3-1:交易商人の驚き
交易船団の長、ギュンターは長い船旅を終え、ようやく『楽園島』に辿り着いた。
前回の寄港からすでに2カ月が経っている。島はもう水平線の先に見えていた。
本当はもう1週間早い予定だったのだが、風の都合でかなり遅れてしまったのである。
「商売は追い風だといいが……」
ギュンターは今年で32になる交易商人だ。4隻編成の船団を率い、かなり成功しているといっていい。それでも船旅の最中は、どうしても信心深くなる。
島が近づいてくるにつれ、海鳥が増えていった。鳥が多いのは水面下に魚群がいる証だが、船団長ギュンターには島そのものがいつもより賑やかに見える。
「なんだ……?」
ギュンターは黒帽子を押さえて呟いた。
主帆から見張りが声を張る。
「船が見えまさぁ!」
「そりゃ当然――」
商人暦では第8月、つまり夏の盛り。ニシン漁の最盛期だ。
甲板に吹き込む風は心地いい。北からの季節風があるため、島の夏は涼しいのだ。そして温暖な海流が流れるため、冬は暖かい。
見張りの声が続けて降ってきた。
「いつもの、倍くらい船がいるんでさ!」
ギュンターは舳先に向かって、遠眼鏡を覗いた。確かに、海原には8隻ほどの漁船がある。どれも流し網を回収している最中で、交易船が漁網を引っかけないよう注意が必要だった。
船団が近づくのを知ってか、漁船が道を開けるように左右へ別れていく。
「……確かに、漁船が増えているな」
漁期のニシンは『捕れすぎる』ため、せいぜい3隻が網を回収しているだけだった。
島の人口ではとうてい食べきれないほど獲れてしまうため、ニシンは迷惑な魚と思われている。
それが、こうも変わっているということは――
「船団長。僕の言ったとおりではありませんか?」
にっこりと笑って、隣にエンリケが並んでくる。白い帽子では青い羽が涼し気にそよいだ。
20歳過ぎの好青年。そのくせ、美形の笑みにはどこか黒いものを感じさせた。
交易商人に身をやつしてはいるが、元々は都市国家の王族である。
「ふん! 上陸して、実際に見てからだ!」
遠眼鏡をしまうギュンターに、エンリケは肩をすくめる。
来航を知らせる鐘が鳴り響く中、交易船は島の港に近づいていった。小さな港であるため小舟へ乗り換え、陸へ上がる。
すでに通いなれた道、ギュンターは領主の館へゆこうとするが、不意に歌が耳をなでた。
「……む?」
浜の端、ごつごつとした岩場が始まっている辺りから、風が声を運んでくる。
「歌だな」
女性らの声である。
島民に断ってから歌の方へ進み、2人の交易商人は目を見開いた。
「信じられん。エンリケ、こんなに樽があるぞっ」
「ええ。これは……ワインにも使われる大樽でしょうか」
「……ワイン樽と大きさを揃えて、コストを減らしたのか」
作業をしているのは、6人の女性達だ。木桶からニシンを取り出して、内臓を取り去り、樽へ詰める。
歌は作業のリズムを合わせるためのものだ。
さすがに魚の処理は慣れたものらしく、数十秒で一匹を仕上げてしまう。
「ご婦人方、失礼」
ギュンターは許可を得て、ニシンの大樽を覗き込む。
交易商人としてニシンの目利きは欠かせない。日持ちする塩漬けニシンは、大口取引の決済手段になる場合もあり、偽金を掴まされないのと同じ用心を、質の悪いニシンにも持たなければいけない。
「……固く身が締まってるし、匂いもいい。上質な塩漬けニシンだな」
ギュンターは計算する。
島では油を絞るため、ニシン漁は以前から行われていた。新たに塩漬け用のニシンを獲るため、船数を増したのだろう。
どのように調達したのか、見当もつかないが。
お手上げだといわんばかりに、エンリケが両手をあげていた。
「船団長? 決まりでしょ」
「……ああ」
エンリケは交易の途中、わざわざ母国の大使に問い合わせの手紙を書いていた。
「僕の国に、情報を集めてもらった甲斐がありました。例の『商聖女』は処刑ではなく、追放――それも修道院でも遠方の開拓地でもなく、古い流刑島へ追放だそうですね」
大陸で、第二王子が婚約破棄をし、男爵令嬢を貴族界から追放した。
令嬢の行き先は、死刑や修道院送りなど情報が錯綜していたが、どうやら流刑であるらしい。そして令嬢の名は、クリスティナ。
「本物だな」
ギュンターが呟くと、エンリケは腹立たしいほど晴れやかな笑みだった。
「だからいったでしょう! 彼女、たった二か月で島をここまで盛り上げたのですっ」
なだらかな坂から、青いワンピースの少女が下りてきた。少し日に焼けているが、見間違えようもない。
こちらが手を挙げると、可愛らしく一礼する。
「久しぶりだな、クリスティナ! 賑やかすぎて、島を間違えたかと思ったぞっ」
令嬢の青い目がきらりとする。
「あら! なら商いで、もっともっと驚かせないといけませんね。どうぞこちらにっ」
周りでどっと笑いが起こる。
ギュンターは首を振って、呟いた。
「……うちの船員も、今じゃ寄港にわくわくしてるよ。あの子は、やはり何かある」
ギュンターは、笑いをこらえているエンリケの背をばしっと叩く。
「手ごわそうだぞ。お前さんの『商談』も、うまくいくといいな」
クリスティナに導かれて、2人は領主の屋敷へ歩く。
「――ええ。なんとか口説いてみせますよ」
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本日は、もう1話投稿いたします。




