのはOK)
(んじゃ、ベルガはツムギに任せるな。脳筋系は付き合いが楽なんだけど、ちょっと苦手だ)
(あの鬼女がトラウマだもんなトーヤは。ムキムキ女子を可愛がるのはオレ、大好き)
一口飲んで喉を潤し、トーヤは水筒を返す。
「宝箱はまだかよトーヤ!?」
「この後は退却だ。私もサシャも魔力切れ。ザン・クは剣が折れ、ベルガの火傷も軽くない」
「いちちち。無理は禁物だね」
「僕も怪我してるんだが、少しは心配して欲しいものだ。剣も新調せねばな!」
「どう分配するん? 六人で金貨四百枚ずつ、でも魔石もあるし……」
「元の階までエレベーターを動かせるか、そっちも調べてくれ給え!」
「早えよ多いよ! 時間くれよ!」
「ガンバレガンバレ盗賊さん。楽しみにしてるからな」
強敵を倒して小休止、ケガの応急手当をしつつ、分け前の分配に盛り上がる一行だった。