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追放令嬢の孤島経営 ~流刑された令嬢は、漁場の島から『株式会社』で運命を切り開くようです~  作者: mafork(真安 一)『目覚まし』書籍化&コミカライズ!
第3章:塩と炭と騎士団

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3-14:関税

 ギュンターさんとエンリケさんは、滞在のため家を借りあげてくれた。

 一家族が過ごせるほどの部屋数と、地下倉庫も備えた、小さくとも立派なお宅である。

 そもそも、『総会』という大イベントで普通のお宿は満杯のはずだ。2人はさすが経験豊かな交易商で、3ヶ月前からもうこの物件を押さえていたらしい。


 ワインや塩漬けニシンの小樽など、私達は試供品用の製品も持ってきていた。それらは地下倉庫に納めることになるだろう。

 『海の株式会社』とギュンターさん達、合同の臨時事務所といったところだ。


「俺とエンリケは、議場の様子を見てくる」

「正式な開催日程は5日後ですが、主だった参加者はもう集まっているようですしね」


 そう言って、ギュンターさんとエンリケさんは馬車に乗り込んでいく。

 私も行きたかった。『海の株式会社』の今後が左右されるのだもの。

 けれど、議場には私を知る王宮の人だっているかもしれない。

 長旅のせいか、今更に体が熱くなってもいた。


「――お願いします」


 私は、ログさんとハルさんと一緒に、不安と戦いながら荷ほどきをする。

 結局、ギュンターさん達が帰ってきたのは陽が落ちてから。


「くそっ」


 帰ってくるなり、ギュンターさんは黒帽子を机に放った。そのままどっかと椅子に腰を下ろす。

 緊張で喉がごくりと動くのを感じた。


「……上首尾、とはいかないようですわね」

「ええ。むしろ逆です、商聖女」


 エンリケさんは、こんな時でも柔らかい微笑。だけど、明らかに疲れて見えた。

 改めて、私は二人に深く感謝しなければならない。


「お二人とも、『海の株式会社』のためにここまでしてくださって、本当にありがとうございます」


 一礼すると、苛立っていたギュンターさんが面食らったようになる。


「ただ事業については、私達こそ、悩まなければいけないこと。何があったか、説明をお願いしてもよろしいでしょうか……!」


 逸る気持ちを押さえて言った。

 ギュンターさんが目を瞬かせ、困ったように首を振る。


「……ああ、すまん、見苦しいところをみせたな。しかし、どこから話したものか……」


 言いながら、椅子に深く座り直す。

 窓の外はすでに暗い。灯されたランプの灯が、私達の影を壁に投じていた。

 やがて、ギュンターさんはぽつりと呟いた。


「やられた。塩がない」


 首を傾げるのはハルさん。


「……塩? さっきの『取引所』にはたくさんありましたけど」

「ふ、そうだな。逆に言えば、そこの値段はどうだった」

「それは――」


 ログさんが引き取る。


「上昇していた。質のいい白塩は、もともと高値というが」

「それにしたって、今の値段はおかしい。順を追って話そう。商人連合会が、とある規制を始めた。そのカギになるのが、塩なんだ」


 私は息を整えて、ギュンターさんを見つめた。


「詳しくお願いします」

「ああ。商いそのものへの規制だ。今後、商人連合会に加盟する商会、および都市は、決まった仕入れ先からしかモノを買ってはならない。でなければ、外国商人から仕入れる場合は高関税、王国内の中小商人でも品質審査料――似たような手数料をかけられる。審査料がかかる分、中小商人は競争するために安値で売らねばならん。麦や材木、そして塩漬けニシンが対象だ」


 眉をひそめてしまう。

 手数料というが、納め先が商人連合会なら、それもまた取引にかかる税――一種の関税のようなものだ。


「その決まった仕入先というのは?」

「商人連合会が決める。大抵は大商会だ。つまり、大商会に属していない中小商人や、新興の商人は選択を迫られる。大商会の下請けになるか、それともいっそ商いをやめるか」


 私は頬に指を当てて、できるだけ深く思考を働かせようとした。

 急だ、理不尽だ――そんな気持ちを押さえつけて。


「最大の問題は、外国産の産物だ。連合会は『出所が不明瞭な産物』と言っていたが……要は外国産の良質な製品が王国内に入ってきて、連合会に属する大商会の売上が減った。だから、まずは外国商人を関税で閉めだすということだ」


 ――こちらは、割とわかりやすい話だ。ハルさんが眉根を寄せている。


「か、関税?」


 頭の整理もかねて、私は指を一つ立てた。


「都市は、港で製品を荷揚げする時に税金をかけます。シェリウッドでは港の停泊料と一緒だったけれど、このリューネの街でも、外国商人の船から荷物を陸揚げする時は余計にお金をとっています」

「ええと。通行料、みたいなものですか?」

「そうですね。実際、港を管理する街にお金を入れるというのも、関税の役割です。ただ」


 私は言葉を切る。


「他所の品物が入ってこなくする狙いもあります。運送にお金がかかったら、その分、値段を高くしないと利益がでない」

「あ、そうか……利益が減るか、値段が上がって売れなくなる……」


 ハルさんは目を白黒させていた。

 うーん……ここにいるのは商人ばかりだから、ざっくり言ってしまうことにしましょう。


「商人連合会は、王国の商いを牛耳る組織。つまりこれは、あからさまに自分達の品を保護するための関税でしょう。悪く言えば、外国産の閉め出しです」


 リューネは、北の海を東西に分ける半島、その西側の根元に位置する。

 この街を起点に運河が伸び、やがて街道と接続。海の東西を越える産物は、半分を運河、半分を交易路で運ばれ、半島を越えるのだ。

 つまりリューネで関税が強化されるということは――海の東西を結ぶ通り道が、塞がれるようなもの。

 ぞくりと背筋が寒くなった。


「流れている川を、途中でせき止めてしまうようなものだわ……」


 それで、倉庫でトラブルが起きていたのだろう。

 こんな商業の前提をひっくり返す規制が話されているのに、まともに仕入ができるわけがない。

 リスク回避で仕入を絞り、それがすでに商いに影響しているのだ。

 エンリケさんが肩をすくめる。


「……商人連合会は、特に7つの大商会が牛耳っています。彼らは毛皮や香料などの王侯向け奢侈品に目を向けていて、小麦や塩漬けニシンなどなど、彼らがかつて得意とした産物では売り負けていました。それがいよいよ、我慢できなくなったのでしょう」


 私は息をついた。結った髪をなでる。額には汗が浮いていた。


「……中小商人との取引にまで、事実上の税を課すのも、同じ意味ですか?」

「うむ。新興の商人は、新たに参入するだけあって質がいい。もともとニシンなどにあった等級の認定制を悪用して、大商会の仲間内以外は商いから排除する」


 私達、『海の株式会社』はまさにこの新興の商人に入る。


「外国商人とは違って、連合会への申請と利益の上納なんかで、販売が認められる制度があるそうだが――連中の判断次第だ。商いを統制するのは変わらない」


 エンリケさんが、くく、と乾いた笑いを漏らした。


「特に、外国人の排除はかなり念が入っています。王国外の商人に、北方の言語や文化を教えることも禁止だ。いやいや、怒っていますねぇ」

「規制の一部は、決まれば今年から適用だ。つまり、まだ決定ではない。しかし連中は本気だ。だからこそ、シェリウッドや沿岸都市に連合会の人間がきていたんだろう」


 私は顎に手を当てた。

 シェリウッドにいたベアズリー商会や、ブルーノという商人が頭を過ぎる。


「沿岸都市への影響力を増して、この閉め出しを実行しやすくする、ということですか。荷揚げ時の関税をかけない都市が出れば、そこが抜け道になりかねない」

「ああ。悪いことに、半島の南半分はすでに連合会が押さえている。王都やリューネ――大都市へのルートで関税の抜け道はないだろう」

 

 沈黙がやってくる。

 ランプの灯が揺れる音さえ、聞こえそうだ。


「関税、ですか」


 頭がズキリと痛んだ。

 自分達の産物を守るために関税をかけるのは、悪いことではない。関税に通行料の役目がある以上、交渉や、力関係で扱いが変わってくるのは商いとして自然なことだろう。


 でも強い立場で理不尽な値をつければ、結局のところ、損をするのは品物を買う民だ。

 中小の商人を閉め出すというのも、明らかにやりすぎだ。彼らはもともと王国の商人なのだから。

 自分たちの製品が売れないから、他の商人を閉めだしたい――そんな欲望が透けてみえる。


「そんな……」


 失望に、理不尽さへの怒り。

 王宮から追放された時と、似た気持ちが湧き上がった。

 手も声も震える。


「どうか続きを」


 商人はへこたれない。二人には続きも、案もありそうだった。

 もちろん私も、切り抜けなければならない。『海の株式会社』のために。

キーワード解説


〔関税〕


 商いにかかる税の一種。

 今では国ごとに関税を定めているが、

 クリスティナ達の国はまだ都市に対する王国の権威が行き渡っておらず、

 都市が税を決めている。

 地域によっては、国内の貨物移動に対してさえ税が低率で統一されるのは、

 大航海時代も終わり近世に入ってからだった。


――――――――――――


お読みいただきありがとうございます。

続きは10月18日(水)に投稿予定です。

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