ニンカツその二十「トップパーティ壊滅」
迷宮探索日の午前中、授業の間の休み時間。
ガヤガヤと活気あふれる教室で、机に突っ伏すトーヤの前の席に座ったツムギが、ジト目で声を掛けた。
「おい。マーリールゥ先生の黒タイツ破っただろ」
「え? なんでオマエが知ってんの?」
「注文が来たんだよ。あのタイツ、オレが織って店に卸してるから」
「そんなこともしてんのかよ」
上げた顔を再び伏せて、眠そうにトーヤは生返事。
「錬金術師だからな。製品を売りに行った商店で、タイツが置いてあったんだが出来がイマイチでさ。オレのを売ることになったんだ」
座敷童の半妖であるツムギは、蚕蛾の妖怪の特性も持つ。
なので糸を紡ぎ衣類を縫うのも得意、錬金術士の副業としてそこそこ売り上げている。
「はー。色々してるなあ」
「手が足りない時は《オレたち》で織るからな。しっかしそれにしても」
「ん? なんか気になる事が?」
「制服、黒タイツ、作物に料理の数々。異世界から来た奴が、かなり派手にやってんなーと思ってね」
「ジャガイモとかトマトとかニンニクに唐辛子とか、けっこうあるもんなあ」
「魔法で現代技術の代替えもしてるし、発展度がチートでヤバいぞエイブリア」
「食事に関しちゃ、有り難いけどな」
「んでもう一つ。お前、朝帰りでくたくたって、迷宮なめとんのかコラ」
「くたくたなのは、せんせーの補習が長引いたせい。うへへへへ。長生き女教師エルフのテクってヤバいわー」
深夜の《お勉強》を思い出し、むふふと笑う盗賊少年。
「タイツを破るなんて、高いのよ。本当にイケない子です……っ!」
端正で穏やかな美女の微笑みに、妖艶さが加わって、とても教育上よろしくない。
年上エルフの芳しい香りに包まれ、豊富な知識と老練な技術に翻弄された夜だった。
夜明け前、優しくおでこにキスされて、補習室から送り出された後。
千鳥足でようよう自室に戻ったトーヤが眠れたのは、一時間ばかり。
如何に忍者の回復力と言えど、体力がすっからかんから満タンには時間が掛かる。
「お前、死ぬんじゃねーぞ。ホント、一級フラグ建築士め。フォローするコッチの身にもなれって」
苦虫を噛んだ顔で、机に肩肘を突きトーヤの頭をツンツンつつくツムギ。
と、そこに級友の焦った声が轟いた。
「ビフのパーティが壊滅したぁ!」
「なんだって!?」
衝撃の一報に、教室が騒然となる。
《オレたち》が途中入学して三週間だが、級友のパーティが壊滅したのは、初めてだ。
「ラギとアーミアがボロボロで帰ってきたんだ。中層四階で奇襲を受けて、ビフとテリーヌが殿で他を逃がしたって」
「クソっ! ゼックは無事か?」
「ミリーは? ナリアは?」
「分からないよ!!」
頭を抱え、泣き出しそうな声で答える級友に、皆も言葉が続かない。
「救助隊が組まれそうだな」
「そうなのか、ラピス」
「君たちの転入前は、何回かあった。高等部でも一年生は入学したばかりで、大半が探索初心者だ」
学園には六年制の初等部、三年制の中等部と高等部、そして在学無制限の大学部に分かれている。
初等部は探索者志望の子供を育てる部で、迷宮探索は行わない。
中等部と高等部は入学時の年齢で分けられていて、カリキュラムは同じ、一年が初心者なのも同じだ。
卒業すれば中高どちらも大学に進むか、市井に出るかを選ぶ。
だから一年は、初心者ばかりだ。
「二組の大半の生徒が参加して、だけどなかなか奥まで進めず、先輩方が救助して来たよ」
「蘇生できなかった者、蘇生待ちの者もいるのは、知っているだろう?」
ザン・クの見た先、教室の後ろの壁に貼られたネームプレート。
金の名札は、蘇生できなかった級友の名が刻まれている。
「この後の授業は中断、皆は探索準備に取りかかる。さて我々はどうする?」
「ああ、もう支度は出来てるもんな」
「先に行くか? 皆と一緒に行くか?」
装備と体調を整え、魔法やスキルの準備をすると、二組の出発は早くて明日の朝になる。
「一夜の差は大きい。だが行かせて貰えるのか? オレたちだけで」
「無理なら皆と行くさ。先ずはマーリールゥ先生に、出発を希望すると届け出よう」
「だめです」
対応に追われる職員室で、二組担任のマーリールゥ先生はオレたちの迷宮探索を却下した。
「二重遭難の危険があります。二組の救助隊に加わって下さい」
「妥当な判断です。ですが一夜の差は救助を待つ彼らにとって、大きいのでは?」
「二、三年生と、学園と契約している冒険者の救助隊が準備中です。心配はありません」
頑なに首を横に振る先生の長い耳は、血の気を失い微かに震えていた。
冷淡なのではなく、等しく愛情を注いでいるからこそ、苦渋の決断を下している。
そう察してなお、押し通すほど無思慮な者は……。
「ンヒ。それは難しいよねん。だってパイセン達は深部の魔獣討伐があるからねん」
「ジェビっ! どうして貴女は余計な事を!」
いつもは誰にでも丁寧な敬語と尊称で話す担任が、なぜかこのダークエルフは呼び捨てた。
それは憤りか、それとも親しみ故か、にわかに判断付きかねるが。
――ふにゅんっ。
「きゃあんっ!」
新緑の貫頭衣、薄水色のブラウスを大きく盛り上げるたわわを、指でつついて。
「キヒヒヒ。そりゃあジェビさんは皆が大好きだからん。フェンゼルシア・ローレシア・マーリールゥの事もねん。それに校長先生もジェビさんと同じだよん」
「えっ!?」
奇矯な祈祷師の言葉を聞きつけたのか、初老のくたびれたスーツ姿に黒縁眼鏡ですだれ頭、《オレたち》の世界そのままの校長先生が歩み寄ってきた。
ムカデが円を描く意匠のネクタイビンが、ちょっと珍しい。
「マーリールゥ先生。彼らに先行して貰いましょう。フレイムライガーを討伐し、帰還してきた子たちだ。けして無理はしないと思いますよ」
「それは過大評価です校長! ジェビもいるんですよ!? 何を唆すか分かりません!!」
「そうなのかね、ジェビ?」
「んー。悪いコトは言わないよん。急いだ方がいいって、ウチのカミさんがねん」
上の方を指さし、痩身蒼白のダークエルフはニマニマと笑う。
「貴女の神は流血神でしょう!! 血と闘争を良しとする血なまぐさい神!」
「生命を司る地母神でもあるよん。あと最近は嫁入りしたとかで、かなりマシなカミさんになってん」
「宗教論争はそこまで。折悪しく上級生や契約冒険者は、深部の魔獣討伐に向かわねばならない。こちらも多くの人命が掛かった重要事だ。私が責任を取ります。君たち、頼めるかな?」
凡庸な外見と裏腹に、ずいぶん腰の据わった校長だ。
威厳すら感じる物腰に、担任も黙らざるを得ず、口をつぐむ。
「最善を尽くします」
一同を代表して、ラピスが頷いた。
「なら、急ごうぜ。せんせーイッてきます!」
「くれぐれも無理しないで下さい。貴方たちを……信じてますから!」
ぺこりと頭を下げて、マーリールゥ先生は《オレたち》を送り出してくれたのだった。




