表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放令嬢の孤島経営 ~流刑された令嬢は、漁場の島から『株式会社』で運命を切り開くようです~  作者: mafork(真安 一)『目覚まし』書籍化&コミカライズ!
第3章:塩と炭と騎士団

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/73

3-6:出港


 私とエンリケさんは高台を下りて、港へ向かう。

 すでに大勢が集まっていて、桟橋の小船から荷揚げが行われているようだ。

 ただ人混みのせいで、どんな荷かはわからない。久しぶりの交易船で見物人も多いのだ。


「これは……内側へいくには、骨が折れそうだ」


 エンリケさんが微笑して手を伸ばしてくる。


「手を引きましょうか?」


 おずおずと、私はエンリケさんの手を取る。社交の場で手を取ることと、また別の勇気が要った。


「行きますよ――さぁ、通してください!」


 二人で、屈強な漁師さんの人混みをかき分ける。

 内側に入ると、ハルさんが真っ先に気づいて跳びあがった。


「あ! クリスティナ様!」


 ようやく騒ぎの原因がはっきりした。

 船着き場にいくつもの袋が積まれている。ログさんも、両肩に麻袋を担いだ姿で歩いてきた。

 私はエンリケさんの手を放す。

 どうしてか、ログさんにはあまり見られたくなかった。


「ログさん、これはいったい……」

「塩らしい。『海の株式会社』の荷物だってみんなが知ったら、この騒ぎさ」


 苦笑しながらログさんは麻袋を地面に置く。


「そちらの、エンリケ殿からだ」


 エンリケさんはにっこりして、集まった面々に対して一礼する。


「皆さん、お騒がせしました。この塩は、交易商人エンリケからの、『海の株式会社』へのささやかな心配りです」


 ささやかな――なんて、とてもいえない。

 辺境の島では、塩だって立派な交易品だ。それが、人の肩くらいの高さにまで積み上がっている。

 唖然とする私にエンリケさんは告げた。


「60袋、55デール(約1.6トン)あります」

「そ、そんなに……」

「おや、驚いている証拠ですね? 塩漬けニシンの生産者は、船底を丸ごと塩で埋めることもあるそうですよ」


 頭で算盤を弾く。


「たしかに1樽でも、ゆうに2袋は使います。これだけあっても、30樽分ですか……」


 現在の生産ペースは、月あたり15樽。

 つまり、たかだか2か月分だ。

 といっても、大樽1つで1000尾も入るから、日々の漁獲は相当なものなのだけれど。

 計算をすると、混乱していた頭が静まっていく。


「ありがとうございます、エンリケさん」

「今度こそ、これを出資としたい。セカンド・チャンスです。いかがですか?」


 やられた、と思った。

 これだけ大勢の前で、エンリケさんは『心配り』、つまりあげるといったのだ。

 これは――確かに出資を断りにくい。

 整った笑みにも、なんだか黒いものを感じるような。


「……そういうことですか」

「ええ。そういうことです」


 嘆息して、結った髪へ触れる。


「なるほど? 出資の話は、これが本命だったのですね」

「もちろん、北方商圏への入り口として、島には注目していますよ。基本は修行ですが、僕は新たな商圏を目当てに、ギュンターさんの下にいたようなものですから」


 ログさんとハルさんが顔を見合わせる。

 私は二人に、状況と、エンリケさんの身分を耳打ちした。

 ハルさんが目をまん丸にする。


「お、おう……!」

「は、ハルさんっ」


 私は慌てて唇にひとさし指を当てる。

 ログさんがほうっと息をついた。


「……君と出会ってから驚くことばかりだが――それは、よく考えた方がいい」

「ええ。領主様にもお伝えする必要があるでしょう」


 胸を過るのは、婚約破棄の顛末だ。王家や貴族にはあまり関わりたくない、というのが正直なところ。

 エンリケさんが言った。


「もちろん領主様にも、お伝えするつもりでした。ただ、まずは経営をするあなたに明かすのが、筋だと思ったまで」


 まっすぐな目。

 仮に受け入れれば、初めて、領主様以外から出資を受けることになる。


「こちらの塩、買値で40万ギルダーを出資。いかがでしょう?」


 顎に手を当てて、考えてみる。

 『株式会社』の強みは、出資を引き受けやすいこと。大勢で事業をするための仕組みだ。


「ギュンターさんは、あなたの考えをご存知ですか?」

「ええ。当たって砕けてこいと、あの人なりの激励でしたが」

「まぁ」


 なら、『交易商人2人』からの提案としてもみるべきだろう。

 数億ギルダーはくだらない交易船よりも、塩はよほど現実的だ。

 目を閉じて、さらに思考へ潜る。

 ……こちらも、エンリケさんの人脈や知識が、得られるかもしれない。株主になるということは、『海の株式会社』の儲けが、交易商人のところにも配当されるということ。

 今後、事業への協力は得られやすくなるでしょう。

 怪しむべきところもあるけれど、だからこそわずかでも出資を得て、利害を共有しておくという手も考えられる。

 片目を開けてエンリケさんを見上げた。


「出資は、元をとるまで数年はかかるものですよ?」

「ご心配なく。この塩には、母国のお金は1ギルダーたりとも入っていません。交易商人エンリケが、この身で稼いだものだけです」


 エンリケさんは言葉を切った。


「交易船と買収は、王子の立場上、提案しないわけにはまいりませんでした。だからこの塩が、交易商人エンリケからの、本当の提案です」


 ふっと笑みが漏れる。

 後は、信じるかどうかだ。


「――追って領主様のお屋敷で、正式に契約のお話をしましょう」


 ログさんが問いかける。


「いいのか?」

「ええ。他国の方との共同事業自体は、よくみられることです。それに――」


 私はエンリケさんを見やる。


「商人連合会の動きも気になります。出資という形でエンリケさんと縁を結んでおけば、情報も得やすいでしょう」


 聖フラヤ修道院やシェリウッドに加えて、交易商人のギュンターさんとエンリケさんが仲間になった。

 特にエンリケさんは、出資者としても。

 領主様が400万、エンリケさんが40万ギルダーの出資だ。

 これは領主様が9割、エンリケさんが1割――増える金額も、その割合も、手堅いところだろう。

 私はエンリケさんへにっこりする。


「もう降りようといったって、簡単には降ろしませんからね」

「振り落とされないように気を付けます」


 集まった島の人に、私は手を広げて声を張る。


「エンリケさんから、『海の株式会社』は塩をいただきました! これで、あと数か月は大樽の生産ができます!」


 どよめきが港に渡った。

 エンリケさんが膝をつき、手を取る。


「感謝します、商聖女」


 手の甲に唇を寄せ、私の頬が熱くなったところで――エンリケさんはふと気づいたように目線を横へ滑らす。

 私は手を引っ込めた。


「そちらの国では、普通なのでしょうけれど」

「これは失礼」


 ログさんまで、ほっと息をついた気がする。

 そうですよね、びっくりしますよね……。

 エンリケさんが面白そうにログさんを見た。


「おや、あなたも心配したかな?」

「当然だ」


 そう問いかけられたログさんが、咳払い。

 ハルさんもわなわな震える。


「しょ、しょ、商人って手にちゅーするんですか!?」

「ハルさん……」

「ハル……」


 私とログさんがたしなめるのに、エンリケさんがからから笑う。


「楽しい商いになりそうです」


 あ、やっぱり実は腹黒いなこの人。

 漁師さん達が麻袋を次々にかついで、海の株式会社の方へ運んでくれる。とりあえずは作業場に置いて、入りきらない分は――領主様の館の空き部屋に入れておくしかないでしょうか。

 私はエンリケさんに、ハルさんとログさんを紹介する。

 全部が終わると、ようやく一息付けた。

 ほっとして海を見ていると、エンリケさんが私の隣へ歩いてくる。


「……これで一安心――なんて思っていますか?」

「どうでしょう? 商いに、不測の事態はつきものですから」


 私が苦笑すると、エンリケさんは急にしゃがんで、麻袋の一つを開ける。


「これを見てください」


 ハルさんとログさんも集まってきて、3人で袋を覗き込んだ。

 麻袋には、茶色の粒がいっぱいに詰まっている。

 ログさんが首をひねった


「……これは、土か? 灰のようにも見えるが」


 エンリケさんは手を振る。


「いや、塩だよ」

「これが?」

「ハル、茶色い塩なんて初めて見ました」


 首肯するエンリケさん。


「『塩』といっても、色々ある。今見せたのは、僕の故郷、西方で生産されている塩。これは海水を天日にさらして、塩を取るのですけれど……見ての通り、不純物が多い。見た目も茶色いし、塩漬けにすれば味が落ちる。こういう質の悪い塩を、『黒塩』と呼ぶ」


 話しながら、エンリケさんは別の麻袋を引きずってきて、私達の前で開く。

 そちらは輝くような白色だった。


「対して、これは『白塩』。雪みたいに真っ白で、さらさらだ。塩にたずさわる商人は、こいつを『白い黄金』というくらい重視しています」


 エンリケさんは続ける。


「当然、高価だ。だが食品の塩漬けには、この『白塩』しか使えないと思っていい。そしてこれは――商人連合会が独占しているのですよ」


 殿下の視線が私へ向いた。


「僕が島に持ってきたのは、もちろんほぼ全て『白塩』。『黒塩』は比較のために買いつけただけです。ただ、気を付けて」


 目を細めるエンリケさんは、王子としていろいろなものを見てきたのだと感じさせた。


「……商人連合会は、色々な産物を独占している。問題なく流通しているが、『白塩』もその一つだ」


 私は顎を引いた。


「心得ておきます。確か商人連合会が作る塩は、塩鉱近くの地下水をくみ上げて、薪で煮たてるやり方。燃料代がかかる分、白い塩がとれる」


 エンリケさんは敬服したように両手をあげる。


「さすが、ご存じでしたか」

「塩は生活物資、その統制は今は考えづらいですけれど……そうなったら、切り抜けていくしかありません」


 エンリケさんが『黒塩』をあえて見せたのも、いずれ楽園島が『黒塩』を必要とした際の保険だろうか。

 ぱちん、ぱちん、と頭で算盤を弾く。

 目を伏せる私の前で、ハルさんが手を振った。


「クリスティナ様! でも、いよいよ、たくさんニシンを作るのですね!」


 明るいハルさんが心強い。ログさんもほほ笑んだ。


「『都に、島のニシンが並ぶ』――君がいってくれたとおりだ、ありがとう」


 その後、ログさんの声が聞こえた気がする。

 『俺も』――なんといったのだろう。けれどログさんは、麻袋を担ぎにいってしまう。

 ようやく準備が整ったのだ。今は、胸を張ろう。


「はい!」


 やがて私は港を離れ、事情を領主様に告げた。領主様はエンリケさんからの提案を聞き、私と同じように交易船は反対したけれど、代わりに塩の出資は認めてくださった。

 『海の株式会社』は、まだ販路を固める段階。大陸の、神聖ロマニアの中で基盤を作る方が先でしょう。

 交易船による出資は、フィレス王国が島へ大きな影響を持ってしまう以上に、商いとして拙速だった。


 大樽の生産と販売は、一気に目途がついた。

 交易船には事前に試作をしておいた、大樽のニシンを4樽乗せてもらう。これを交易都市の商会にみてもらって、次の仕入れに繋げる予定だ。

 値段は、計400,000ギルダー。利益はその3割。

 まだ試作品なのだけれど――ギュンターさんは大樽の中身を見て、売れることを確信したらしい。早速、次の来航までに月20樽を作っておくという発注がきた。


 1樽あたり1000尾が入る。

 月20樽が2万尾となり、黒字が出始める1万尾というラインを上回る。


 交易船は2日間の歓待を受けた後に、島を去っていった。エンリケさんや船員たちは、長く長く甲板で手を振っていた。

 夏の青空。海面の下では、ニシンが銀のウロコをきらめかせている。海まで船を見送っているみたい。


「商聖女!」


 エンリケさんは声を張る。


「互いに、よい商いを!」

「ええ! あなた達も!」


 満帆の帆船が海へ漕ぎ出すように、大量生産はじき軌道にのった。


キーワード解説


〔塩〕

 塩は地下に岩塩の層を形成している場合があり、その付近を流れる地下水は、濃い塩水となる。

 そうした地下水を井戸でくみ上げ、薪で熱することで良質な塩を得られる。

 ただし燃料代がかかるうえ、周りの森林を破壊するという欠点があった。


〔ニシンの品質管理〕


 長期保存に耐えられるよう、塩漬けニシンの生産では徹底した品質管理が行われた。

 新品の樽を使うのはもちろん、樽の板の数やタガの数まで定められていたという。

 検品に合格した樽には焼き印が施され、生産者と品質の保証となった。


――――――――――――


お読みいただきありがとうございます。


【お願い】


『先が気になる』、『面白そう』と思って頂けましたら、ブックマーク、評価、感想をいただければ幸いです。


評価は広告下↓の【☆☆☆☆☆】からです。


応援を頂けると更新の励みになります。

続きは1日に開いて、10月2日に投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ