3-4:名産品
「目立つことを恐れたら、この島で事業はできません。緩やかに無人島になっていくか、それとも事業を始めるか。島はすでに選んでいます」
今なら、違和感の正体もわかる。
『流刑地の産地を隠すこと』は、『気にしなくてもいいはずの罪を気にすること』。それは私自身の問題でもある。
私は、びくびくしなければならないのだろうか?
「皆様からいらないと言われるまでは、社長をやるつもりですわ」
いずれ、本当にやめないといけないかもしれない。それなら状況が許す間、できる限り事業を強くする。
それが私の仕事。
ギュンターさんが嘆息し、にやりとする。
「来るならこい、てことか。わかりやすくていい」
お手上げだと言わんばかりに両手を上げる。
「覚悟はわかった……俺の意見は、三級品として出荷をしつつ、交易都市に本部がある大商会へ納入することだ。大商会が儲けに気づけば、それが後ろ盾となる。2年はかかるだろうが、その後なら流刑地が産地とあっても、そもそも攻撃を受けない。大商会に口出しすることになるからな」
よくよく考えながら、二人の意見をまとめた。
「どちらも品質で、後ろ盾を得るということですね」
「船団長、結局、同じじゃないです」
「まぁ、そういうことだが――」
私は結った髪をなでてから、口を開いた。
「……ニシンをとって、処理をしてくれる方々がいます。『流刑地』だったから産地を隠すとあっては、その人たちのやる気をなくしてしまいます」
売る側の理屈と、作る側の理屈。
互いに真剣だからこそ、建前と妥協が生まれるのだろう。
ギュンターさんのことが少しわかった。
心を決めて、結論を告げよう。
「競合しないよう、三級品として売ることは承知しました。実績もありませんから。代わりに、産地はあえてであっても、記載して売りたいと思います」
私はギュンターさんと見つめ合う。
「……てっきり、あなたは目立ちたくないと思ったからなんだが」
苦笑されてしまったので、肩をすくめてお返しする。
「あら。試したということですか?」
「ふん。ま、月当たり10樽なんて、ニシン全体のごくごく一部だ。三級品として競合を避ければ、当面のリスク回避は足りるだろう」
ギュンターさんが言うと、エンリケさんも同意してくれた。
「何も、反乱をしようってわけじゃないでしょう? 僕はもともと、心配のしすぎだって思いますけどね」
意見があいそうでほっとした。私は身を乗りだし、さらに踏み込んだ意見を明かす。
「ギュンターさん。産地は目立つ要素にもなりますが、いずれ武器にもなるでしょう?」
「……な、なに?」
「流刑地が高品質の塩漬けを作るのです。驚き、きっと印象に残る。つまり、覚えてもらいやすいんですっ」
これが産地を表示する、替えがたいメリットだ。
ギュンターさんがあんぐりと口を開ける。
「流刑地の名前を、逆に『売り』にするつもりか?」
「ええ。土地の名前と産物が紐づけば、それは『名産品』になります」
これには時間がかかる。できるだけ早いうちから、楽園島のニシンは美味しいのだと示したい。
後ろ盾が得られるとしても、それは守る価値があると思われるからだ。
『楽園島』の名前を出すことで、攻撃される可能性も増すが、守ってもらえる可能性もまた増すでしょう。
ひく、とギュンターさんの口が動いた。
「……楽園島の名前を出しつつ、印象を変えるか。さらっとハードルをあげやがったな」
「難しいですか?」
「ふっ、何年やってると思う? あなたに覚悟があるんだ、望むとおりに売ってみせよう」
さて、ここからは交易船へ売る時の値段交渉です。
私とギュンターさんはにっこりしあった。
「売るのは大変だ。まけろ」
「こちらだって辺境なのです。物資の価格も――」
割愛。
妥結した交易船への売値は、100ギルダー。人件費を引いて黒字を確保できる水準だ。質の割には安いけれど、出荷量を増やす前ならよしとするべきでしょう。
話がまとまったところで、ダンヴァース様が目を鋭くした。
「商談は、承知しました。しかしお二人は、どうしてクリスティナの素性を?」
領主様の心配はもっともなことだった。
私も指を首元にあてる。
「気になります……婚約破棄の事情は、交易商人のお二人まで届いているのですか?」
もしそうなら、私の顛末はかなり有名ということだ。『クリスティナ』の名前で迷惑をかけてしまう懸念が、いきなり的中しかねない。
ギュンターさんは首を振る。
「安心していい。結論を言えば、俺は婚約者――クリスティナの名前さえ知らなかったよ。王家にとっては醜聞だ、今後も伏せ続けるつもりだろう」
「じゃあ、どうやって――」
応えるように、エンリケさんが席を立った。
「私です」
一礼する物腰は、ワルツへ誘うように優雅だ。
「とびきりのご提案がございます」
エンリケさんは微笑み、柔らかく手を伸ばした。貴族的な仕草に、とっくに去ったはずの王宮の光景が胸を過ぎる。
「商聖女、あなたと二人で話がしたい。まずは僕の本当の身分を明かしましょう」
語られたこの方の正体に、私は目を見開いた。
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