2-13:商人連合会
街には、商人や職人、産物を売りに来た農夫など、さまざまな人が集まる。だから誰かが得をしすぎないよう、あるいは損をしすぎないよう、規則が定められている。
けれどもそれは、街に大勢の人がいて、上手く回っている場合だ。
人が減って商会が次々と撤退したシェリウッドでは、一つの店が強くなりすぎて、街の仕組みを悪用しているらしい。
私達は一度宿をとり、部屋で作戦会議を始めた。
いるのはログさんにハルさん、それに漁師さん達。オリヴィアさん達は、街の教会へ行って不在だ。
立ったまま、私は腕を組む。
「『独占』というのは、一つの街の商いを、ある一つの勢力が支配してしまうこと。今回の場合、シェリウッドの市場はあの商人――ベアズリー商会が支配しています」
街にはたいてい『参事会』という組織があって、有力な商人が街の政治を仕切っている。
でも、人口減に悩むシェリウッドでは、だんだんとその有力商人が街を出た。少数に権限が集中し始め――ついに街の商いを、あの商人が仕切ることになったという。
漁師さん達は、思い思いの場所で顔を見合せた。
衣装箱に腰かけたログさんが、代表するように言う。
「俺も、ここには来たことがある。前までは、なにもなかった。商会は複数あったしな」
「修道院の方々も同じ事を言っていましたね」
オリヴィアさんが探していた修道士、それに副院長は、つまり品物が売れずに困っていたのだ。街の教会に滞在しながら、長く長くベアズリーと交渉をしていたらしい。
結果は、振るわなかったようだけど。
修道士達は私達に街の状況も話してくれた。
「ベアズリー商会が閉め出したのは、私達や修道院だけではないようですね。塩漬けニシンとワイン以外にも、麦、麻布、それに本来ならシェリウッドの名産の材木まで、閉め出しています」
「ハル、わかりません」
丸椅子にちょこんと座ったハルさんが頭を振る。赤毛もぶんぶんとふれた。
「じゃ、街の品物はどこから来てるんですか?」
「それは――」
思い浮かぶのは、ベアズリーの後ろにいた細面の商人。
その人は黒い帽子に白の羽をさしていた。
似たような装いの人は、楽園島にもきている。交易商人エンリケさんがそうだ。ただ、彼の場合は青い羽だったけれど。
いずれにせよ、王国の海上交易はこの『帽子に羽をつけた』人達が牛耳っている。
私は目を伏せた。
「商人連合会という組織があります」
商いは、いい面ばかりじゃない。
「有力な商会、それに都市。色々な勢力がここに所属して、商いを行っています。元々は互いに情報を融通しあう緩い連合だったらしいのですけど」
言葉を切ったのは、苦い経験があるから。都から追放されたのも、どこかで彼らの怒りを買ったせいかもしれない。
ログさんが身を乗り出す。
「商人連合会――聞いたことがあるな。ギュンターさんやエンリケさんも、同じところのはずだ」
「大きな組織ですから、彼らは関係がないと思いますけどね」
他国と交易している商人に、シェリウッドの独占で旨味はない。
みんなを見渡して話を戻す。
「商人連合会は、大きな組織です。王国の有力都市だけでなく、国外の都市も加盟しています。『商人』連合会というけど、中身は個人の集まりではなく、大商会や大都市で――」
漁師さん達にもわかるよう、言葉を選ぶ。
「大商いをする人達の集まり、といった形ですね。力を持っているから、無茶もできる。たびたび『独占』が問題になっていて、地元の商人を商いから閉め出したり、他国の商いを妨害したり」
独占、とハルさんが声を震わせる。
「港に交易船がいたでしょう? 今回のシェリウッドの場合、おそらく連合会の商人が交易船で大量の物資を持ってきた。人口が減って、有力な商人が一人しかいなければ……」
ハルさんが声をあげた。
「あ! そ、その一人が、『はい』って言ったら……」
「品物が、街に流れ込む。他に有力な商人がいたら、対抗するでしょう。でも今は、ライバルがいないし、中小の商人は参事会で閉め出せる。そもそも、他所の商人はベアズリー商会を通さないと市場にものを出せない」
「うわ……」
独占された市場に流れ込んでいるのは、ベアズリー商会と繋がった交易商人の品物だ。実際、港に停まっていた船は、あの細面の商人のものという。
もっとも、それだけなら別に悪いことではない。
どんな商人だって規則をきちんと守っていれば、商いにくる権利はあるのだから。
「問題は――ベアズリー商会が売る品物が、低等級品ばかりなこと」
市場を独占しているなら、低品質なものだって法外な高値をつけられる。
領地を見てきた経験からすると、とんでもないことだった。
「たとえば捨て値で売られているような、低等級、あるいは古いニシンを交易船が仕入れて、シェリウッドで高値で売る。儲けはあるでしょうけど……」
シェリウッドは辺境では大きな都市に入る。
周りから市場に売りに来る農夫、それに行商人もいて、彼らを閉め出すのは相当な荒技だ。
頭で算盤を弾いてみる。
「塩漬けニシンの消費は、聖導教の戒律もあるから安定している。人口1000人に、タダ同然で仕入れたニシンを売れれば、それだけでかなりの儲け。シェリウッド近郊の産物も、売れなければ値が下がります。それを捨て値で仕入れて、別の街へ持っていけば、さらに利益は増えるでしょう」
そうでなくても、『品質の悪い製品がある』という噂だけで、人の財布は固くなる。大量に流れ込んだ低等級品は、きっと良品の価格も下げている。
値下がりした資材を買い占めていくのも、これまた交易商人というわけだ。
「損を受けるのは、締め出されたり、安値で買いたたかれたりする職人や農夫の人達。そして、そんな製品を買わされる町の人」
ハルさんの顔は真っ青だった。
漁師さん達もどよめく中、ログさんが核心をつく。
「長続きしないだろう」
「そう思います。ここまでやったなら、ベアズリー商会も他と同様に、この街を出ていくのでしょう」
ベアズリー商会は、シェリウッドでの商いを失うわけだが、それと釣り合うほどの見返りがあるのかもしれない。例えば――商人連合会への紹介、とか。
他の商会が撤退しているのだ。
最後の一つだって、もうこの街に愛着はないのかもしれない。
「ど、どうしましょう」
「そうですね……」
立てた指を頬に当てる。
手は、2つある。
長続きしないとわかっているなら、あえて何もしない。ベアズリー商会が街を去れば、やがて市場は元の姿に戻るだろう。
ただ、その時は――シェリウッドには商人への不信感が定着している。
低等級品に売り負けて、廃業する職人さんも出るだろう。その中には、私達に必要な樽職人もいるかもしれない。
何より――
「こんなの、許せません」
商人の役目は、産物を商うこと。
私達がものを粗末にしたら――それは、生産者への裏切りだ。外に投げ出していた低等級品だって、作った人はいる。
定時課の鐘が街に響く。もう夕刻だ。
考えすぎたせいか、それとも心がぐつぐつしているせいか、頭が熱い。
私は、窓際の椅子に腰を下ろす。
真っ赤な日に、修道院の方々に書いてもらった紙をかざした。
そこに連なるのは、いくつかの人名。街の市政を行う『参事会』のメンバーだ。
ハルさんがてててと走ってきた。
「それ、街の偉い人の名前ですよね」
「ええ。教会の神父様もいますね――」
言いながら、目を細める。
昼間に通りがかった、あの石造りの教会のことだ。
教会は大切な儀式や慈善活動を司るため、たいていの街で有力者だった。
街の規則とは別に、特権も持っている。
オリヴィアさんは都でワインを作っていたというけれど、それもまた、修道院の特権だ。
赤ワインは聖者の血を意味するため、儀式に不可欠。修道院は特別に醸造が認められているのだ。
「……特権か」
私は呟く。
「オリヴィアさん達、一緒にきてよかったかも」
ハルさんが顔をあげた。
「え?」
「手は、1つありますよ。街がまだ諦めなければ、ですけれど」
肩をすくめて私は立ち上がる。
窓から見える街の景色で、教会の尖塔が夕日に洗われていた。
キーワード解説
〔商会〕
複数の商人からなる共同企業のようなものは、株式会社のずっと前から存在した。
そんな共同企業の一つ。
こちらも現在の『会社』に近い存在だが、家族企業の性格が強く、また目的を果たすと頻繁に清算された。
出資と経営が分かれて、事業が永続していくことを目的とする株式会社とは、少し違った性格を持つ。
〔商人間の同盟〕
情報を交換したり、有利な交易路を独占したり、さまざまな動機で商人達は連合した。
時に、権勢は一国を動かすほどだったとか。




