3-2:産地表示
私は、領主様の屋敷にギュンターさんとエンリケさんをお通しした。
応接間の机に、交易商人のお二人と、領主ダンヴァース様、そして私が座る。
まず必需品の売買が終わると、いよいよ本題が始まった。
私達の『塩漬けニシン』を実際に交易船に載せるかどうか、交渉をしなければならない。
「さて、クリスティナ」
ギュンターさんは笑いかける。
「次は、君の本題か? 表を見たが、売り物は『塩漬けニシン』だろう」
「ええ。ただ――」
私は交易商人のお二人に、にっこりとほほ笑んだ。
片目を閉じて、指を一つ立てる。
「そろそろお昼時です。島の新しい産物をご賞味いただければ」
この方達は、まだ品物を食べていないはず。
なら、美味しさを知ってもらうことからだ。
応接間を出て、食堂へ向かう。すでにハルさんが待っていて、私達へ目を輝かせた。
「クリスティナ様!」
「こちら、島の産物であるニシンと、貝類、それにお野菜のソテー。タコとイモは上質な白ワインで煮たので、香りも豊かでしょう。パンも、お好きなだけどうぞ」
昼食を取りながら、二人の交易商人は目をまん丸に見開く。
「こりゃ――うまいなっ」
「ええ! 本当に塩漬けニシンですか」
見事な食べっぷりに、私は心の中でぐっと手を握った。
お料理を作ってくれたハルさんもニコニコしている。お年を召し食が細いダンヴァース様までぺろりと平らげてしまい、今回のお料理もよくできたことは確実だ。
定番となったニシンのトマトソース添え。新鮮な葉野菜に、果物。タコとジャガイモを白ワインを入れて煮た一品も。
修道院との交易で、香草も手に入っている。特に乾燥させた月桂樹の葉は魚介の臭みを消して、白ワインで煮るととてもよいお味になるのだ。
あまりにも他の魚介が美味しすぎて、塩漬けニシンのお味がかすんでしまわないよう、注意が必要であったほど。
ハルさんは口の大きなビンから、いつものトマトソースをすくいあげ、料理にかけていた。シェリウッドで買ってきたビンは、樽よりも小振りで、普段使いの保存によい。
樽のニシンだけでなく、このビンでもなにか保存できないかと思っているのだけど――やはり先人は偉大で、なかなかうまくいかない。きちんと密閉しようとすると難しいのだ。
食事が終わり、ハルさんが食器を片付けて出ていく。
ダンヴァース様が口を開いた。
「さて、ギュンターさん。あなたは私が出資をした『海の株式会社』について、よくお知りになったと思います」
ギュンターさんは、木のカップから水を一息に飲んだ。ごくごくと動く喉で、本当に美味しい食事だったと伝わってくる。
「――まったく、大したお嬢さんです」
にやっと私を見る。
「ありがとうございます。……もう17です、『お嬢さん』は余計ですけど」
「くく、失礼した。どの料理も、掛け値なしだ。この味を知ったら、航路を延ばして島にやってくる船も増えるだろう」
口元を拭いて、ギュンターさんは目を鋭くした。
「たまげたのは、ワインもだ。まさか島に修道院を招いて、島民のやる気を高めていたとはね。漁船も、新造ではなく賃貸とは、手堅い経営判断だ」
二か月の間にあった島の変化は、他にも数多い。
交易商人のお二人は、私の説明を興味深そうに聞いていく。
「――わかった。塩漬けニシンを売る準備は、樽の調達も、漁獲も、万全というわけだ」
そこで扉がノックされる。入室したのは、がっしりとした漁師の男性。
「ログさん」
「商談中、失礼を」
ログさんは、小型の樽を抱えている。
「検品はこちらで?」
「ええ、ありがとうございます」
ログさんは、最近は歩き姿にも騎士のような品がでてきた。樽をギュンターさん達の側に置き、一礼して出ていく。
どこか誇らしげなのは、漁師さんとしても、商人としても、自信ある品だからだろう。
ふっと体が楽になって、緊張していたことに気づいた。
笑みを整え、手のひらの先を樽へ向ける。
「商品はそちらです。どうぞ、ご確認を」
「うむ」
ギュンターさん達が樽の蓋を開けた。ぎっしりと詰まった銀色の魚体を見つめるのは、文字通り海千山千の商人の目だ。
未来が、この方たちの評価で決まる。
うう、緊張する……。
しばらくして、二人は視線を交わしあった。
「――よくわかった。まず結論を言おう」
閃く笑み。
「申し分ない。たいしたもんだ」
ほっとして緩む頬を、気持ちと一緒に引き締めた。
「では、『海の株式会社』の塩漬けニシンは、交易品になりそうですか?」
「ああ。だが……ちと良すぎる。そのせいで課題もある」
身を乗り出したギュンターさんに、私は眉をひそめた。
「良すぎる?」
「メリットは、なんといってもニシンの品質がいい。大きさもあるし、塩漬け処理も適正だ」
この島の利点は、漁場のすぐ側に新鮮な水と作業場があること。
水揚げ後すぐに臭いを放ち始めるニシンを、素早く洗って、樽に詰めることができる。
「売るとなれば、交易船、つまり我々を通す形になる。商人連合会は知っているな?」
王国中に影響力を持つ、商人同士の同盟である。
有力な商会のみならず、国外の大都市まで多く加盟していた。ある意味、王家よりも力があるかもしれない。
私は告げた。
「帽子にある羽のしるしは、その所属を示すものでしょう」
「さすがだな。俺達も、連合会の一員だ」
ギュンターさんが、親指で自分自身を示した。
「大陸から伸びる主要な航路は、基本的に連合会の縄張りだ。塩漬けニシンは、商人連合会が管理する市場へ流れるわけだが――俺ならうまく捌けるだろう」
心を、ふとある考えが過ぎった。
領主様はこうした塩漬けニシンの販路を考えて、ギュンターさんとの商いを続けていたのかもしれない。以前、割高な値段を指摘したけれど――あれは縁を繋いでおく、『投資』に近いものだったのだろう。
ギュンターさんは眉を下げた。
「近くの街――シェリウッドじゃ商人連合会に邪魔をされたらしいな」
「ええ」
「連合会は大所帯だ。中には、辺境を不要在庫の押し売り先にするような連中もいるということなんだろうが――今後は、敵に回さずにうまくやっていく必要もある」
じろりと睨まれてしまった。
「シェリウッドのように、真っ向から相手をするのはダメですね」
「そうだ。そこで、悪いが産地が流刑地ってことがデメリットになってくる」
ギュンターさんは背もたれに身を預ける。
「我々は、ニシン売買の新規参入者だ。そこが高品質のニシンを売りに出せば、今いる商人と競合する。品質どおりの値段をつければ、当然、高値だ。目立てば『流刑島が売ったニシンは低品質だ』なんて嫌がらせを受けかねない」
「……可能性はありますね」
塩漬けニシンが有望なのは、王国内の売れ筋商品だからだ。
教会は魚食を勧める日を設けているし、そもそも肉は貴重。保存がきく塩漬けニシンには、大きな需要がある。
そしてそこには、既存の商人がいる。
「そこで、等級だ。商人連合会は『塩漬けニシン』に等級をつけている」
話し続けるのはギュンターさんだけど、エンリケさんも目を細めて何かを考えこんでいる。
視線が交わると、柔らかく微笑まれた。
「四等級まであって、最高品質は一級だ。だが、一級は品評会までやって、かなり厳しく審査する。おまけに癒着とワイロの巣窟で、普通の商人にとっては二級が最上。あなた方のニシンは、ゆうに二級以上の品質だろう」
豊富な知識。荒海を越えてきた実績を感じる。
「俺の意見は、あえて低等級品、三級品としての出荷だ。販売価格は落とさざるをえないが、産地を記載する義務はない。儲けは少なくなるが、トラブルは避けたいだろう」
眉を曇らせたと思う。
「産地を隠す……ですか」
冷静に、考えてみよう。私は、『海の株式会社』を今は代表している。
息を整えると、ぱちん、と頭で算盤の音が弾ける。
「三級品として売ることで、競合を避ける。そして、流刑島の産地を隠して、攻撃される材料を減らす――」
「そうだ」
三級品といっても、もともと高級品として売り出そうとしていたわけではない。むしろ多くの人の手に届くと思えば、狙っていた価格帯とさえいえる。
ただ、『産地を隠す』ということがどうしても引っ掛かった。
流刑先の島であることが問題になるなら――それは課題を先送りにしただけでは?
産地を隠して売ることが、島の人の自信を削ぐことにもなりかねない。
「ギュンターさん」
手を膝において、まっすぐにベテランの交易商人を見る。
「楽園島は、今後は流刑地ではなく、魚が美味しい島と思ってもらいたいです」
島の印象を変えたいなんて――まるで元から島の人だったみたいだけど。
「産地をきちんと示すことは、いけませんか?」
「わざわざ産地記載?」
「はい。今でさえ、流刑地としての役割は終わりつつあります」
私が本気だと感じたのだろう。
ギュンターさんは嘆息し、今度はダンヴァース様を見やる。
領主様は微笑んだ。
「これはクリスティナの事業です。経営は『社長』に任せる約束なのですよ」
「株式会社は、そういう仕組みでしたな」
ギュンターさんは子供を諭すように言った。
「……言う必要がないことは、隠したって悪くない。いいものだって、市場にでなければ売れないんだぞ」
「それは」
「宣伝も、味のよさも、まずは売ってからだ。流刑地と知って買うより、知らずにいた方が手を伸ばす人は多いっ」
私達を制するように、エンリケさんが手を挙げる。
「よいでしょうか? 僕に考えがあるのですけど」
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