3-3:ブランド
エンリケさんは指を一つ立てた。
私と目が合い、にっと笑う。これまでは穏やかで気品がある表情だったけれど、今はちょっと子供じみた、いたずらっぽい微笑。
『まぁ見ていて』ときらめく目が言っている。
「つまりギュンターさんは、新参者が注目されることを恐れている。『産地が流刑先』という格好の攻撃材料があるからですね?」
「うむ。三級品として売った場合でも、品質は抜けたものになる。まず無難に売れそうなんだ、わざわざリスクを冒すことはない」
エンリケさんは微笑を崩さない。
「僕の考えは、産地が問題になったら、単にそれを認めればいいということです」
ギュンターさんが眉を怒らせた。
「そりゃ……!」
「逆に産地を隠した結果、後で問題になるケースも考えられませんか? 商いを広げていくなら、産地はいずれ明らかになる。樽に記載する義務はなくとも、仕入れる商人はうまいニシンなら場所を聞きたがるでしょう」
それは私も心配したことだった。
ギュンターさんは、銅色にくすんだ茶髪をくしゃりと掴む。
「……先々のことは俺にも考えがある。が、エンリケ、まずはお前さんの意見を聞こう」
「クリスティナにならって、ここでも聖導教の考え方を使いましょう。罪人からものを買う行為――これは、考えようによっては困窮者への施し、つまり『喜捨』」
肩をすくめるエンリケさん。
「『罪人のためによかれと思ってやりました。ところで、本当に美味しい魚なのですが、これを期に教会の方もどうです?』――とまぁ、これくらいの図太さがあっても、僕はいいと思うんです」
呆気にとられたけど、すぐに意図に気付いた。
「産地が問題になったら……教会へ売り込む?」
尋ねる私に、エンリケさんは笑みを深めた。
「ええ。教会が買ってくれれば、悪いものという印象はだいぶ薄まる。高い品質で、かばってくれそうなところに納入を勝ち取るということです」
そんな風にうまくいくだろうか?
同じ疑問をギュンターさんも抱いたらしい。
「教会には面倒ごとも多い。それに伝手はあるのか?」
「シェリウッドの教会と、聖フラヤ修道院がすでに味方にあるようです。聖導教の横の繋がりは侮れません。交易都市の教会にも伝手があるかもしれませんし、僕にも少々覚えが――教会とはちょっと違いますけど」
大事なのは、とエンリケさんは言い足す。
「品質を武器にすることです。そして、敵を恐れすぎないこと。楽園島のニシンが王国に溢れかえるわけではない。大商会が文句をつけますか? まさか、走り出したばかりの事業を潰そうとするのは、僕らと競いあって困るくらいの規模――つまり、弱小ですよ」
ごくりと喉が鳴った。柔らかい物腰に見えて、この人、しっかり商人だ。
「争いになっても、教会がこちらになびけば勝てます。さっきも言ったとおり、もともと課題の先送りですしね」
最初に産地を伏せても、いずれは明かす必要がある。手伝ってくれる島の方だって、堂々と出荷をしたいだろう。
領地経営で学んだけれど、産地表示には、替えがたいメリットもあった。
「……私も、産地は明かして売りたいですけれど……」
ギュンターさんは腕を組み、私へ目を向けた。
「あなたは、『賢明の商聖女』だろう?」
首を傾げる私に、エンリケさんが頬を緩めた。
「船団長、彼女が異名を知るわけがありません。一部の商人が、勝手に噂をしていただけですから」
ああ、とギュンターさんは言い直す。
「王国の、第二王子の婚約者だったんじゃないか?」
……なるほど。これは、いずれ言わなければならないことだ。
でも、2人が知っているのはなぜだろう。
緊張とともに私は顎を引いた。
「そうです。この島に流されてまいりました」
「注目を浴びたら、辺境の島で稼いでいるって知られるかもしれないぞ? 王宮のゴタゴタで追放されたなら、目立ちたくないんじゃないか? 事業にも、余計なトラブルがあるかもしれん」
その可能性は、ずっと考えていたことだった。
私を見定めるような交易商人の視線を、背を伸ばして受け止める。
「確かに。追放された娘が事業をしている――これも売上を下げたり、攻撃を受けたりする材料でしょう」
目の端で領主様をみやる。これは、私自身の思いで、わがままでもあったから。
「海の株式会社は、領主様が結社を認め、出資をすることで成り立っています。王国に株式会社の仕組みはありませんので、形としては領主様の事業。私が直接売りにいくわけでもありませんし、島の近くに来ない限りは、変わらず領主様の事業とみえるでしょう」
ギュンターさんが鼻をならした。
「リスクは考えていたか。だが楽園島のニシンと、商聖女のあなたが、誰かさんの頭で結び付くかもしれないぞ」
「ええ。それが原因で、あらぬ攻撃を受けるかも?」
私は肩をすぼめた。
「でも、それもまたよし、ですわ」
胸を張って、二人を見る。
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本日は、もう1話投稿いたします。




