3-6:出港
私とエンリケさんは高台を下りて、港へ向かう。
すでに大勢が集まっていて、桟橋の小船から荷揚げが行われているようだ。
ただ人混みのせいで、どんな荷かはわからない。久しぶりの交易船で見物人も多いのだ。
「これは……内側へいくには、骨が折れそうだ」
エンリケさんが微笑して手を伸ばしてくる。
「手を引きましょうか?」
おずおずと、私はエンリケさんの手を取る。社交の場で手を取ることと、また別の勇気が要った。
「行きますよ――さぁ、通してください!」
二人で、屈強な漁師さんの人混みをかき分ける。
内側に入ると、ハルさんが真っ先に気づいて跳びあがった。
「あ! クリスティナ様!」
ようやく騒ぎの原因がはっきりした。
船着き場にいくつもの袋が積まれている。ログさんも、両肩に麻袋を担いだ姿で歩いてきた。
私はエンリケさんの手を放す。
どうしてか、ログさんにはあまり見られたくなかった。
「ログさん、これはいったい……」
「塩らしい。『海の株式会社』の荷物だってみんなが知ったら、この騒ぎさ」
苦笑しながらログさんは麻袋を地面に置く。
「そちらの、エンリケ殿からだ」
エンリケさんはにっこりして、集まった面々に対して一礼する。
「皆さん、お騒がせしました。この塩は、交易商人エンリケからの、『海の株式会社』へのささやかな心配りです」
ささやかな――なんて、とてもいえない。
辺境の島では、塩だって立派な交易品だ。それが、人の肩くらいの高さにまで積み上がっている。
唖然とする私にエンリケさんは告げた。
「60袋、55デール(約1.6トン)あります」
「そ、そんなに……」
「おや、驚いている証拠ですね? 塩漬けニシンの生産者は、船底を丸ごと塩で埋めることもあるそうですよ」
頭で算盤を弾く。
「たしかに1樽でも、ゆうに2袋は使います。これだけあっても、30樽分ですか……」
現在の生産ペースは、月あたり15樽。
つまり、たかだか2か月分だ。
といっても、大樽1つで1000尾も入るから、日々の漁獲は相当なものなのだけれど。
計算をすると、混乱していた頭が静まっていく。
「ありがとうございます、エンリケさん」
「今度こそ、これを出資としたい。セカンド・チャンスです。いかがですか?」
やられた、と思った。
これだけ大勢の前で、エンリケさんは『心配り』、つまりあげるといったのだ。
これは――確かに出資を断りにくい。
整った笑みにも、なんだか黒いものを感じるような。
「……そういうことですか」
「ええ。そういうことです」
嘆息して、結った髪へ触れる。
「なるほど? 出資の話は、これが本命だったのですね」
「もちろん、北方商圏への入り口として、島には注目していますよ。基本は修行ですが、僕は新たな商圏を目当てに、ギュンターさんの下にいたようなものですから」
ログさんとハルさんが顔を見合わせる。
私は二人に、状況と、エンリケさんの身分を耳打ちした。
ハルさんが目をまん丸にする。
「お、おう……!」
「は、ハルさんっ」
私は慌てて唇にひとさし指を当てる。
ログさんがほうっと息をついた。
「……君と出会ってから驚くことばかりだが――それは、よく考えた方がいい」
「ええ。領主様にもお伝えする必要があるでしょう」
胸を過るのは、婚約破棄の顛末だ。王家や貴族にはあまり関わりたくない、というのが正直なところ。
エンリケさんが言った。
「もちろん領主様にも、お伝えするつもりでした。ただ、まずは経営をするあなたに明かすのが、筋だと思ったまで」
まっすぐな目。
仮に受け入れれば、初めて、領主様以外から出資を受けることになる。
「こちらの塩、買値で40万ギルダーを出資。いかがでしょう?」
顎に手を当てて、考えてみる。
『株式会社』の強みは、出資を引き受けやすいこと。大勢で事業をするための仕組みだ。
「ギュンターさんは、あなたの考えをご存知ですか?」
「ええ。当たって砕けてこいと、あの人なりの激励でしたが」
「まぁ」
なら、『交易商人2人』からの提案としてもみるべきだろう。
数億ギルダーはくだらない交易船よりも、塩はよほど現実的だ。
目を閉じて、さらに思考へ潜る。
……こちらも、エンリケさんの人脈や知識が、得られるかもしれない。株主になるということは、『海の株式会社』の儲けが、交易商人のところにも配当されるということ。
今後、事業への協力は得られやすくなるでしょう。
怪しむべきところもあるけれど、だからこそわずかでも出資を得て、利害を共有しておくという手も考えられる。
片目を開けてエンリケさんを見上げた。
「出資は、元をとるまで数年はかかるものですよ?」
「ご心配なく。この塩には、母国のお金は1ギルダーたりとも入っていません。交易商人エンリケが、この身で稼いだものだけです」
エンリケさんは言葉を切った。
「交易船と買収は、王子の立場上、提案しないわけにはまいりませんでした。だからこの塩が、交易商人エンリケからの、本当の提案です」
ふっと笑みが漏れる。
後は、信じるかどうかだ。
「――追って領主様のお屋敷で、正式に契約のお話をしましょう」
ログさんが問いかける。
「いいのか?」
「ええ。他国の方との共同事業自体は、よくみられることです。それに――」
私はエンリケさんを見やる。
「商人連合会の動きも気になります。出資という形でエンリケさんと縁を結んでおけば、情報も得やすいでしょう」
聖フラヤ修道院やシェリウッドに加えて、交易商人のギュンターさんとエンリケさんが仲間になった。
特にエンリケさんは、出資者としても。
領主様が400万、エンリケさんが40万ギルダーの出資だ。
これは領主様が9割、エンリケさんが1割――増える金額も、その割合も、手堅いところだろう。
私はエンリケさんへにっこりする。
「もう降りようといったって、簡単には降ろしませんからね」
「振り落とされないように気を付けます」
集まった島の人に、私は手を広げて声を張る。
「エンリケさんから、『海の株式会社』は塩をいただきました! これで、あと数か月は大樽の生産ができます!」
どよめきが港に渡った。
エンリケさんが膝をつき、手を取る。
「感謝します、商聖女」
手の甲に唇を寄せ、私の頬が熱くなったところで――エンリケさんはふと気づいたように目線を横へ滑らす。
私は手を引っ込めた。
「そちらの国では、普通なのでしょうけれど」
「これは失礼」
ログさんまで、ほっと息をついた気がする。
そうですよね、びっくりしますよね……。
エンリケさんが面白そうにログさんを見た。
「おや、あなたも心配したかな?」
「当然だ」
そう問いかけられたログさんが、咳払い。
ハルさんもわなわな震える。
「しょ、しょ、商人って手にちゅーするんですか!?」
「ハルさん……」
「ハル……」
私とログさんがたしなめるのに、エンリケさんがからから笑う。
「楽しい商いになりそうです」
あ、やっぱり実は腹黒いなこの人。
漁師さん達が麻袋を次々にかついで、海の株式会社の方へ運んでくれる。とりあえずは作業場に置いて、入りきらない分は――領主様の館の空き部屋に入れておくしかないでしょうか。
私はエンリケさんに、ハルさんとログさんを紹介する。
全部が終わると、ようやく一息付けた。
ほっとして海を見ていると、エンリケさんが私の隣へ歩いてくる。
「……これで一安心――なんて思っていますか?」
「どうでしょう? 商いに、不測の事態はつきものですから」
私が苦笑すると、エンリケさんは急にしゃがんで、麻袋の一つを開ける。
「これを見てください」
ハルさんとログさんも集まってきて、3人で袋を覗き込んだ。
麻袋には、茶色の粒がいっぱいに詰まっている。
ログさんが首をひねった
「……これは、土か? 灰のようにも見えるが」
エンリケさんは手を振る。
「いや、塩だよ」
「これが?」
「ハル、茶色い塩なんて初めて見ました」
首肯するエンリケさん。
「『塩』といっても、色々ある。今見せたのは、僕の故郷、西方で生産されている塩。これは海水を天日にさらして、塩を取るのですけれど……見ての通り、不純物が多い。見た目も茶色いし、塩漬けにすれば味が落ちる。こういう質の悪い塩を、『黒塩』と呼ぶ」
話しながら、エンリケさんは別の麻袋を引きずってきて、私達の前で開く。
そちらは輝くような白色だった。
「対して、これは『白塩』。雪みたいに真っ白で、さらさらだ。塩にたずさわる商人は、こいつを『白い黄金』というくらい重視しています」
エンリケさんは続ける。
「当然、高価だ。だが食品の塩漬けには、この『白塩』しか使えないと思っていい。そしてこれは――商人連合会が独占しているのですよ」
殿下の視線が私へ向いた。
「僕が島に持ってきたのは、もちろんほぼ全て『白塩』。『黒塩』は比較のために買いつけただけです。ただ、気を付けて」
目を細めるエンリケさんは、王子としていろいろなものを見てきたのだと感じさせた。
「……商人連合会は、色々な産物を独占している。問題なく流通しているが、『白塩』もその一つだ」
私は顎を引いた。
「心得ておきます。確か商人連合会が作る塩は、塩鉱近くの地下水をくみ上げて、薪で煮たてるやり方。燃料代がかかる分、白い塩がとれる」
エンリケさんは敬服したように両手をあげる。
「さすが、ご存じでしたか」
「塩は生活物資、その統制は今は考えづらいですけれど……そうなったら、切り抜けていくしかありません」
エンリケさんが『黒塩』をあえて見せたのも、いずれ楽園島が『黒塩』を必要とした際の保険だろうか。
ぱちん、ぱちん、と頭で算盤を弾く。
目を伏せる私の前で、ハルさんが手を振った。
「クリスティナ様! でも、いよいよ、たくさんニシンを作るのですね!」
明るいハルさんが心強い。ログさんもほほ笑んだ。
「『都に、島のニシンが並ぶ』――君がいってくれたとおりだ、ありがとう」
その後、ログさんの声が聞こえた気がする。
『俺も』――なんといったのだろう。けれどログさんは、麻袋を担ぎにいってしまう。
ようやく準備が整ったのだ。今は、胸を張ろう。
「はい!」
やがて私は港を離れ、事情を領主様に告げた。領主様はエンリケさんからの提案を聞き、私と同じように交易船は反対したけれど、代わりに塩の出資は認めてくださった。
『海の株式会社』は、まだ販路を固める段階。大陸の、神聖ロマニアの中で基盤を作る方が先でしょう。
交易船による出資は、フィレス王国が島へ大きな影響を持ってしまう以上に、商いとして拙速だった。
大樽の生産と販売は、一気に目途がついた。
交易船には事前に試作をしておいた、大樽のニシンを4樽乗せてもらう。これを交易都市の商会にみてもらって、次の仕入れに繋げる予定だ。
値段は、計400,000ギルダー。利益はその3割。
まだ試作品なのだけれど――ギュンターさんは大樽の中身を見て、売れることを確信したらしい。早速、次の来航までに月20樽を作っておくという発注がきた。
1樽あたり1000尾が入る。
月20樽が2万尾となり、黒字が出始める1万尾というラインを上回る。
交易船は2日間の歓待を受けた後に、島を去っていった。エンリケさんや船員たちは、長く長く甲板で手を振っていた。
夏の青空。海面の下では、ニシンが銀のウロコをきらめかせている。海まで船を見送っているみたい。
「商聖女!」
エンリケさんは声を張る。
「互いに、よい商いを!」
「ええ! あなた達も!」
満帆の帆船が海へ漕ぎ出すように、大量生産はじき軌道にのった。
キーワード解説
〔塩〕
塩は地下に岩塩の層を形成している場合があり、その付近を流れる地下水は、濃い塩水となる。
そうした地下水を井戸でくみ上げ、薪で熱することで良質な塩を得られる。
ただし燃料代がかかるうえ、周りの森林を破壊するという欠点があった。
〔ニシンの品質管理〕
長期保存に耐えられるよう、塩漬けニシンの生産では徹底した品質管理が行われた。
新品の樽を使うのはもちろん、樽の板の数やタガの数まで定められていたという。
検品に合格した樽には焼き印が施され、生産者と品質の保証となった。
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