ニンカツその十九「マーリールゥ先生の特別補習」
「今日は疲れないようにって、言われたんだけどなあ」
「授業中、何度も居眠りするから補習を受ける事になるのですよ、トーヤ君」
狭い生徒指導室で、トーヤの前に置かれたノート代わりの木版を指差す、女教師エルフ。
淡いエメラルド色のフード付き貫頭衣の下に豊満な胸を包む白のブラウス、ぱんと張り詰めた紺のタイトスカート、艶やかな黒タイツ。
清楚と上品な色気が同居する魅惑的な姿で、教師のマーリールゥはトーヤに軽く説教する。
「中層階に行ったなら、仕掛けの難易度も上昇します。私の『第六迷宮史』は重要ですよ」
「そりゃあ分かってるんですが、マーリールゥせんせー。そろそろ気分転換したいですー」
「では、この問題に答えられたら、休憩しましょう。中層八階の下り階段を守る怪物とその弱点は?」
甘えを軽くいなされ、ぐぬぬと頭を捻るトーヤ。
守護者は階層の特徴が有利になる怪物が多い。
木版を見れば八階は森林と書き取っていて、ならば森に潜む凶悪な怪物。
あと昆虫系、植物系の怪物が多いとメモがある。
「吊刑者蟷螂! 弱点は火!」
「いいですね。半分正解です」
「えっ!? 半分!?」
女教師はふっと微笑み、問い続けた。
「守護獣が一体とは限りませんよ?」
「えええっ? ど、どいつだっけ……ううう、わっかんねーっ!」
「それではもう一体の不意打ちは防げませんね。トーヤ君かツムギ君か、あるいは他の誰かが、この瞬間に死にます」
表情を冷厳に改め、厳かに告げるマーリールゥ。
たかが座学と軽んじ、既に前線に出て忍務をこなす怪忍の自負が、一瞬で打ち消された。
この世界は元の世界より大らかで、技術も遅れている。
しかし激烈な生存競争に明け暮れる迷宮の存在は、現代の戦場以上に過酷な環境を生み出していた。
迷宮学園の学業は、全てが生死に直結すると改めて思い知らされて。
「す、すみません。オレ……そこまで考えてなかったよ」
「分かってくれて、とても嬉しいです」
教え子の真剣な反省を読み取った教師は、優しい笑みを浮かべる。
「もう一体は刺胞樹海です。八階の森全体がフォリアージュローパーと、これに共生する植物の森なのですよ」
背後の黒板に刺胞樹海と吊刑者蟷螂の絵を描き、解説する女教師エルフの揺れるお尻が悩ましいが、トーヤはそれどころではなく驚きの声を上げた。
「八階全体がローパーだってっ!?」
「ええ。植物と動物、両方の形質を持つ超巨大ローパーの本体が、守護者です」
「そんなの、ずっと敵に包囲されてるって事だろ!」
「そうです。しかもフォリアージュローパーとハングドマンティスは共生関係にあり、連携して戦います。竜種使いの召喚竜すら切り刻み、絞め殺す程です」
「嘘だろ……」
「なので八階は、深部に匹敵する特別な危険地帯です。気をつけて下さいね」
「はいっ! ありがとうございます!」
心底感謝して、頭を下げるトーヤ。
知らずに行けば、どうなった事かと想像するだけで、背筋が凍り付く。
《オレたち》が本気を出しても、通じないかも知れない。
「それに迷宮は不定期に変化します。魔王が作り変えたり、怪物が移動したり、事故や災害で壊れて修復されたり。なので知識に頼りすぎず、警戒して下さい」
そう言い添えると彼女は、頭を下げっぱなしのトーヤの紅い髪を、よしよしと撫でて。
「トーヤ君が帰ってこないと、私も悲しいですからね。では休憩しましょうか」
「はい……って、うぇえええっ!? なんて格好ぉっ!?」
「あら、お嫌いですか? 今日も見てましたよね? 先生はお見通しですよ」
黒板の板書を消すために、んしょんしょとむっちりヒップを、恥ずかしげなく突き出すマーリールゥ。
貫頭衣の裾がひらひらと揺れて、トーヤを闘牛よろしく煽っていた。
「休憩ですもの。息抜きですよね? 他にも抜きたいものがあれば、先生がお手伝いしてもいいですよ?」
「うわぁ……女教師エロフ……」
消し終えた黒板に背を預け、男子生徒に慈愛たっぷりにっこり微笑む。
「あら、心外ですね。こんなに私の手を煩わせるのはトーヤ君だけですよ。ここ百年で」
「長命種らしいセリフ頂きました。だから今日は疲れちゃダメなのに。なんでご褒美とかご休憩とか、オレをヘトヘトにするかなぁ」
「ご褒美でトーヤ君をへとへとにする、ワルい子が居るんですね。それは聞き捨てなりませんよ?」
「あっうっ、ごめんなさいっ! だから脚、つま先で踏まないでっ!」
「ふふ、お仕置きです」
着席したままのトーヤの靴先を、くにくにと踏み回すエルフの巧みな足技に。
椅子から腰を浮かせかけた少年の机に、そっとお尻を乗せるマーリールゥ。
「せ、せんせっ、せんせぇの甘い匂い!」
「ああ……本当に問題児ですね、トーヤ君は……くふ」
熱い溜息を漏らし、身を捩る女教師の顔は牝の悦びに火照り始めて。
若い牡の衝動を受け止める準備に、スカートの奥も熱くぬかるんでいく。
「あっあっあっ、せんせぇっ! せんせぇっ! オレ、オレ、オレぇーっ!」
「良いですよ。トーヤ君が満足するまで、ずっと補習してあげますからね」
そう言いながらもマーリールゥは、この教師と生徒の禁断の関係に、恐れと悔いを感じてもいた。
(ああ、私はだめな女……教師失格です。露見すれば学園から追放され、或いは投獄、拷問も受けるかも知れません)
勇者足り得る人材を誘惑し、道を踏み外させた罪は、反逆罪に等しいのだ。
(だけど私は、あらがえないのです。この背徳感に。そして彼と溺れる快楽に)
「はぁあ……んんっ、んふぅ。愛してますよ、トーヤ君。んっ、はっ、あああ……」
「せんせぇ……っ! うっ! うぁあっ! ああああっ! あ~~~~っっ!!」
生徒指導室に、女教師と男子生徒の喘ぐ声、濡れた肌がぶつかる音が響く。
何度も、何度も、次第に激しく、狂おしく求め貪り合う行為が、止めどなく繰り返されるのだった。




