ニンカツその十「許せないもの」
「と言うわけで」「死にたくないだろ」「仕入れ先を」「教えてくれよ」
小屋の床に散らばる売人どもの首とはらわた、大量の鮮血。
そして濁った目で宙を眺め、ケタケタと笑う、みすぼらしい姿の男女。
「ひいぃぃっ!」
「逃げ場はないよ」「クズ野郎」
「五体満足なのは」「お前だけ」
「漏らしやがって」「汚ねえなあ」
「殺さないでくれぇっ! 話す! カネもやるっ! だから助けて!」
強面で売人どもを束ねていた盗賊の頭が、懸命に命乞いするのも無理はない。
迷宮を中層階まで踏破した冒険者崩れの用心棒たちが、瞬殺されたのだ。
侵入した天井裏から、飛び降りての不意打ち、手刀で容易く首を撥ね、触手で胴を突き破る怪物の、一方的な殺戮劇。
「こいつら冒険者の盗賊が、話を持ってきたんだ! 取引は週一回、ロナド運河沿い、ガバン教会近くの廃屋で、相手が誰かは聞いてねえ!」
「しまった」「こっちが本命か」
「まあいいさ」「取引場所が分かった」
「貧民街だな」「人目につきにくいぜ」
「こ、これでいいだろ! なっ?」
「お前らさ」「この人たちに何した?」
「廃人にして」「オモチャにして」
「「殺してたろ??」」
《オレたち》は怪忍だ。
殺人鬼でも、怪物でもない。
たかが売人や用心棒なんて、叩きのめすだけで十分、手を汚す必要はない。
だが人を麻薬漬けにして廃人に追い込み、金が毟れなくなったらお遊びで殺す外道どもは、生かしておけなかった。
ましてこの男は、年端もいかぬ少女を犯しながら首を絞めて殺し、ゴミのように捨てさせたのだ。
「やっ、約束が違ぇっ! わぁああっ! ぎゃああああああーーーーーっ!!」
袈裟懸けに両断して、《オレたち》は溜め息をついた。
忍者は冷酷非情だが、無用な殺しはしない。
善悪ではなく、殺せば恨みを買い、要らぬ因縁が後々つきまとうからだ。
少なくとも《オレたち》がいた元の世界では、そうだった。
後腐れがないよう皆殺し、というのがむしろリスクになる情報化現代社会だ。
「後味が悪い」「ますます許せねえな」
「さっさと終わらせよう」「運河か」
「用心棒の線からも」「調べておくか」
臓物をぶちまけた死体を探り、盗賊や魔法使い、リーダーと思しき戦士の所持品を回収する。
「後は変装か」「こんな感じだっけ?」
流動変型する《オレたち》の皮膚と筋骨は、他人に化ける事も余裕、衣服も再現できる便利な異能力を持つ。
変装術と併用すれば、特撮かCGかと思うほど精巧に化けられた。
小柄な盗賊の姿を拝借し、灯夜と紬を交互に分離して出来を確認して。
更にチートスキル『シン・萬川集海』で獲得済みの『忍法・木霊返し』で声も再現できる。
「何がチートって」「欲しい忍法が」
「だいたいあって」「即、修得できる」
「《オレたち》のクラスレベルと」
「スキルポイントが足りてれば、ね」
「スキルポイントは、いっぱいあるぜ」
「おねーさんのご褒美が、大量の経験値だとは恐れ入った」
「「いろいろ経験させて貰ったし!」」
だが今回は声を聞く前に秒殺したので、変装も会話も詰めが甘い。
「用心棒が」「手がかりとは思わずに」
「殺っちまった」「手加減できなくて」
「これだから」「殺しはイヤなんだ」
「やり直しがきかない」「やれやれ」
だから殺しを避けるという、忍者らしい切実な理由もあったりする。
情報工作、諜報活動が主忍務の忍者は、情報の裏取りや再交渉の余地を残すのは、むしろ必須なのだ。
「昨日の敵は」「今日の味方」
「明日の取引相手」「めまぐるしいぜ」
変装を終え、取るものも持って《オレたち》は、小屋を後にする事にした。
盗賊団のアジトだけあって、隣家とは接してない。
そもそもこの辺も治安の悪い区画だ。
多少の悲鳴は、誰も気にしないが。
それでも死臭が立ちこめているし、麻薬を買いに来る客もいるだろう。
長居は無用、なのだが……。
「行くか」「あの人たちはどうする?」
「廃人じゃ治せないよ」「手遅れか」
「割り切れないよな」「ああ」
《オレたち》はチートだ。
でも万能じゃない。
少なくとも今、彼らは救えない。
「衛兵の詰め所に」「投げ文するか」
「後は役所と医者」「坊主の仕事だ」
「回復魔法で治せればいいな」「ああ」
盗賊について扮した《オレたち》は、扉を小さく開けて周囲を伺い、不審な動きがないのを確認して外に出た。
夜も更けたが、まだ夜明けは遠い。
「取引場所を探すか」「そうだな」
一刻も早く終わらせよう。
苦い思いを胸に、《オレたち》は小屋から立ち去った。




