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ニンカツその二十九「怪物解剖学、ローパー異聞」

「他言無用ですわよ」

 いそいそと下着を身につけ、鎧を着込みながら、テリーヌは念を押すが。

「治療行為だから、気にするなって」

「報酬次第かな?」

 悪びれない《オレたち》に溜め息をつき、ぶつぶつと愚痴をこぼした。

「助けて貰ったのは感謝しておりますけれど、あんないやらしい治療だなんて……ローパーもローパーです。全部脱がさなくても」

「それがローパーの謎なんだ」

「謎?」

「獲物を捕まえ、くびり殺すだけなら力任せでいい。だがローパーはより強い魔力や生気を吸うため、獲物を愛撫し快感を与える」

「で、デリカシーはないのですか、貴方は! 思い出したくないのですわよ!」

「愛撫には繊細さ、注意深さ、計画性が必要だろ? 獲物の反応を分析し、変化と強度を調整し、感じさせるんだ」

「確かにズコバコするだけじゃ、あんなに感じてもらえねーもんな」

「あんなにって、何です! わ、わたくしっ! 媚毒のせいですわぁっ!」

 先ほど熱演してしまった痴態を引き合いに出され、令嬢騎士は恥ずかしさのあまり、耳まで真っ赤に茹で上がった。

「そう、その媚毒もおかしいんだ。獲物を発情させ、痛覚を快感に変換増幅し、しかも精力剤にもなる。こんな都合のいい体液が、自然に発生すると思うか?」

「ありえねーな。いくら怪物だからって、進化がご都合主義過ぎる。しかもローパーに脳は無いんだろ?」

 怪物解剖学は学園の必修科目。

 弱点はもちろん、攻撃方法から生息域、行動パターンなど、全てが冒険者の生死を分け、迷宮攻略への重要な手がかりとなる知識だ。

「もちろん植物種にはないし、動物種も単純構造の刺胞動物だ。解剖しても脳が見つかったことは無い」

「てコトは、本能で動いてるってのか」

「ああもう! いい加減その一人芝居をお止めなさい!」

「そりゃ」「ムリだぜ」

「「《オレたち》だからな!」」

 きっぱり言い切られて、唖然とするテリーヌ。

「動物種と植物種の収斂進化にしたって、ここまで生態が細かく重なるのはおかしい。しかも交雑種までいる。その代表例が刺胞樹海フォリアージュローパーだよ」

「またヤツか。例外中の例外だな」

「例外がここまで重なると、何者かの意図を感じるね。恐らくローパーは生物兵器、迷宮を徘徊する生きた罠だ」

「罠ですって!?」

「ヤツが獲物から引き出す魔力や生気は、個体の消費量を遥かに超えると思う。迷宮や他の怪物が利用してるんじゃないか、そう俺は睨んでる。それに」

「「それに?」」

 《ツムギ》の大胆な考察に引き込まれ、思わずハモる《トーヤ》とテリーヌ。

「ローパーに捕まった全員が、発見される訳じゃない」

 思い当たる節があるのか、あっと声を上げる女騎士。

「卵の苗床にされたり、途中で救助された被害者だけでなく、迷宮にさらわれて寝返った堕落者(フォーリナー)も居るんじゃないか?」

「そんな!? 私がフォーリナーに堕される所でしたの?」

 ぞっとする一言に、女騎士は思わず肩を抱いた。

 迷宮で恐るべきは怪物だけではない。

 最も冒険者を良く知り、冒険者の(スキル)を振るう者。

 魔王への忠誠と引き換えに、魔性の(スキル)も振るう者。

 それが堕落者(フォーリナー)

 迷宮に巣くい、魔王の走狗になり果て地上の民へ牙を剥く、元冒険者だ。

 確かにあの快楽と媚毒の味を、あのまま味わい続けたら、自分が何を選ぶか分からない。

「……事実、私は貴方の情けを卑しく求め、報酬を約束しましたものね。迷宮の奥で更なる快楽、あるいは恥辱を与えられたら、きっと地上に戻れませんわ」

 今でも体の芯に熾火が燻り、微かに湿りを帯びて疼くのを感じる。人間は快楽に弱い生き物なのだと、つくづく痛感させられた。

「辱めを受けるくらいなら死を選ぶ、なんてお気楽な戯言だったのかしら。実際にはこの通り、助けられて生き恥を晒して、それがむしろ幸運だなんて」

 令嬢の身を抉るような自嘲に、《オレたち》の中で《トーヤ》は息を呑んだが。

「とまあ、コレが一般論。もっとタチの悪い可能性がある」

「はぁ!?」「なんですの!?」

 ぽりぽりと白髪を掻きながら、《オレたち》の知性担当(ツムギ)は口の端を上げ、ぞっとするような声音で告げた。

「ローパーがマジで知能を獲得していた場合だ」

「は?」「いやだって」

「「脳がないのに!?」」

 完璧な和音で叫ぶ二人。

「ああ、だからココからの推察は異端だ。その上で言うと、まず俺に言わせれば脳は記憶と分析に特化した、神経細胞(ニューロン)のドデカい集積体だ」

 頭をトントンつつきながら、《ツムギ》はしたり顔で話を続ける。

「ものを考えたり記憶したりするには、脳ぐらいの神経細胞が必要なんで、特別と言えば特別な臓器なんだが、実はそれを一カ所にまとめる必要は無い」

「《オレ》はギブアップだ。ついていけねーや」

「どういうコトですの?」

「神経細胞間の信号伝達さえ確保できれば、各々が分散していても思考できるってのが俺の考えだ。必要なのは能動的な刺激と反応の組織化だからな」

 彼が言っているのは、言わば演算機械(コンピュータ)の仕組みだ。

 回路一つ一つのオンオフの組み合わせが、命令文と計算式で形成された算譜(プログラム)を実行させる。

 回路同士が繋がって動作していれば、同じ筐体、同じ場所に無くても、プログラムは実行できるのだ。

 その回路を神経細胞に、プログラムを知能に置き換えたのがツムギの理屈であり、学園はおろかエイブリアでも異端となる現代知識であった。

「わ、私の理解を超える話ですわ。果たして神々はお許しになりますの?」

「もちろん、人間に脳が要らないって話じゃない。脳は極めて優秀かつ効率的に、知能を稼働させている。だからエイブリアの神々の、創造の御技は正しい。むしろ俺の理屈通りだと、やはりローパーが異常なんだが」

 テリーヌが畏敬に震える手で、鎧を飾る聖印をまさぐるのを見て、《ツムギ》は信仰への配慮を言い添える。

 世界の法則を解き明かし、物質や魔力の大いなる力を引き出す錬金術士は、神々への信仰と異なる知見を得やすいだけに、慎重な立ち回りが必要だ。

「ローパーは多数の触手を動かすために、極めて発達した神経節(ガングリオン)を持ってる。これが連携して脳と同様の知能を発揮してるんじゃないかな」

「触手が知能をっ!?」

 愕然とする女騎士を後目に、《オレたち》はこっそり独白する。

(実際、《オレたち》もそうだからな)

(え?)

(でなきゃ下半身しか残ってないのに、記憶まで保持して再生できるもんか。こちとら究極(アルテミット)変形(ヴァリアブル)怪忍(クリーチャー)だぞ)

 考えるのをやめていた《トーヤ》へ、《ツムギ》はドヤッと得意げに。

(蛸と粘菌をモデルに、全身に分散配置した神経節で脳のバックアップをやってるんだ)

(うえ……《オレたち》タコとアメーバなのかよ)

(参考の一部さ。他にも色々とあるぜ、《オレたち》は)

「さて、余談はこのくらいにして、本題に入ろうか」

「本題、ですの!? 今の話だけでも頭痛がしますのに」

 片手で目頭を押さえ揉みほぐしながら、令嬢は陰鬱な顔で尋ねる。

「何か思う所がありますわね、貴方」

「ああ。幾つか気になることがあってね。それを確かめさせてもらう」

(おい、なんの話だ?)

(いいから任せとけよ。ちゃんと全部、分かるように話してやるからさ)

 一心同体のはずの《オレたち》のナカで、《トーヤ》は《ツムギ》の意図が分からず、戸惑いを募らせるのだった。

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