ニンカツその十六「妖爪猛襲」
四階建ての豪邸に暮らす大商人だけあって、恰幅のいいパジャマ姿のおっさんは、寝所に侵入した《オレたち》にも動じなかった。
「お前は何者だ?」
「《オレたち》は善意の第三者だ。羽振りが良さそうだな、ズローさんよ?」
「だが麻薬は良くないね。だから選択肢をやる。『ネムリス』の事は全て忘れて破棄するか、死ぬか」
「はっはっは。何のことだ? 麻薬など扱っておらんよ。儂は真っ当な商売人だ」
天蓋付きのデカく豪華なベッドから身を起こし、ふてぶてしい態度で白を切るズロー。
傍らには扇情的な下着姿の若い女が眠っていて、起きる気配は無い。
「堂々と妾を囲ってやがる。奥さんも可哀想に」
「確かに船も倉庫もアンタと関わる物は何も無かった。三十人は居たゴロツキ共も何も知らなかったよ」
船着き場からほど近い倉庫は、取引現場だったが製造拠点では無かった。
用心棒が二十名ほど居たが、《オレたち》の敵じゃない。
少なく見積もっても、今の《オレたち》は迷宮深部の怪物に匹敵する。
それと戦える腕があるなら、密売人の用心棒などやってないだろう。
「だが船長は口を割ったぜ。用心のために調べてたんだと。アンタとこの屋敷を教えてくれたよ」
「とんだ言いがかりだ。船長とやらの嘘を真に受けて、儂を脅しに来たのか」
「《オレたち》に寝込みを襲われて、平気でいられるアンタが白とは思えねえ」
商人がうっと鼻白む。
「匂うんだよ。その女から『ネムリス』の匂いがな。麻薬として精製したヤツの匂いだ」
「この女も証拠にならんぞ。万一、麻薬漬けだと証明できても、儂がした証拠はないわ」
この期に及んで往生際の悪さに、《オレたち》は嗤う。
「くくっ、証拠ねえ」「勘違いしてるな」
「《オレたち》は」「正義の味方じゃねえ」
「目障りなハエを」「潰しに来た」
「「《オレたち》に証拠はいらねえんだ!!」」
「この痴れ者が!!」
言いながらズローは、天蓋の柱に彫刻された薔薇を押し込む。
ドゴンッと轟音を立てて、ベッドの周りに鉄板が落ちて囲んだ。
「なに!?」「仕掛けか!」
「「ぬうりゃああっ!!」」
角の僅かな隙間に指をねじ込み、鋼鉄をねじ曲げ中に押し入ると。
「ベッドごと下に降りやがった!」
「エレベータかよ! 金持ちはやることが違うな!」
すぐさま飛び降り、後を追うと出迎えたのは十数の刃。
警護の戦士達が剣や槍を構え、後方では魔法使いが呪文詠唱を始めている。
「お、倉庫のゴロツキより高給取りだ」
「これが返事か、ズロー?」
「決して逃がすな。殺しても構わん」
「てやあーっ!」
腕に覚えのある小柄な戦士が、ずいっと踏み込んで一太刀を浴びせてきた。
鋭い斬撃だが油断なく残心し、二の太刀を跳ね上げ、三の太刀を繰り出す。
その肩越しに、ヒュッと突き出される槍の穂先!
「うわっと!?」「危ねえ!?」
危うく避けたが、その隙に三組が《オレたち》の周りを取り囲んだ。
二人で一組、前衛の剣に後衛の槍が連携している。
「広いし屋根も高いし」「殺り部屋だな」
「しかも盾持ちの騎士崩れが四人、抜かりなくズローを守ってやがる」
「魔法が来るぞ!」
「穿て! 貫け! マナよ鋼より鋭き自在の矢となりて! 魔法の矢!!」
魔法の矢は初歩の攻撃魔法だ。
術者の念ずるまま障害物を避けて飛び、魔力の尖った塊を撃ち込む。
「九本だと?」「熟練者か!」
「食らえ!」
放たれた九本の矢に、《オレたち》は両手を突き出す。
「避けられねえなら」「当たれやあ!」
十指を触手に変形して伸ばし、矢を迎撃。
「痛ってぇっ!!」
指先が裂け砕ける鈍い痛みがガツンガツンと響くが、数で上回った残り一本が魔法使いを襲う。
「させない!」
前の戦士が、素早く切り込んできた。
「左右と後ろからもだ」
「しゃらくせえ、薙ぎ払ってやるぜ!」
「「うぉりゃあああっっ!!」」
瞬時、筋肉をパンプアップさせ、膂力任せの旋回、触手を鞭に変えて暴風と化す。
「ぐあ!」「げふ!」「ぎゃあんっ☆」「ん?」
正面の一組は身をかがめ後退して避けたが、残り三組は吹っ飛ばせた。
「ところがどっこい。まだあるんだぜ《オレたち》」
「ほら、アタックだ!!」
振り回した両腕の内側に、新たな二本の腕を生やし、バレーボール大の繭玉を二個編んでいて。
取りあえず殺すのは後回し、無力化するのを優先で。
思いっきり投げつけたら、小柄な戦士は後ろの槍使いと魔法使いを庇い、二個と顔面で受け止めた。
「はぐっ!!」
「ソラカゼ!?」「ソラカゼ君!?」
「え、両方」「女の子!?」
「こいつ」「ハーレムショタか!?」
「ななな、何を言っている貴様ァッ!?」
「ワタクシとソラカゼは未だそのような間柄では!!」
「取りあえず、君たちは縛っとくね」
「用があるのはズローなんで!」
慌てふためく恋のライバルらしき乙女二人を、触手で縛り上げる《オレたち》。
「うぐっ! ぐぁあああ……あはぁんっ! よ、鎧の下に潜り込むなグリグリするなぁっ!」
「ぬぶぉっ!? ん~っ! ん~っ! んんん~っ!!」
槍使いは股菱縄縛りで手足も拘束、魔法使いは口を塞いで簀巻きにし、触手を切り離して床に転がした。
「ワンパターンで恐縮だけどさ」
「あんまり手の内を晒したくないんだ」
「盾持ち騎士四人、警護に雇われただけなら見逃してやるぜ?」
《オレたち》の言葉に動揺する四人。
主力のハーレムパーティーが一蹴され、戸惑って居るだけでなく。
ズローヘの不信感も透けて見えたが。
「その姿と力、盗賊が少しばかり戦えるようになると、ニンジャを騙るようになるわ。半端者め」
「へぇ。てっきり四人を盾にして、逃げ出すかと思ったけど」
「《オレたち》をハンパ呼ばわりたぁ、びっくりしたぜ……その泥臭ぇ瘴気っ!」
ダッシュして殴る、四人の盾を!
「「「「ぐわぁっ!?」」」」
――バグンッ!!
「邪魔したな。喰い損ねたわ」
全力でぶっ飛ばして壁に激突、失神させた四騎士の元居た場所に、ワニじみた瘴気の顎が牙を剥いていた。
ズローは全身をどす黒く粘り着く瘴気に包まれ、人あらざる骸骨めいた凶相に変貌している。
「死霊かよ……取り憑かれたな」
「元は善人なら、後が楽なんだけど」
「何処から流れてきた混ざり物か。よかろう。我が贄にしてくれる。存分にもがき苦しみ、上質の怨嗟を捧げるがいい」
長く伸びて節くれだった指で呪印を組むズロー。詠唱なしで放つ魔法は!
――雷燼!!
「「ぐぁあああああああっっ!!」」
凄まじい放電が十重二十重に撃ちつけ、《オレたち》を焼き焦がした。
普通なら即死する威力だが、焼け残った細胞が即座に増殖再生し、傷ついた組織を修復していく。
しかしその代償は生命力だ。
ふらつき、膝を突く《オレたち》。
「ぐぅぅっ!」「はぁ、はぁ」
「大丈夫か」「お前こそ」
「ヤツの魔法」「知らない呪文だ」
「ラピスやサシャの魔法と違う」
「威力もヤバい。手加減無用だ、な!」
一挙動で飛び出し、全力で繰り出す前蹴り!
手榴弾の威力に殺意も込めた蹴撃を、避けようもなく壁に叩きつけられ、ズローは砕けた瓦礫と共に廊下へ吹き飛ぶ。
――雹烈!!
「あがががががっっ!!」
身を起こす事もなく数百の雹弾をぶち込んで来るズロー。
凍てつく機関銃の弾幕でズタズタに引き裂かれ、ようよう再生した眼球に映ったのは、壊れた操り人形を修復する死霊の黒い瘴気。
「この依代は失うに惜しい。復活するには貴様らの魂では未だ足りぬゆえ」
(依代を壊してもすぐ直す。物理以外の攻撃で死霊を倒すしかない)
(良いのか? かなりしんどいぜ、オマエが)
(なぁに、とっておきがあるさ)
「相談は終わったか? 絶望を深め、慟哭せよ。より冥き死で魂を汚せ!」
「そーかい」「欲深いねえ」
「二兎を追う者」「一兎も得ず」
――炎辣!!
放たれた業火の渦に飛び込み、全身を焼却されながら拳に込めたのは……座敷童ツムギの妖力!!
「足りぬわ。死してなお我が侵蝕魔法は……」
「「三兎ならどうだぁっ!!」」
「何だと?」
「『忍法・三倍化!』ですっ!!」
この一瞬の為に、一心に姿を隠していたナリアの忍法が、ツムギの妖力を三倍に増大!
それを鉤爪へ、更に凝縮して!
「「滅却! 妖爪猛襲ッ!!」」
「オオオッ!?」
妖紫魔炎に必殺の念をあるだけ込めて、怯む死霊を袈裟懸けに斬り捨てる!
「ゴバァアアアアッ!!」
劫と燃え盛る炎に包まれ、瘴気が焼き尽くされて。
どさりと倒れ伏したのは、依代だった商人の体だった。
「ヘヘヘっ。やったぜ」
「死人は黙って死んでろ。全く」
ほとんど消し炭になった体を懸命に再生し、床にへたり込んだ《オレたち》の首根っこに、ナリアが抱きつく。
「オカシラ様ぁっ! 無茶苦茶ですよぉ! 魔族の魔法に飛び込むなんて!」
「魔族だって?」
「はい。侵蝕魔法は上位魔族が操る禁忌の魔法です!」
心配の余り涙ぐみ、すんすんと鼻を鳴らして、すがりつくナリア。
彼女の体温と生気、胸の音が肌に染み入り、《オレたち》は生の実感を取り戻した。
「次元を侵蝕して摂理を歪め、意のままに事象を操り、世界を腐敗させてしまう、恐ろしい禁呪なんですよぉ!」
「とんでもない奴に出くわしたもんだ」
「だけど勝ったろ、キミのお陰で」
「最高のタイミングだったぜ」
「んもぅっ! 反省して下さいっ!」
難敵を倒し、生き延びた安堵の笑みは、しかし次の瞬間、凍りつく。
「よもや……三匹目に気づかぬとはな」
「なんで消えてねえ!?」
「焼き尽くした手応えは確かにあった」
「貴様らに消されたは、我の瘴気よ。我が魂はこれに宿り、妖炎に耐えた。お互い甘かったようだな」
倒れ伏すズローの右腕が持ち上がり、するりと抜けて宙に浮かぶ腕輪。
白銀の輝きが消え失せ、鈍色の不吉な造形の中心に、人あらざる凶眼が開く。
《オレたち》は背後にナリアを匿い、周囲で倒れているショタハーレム連中や、他の警護の位置も確かめた。
「逃がすと思うか?」
「追えまいよ。我も貴様らを殺し尽くせぬが、娘や他の者は殺せる」
はったりかも知れないが、ナリアの命を賭けるには、リスクが大きすぎる。
「行けよ。だが必ず見つけて滅ぼす」
「決着は必ずつけるからな」
「混ざり者風情が……」
忌々しげな怨念を《オレたち》の耳朶にこびりつかせて、凶眼の死霊は虚空へ姿を消した。




