2-11:シェリウッド
私達は、聖フラヤ修道院から陸伝いに南下した。
辺りは林業が盛んというだけあって、航海の間、左手にみえる陸地には森ばかりが続いていく。集落らしきものもあったけれど、人口が十数人、時には打ち捨てられた廃村もあった。
もし夏でなく葉が枯れる冬だったら、旅の景色はより寒々しいものだっただろう。
うっそうとした木々の向こうに、街道が見えだしたのは3日目の朝だった。
シェリウッドの街に近づいてきたらしい。
ハルさんが船首で大きく伸びをして、私へにぱっと笑った。
「そろそろですって!」
どうやら隣にいる二隻目と、身振りで会話していたらしい。島の子は、本当に船に慣れっこだ。
「クリスティナ様もこっち来ますか?」
最初は揺れる船に戸惑ったけど、今ではすっかり体が馴染んでいた。私はロープに掴まりながら、ハルさんがいる船首の先へ立つ。
「わぁ――!」
先頭で感じる海は、確かに格別だ。結った髪と首筋を、潮風がなでていく。
17年生きてきたけれど、舳先に立ったのは始めてだ。もし誰もいなかったら、大きく歓声をあげたかもしれない。
漁師さんが呆れた声を出す。
「落ちるなよ」
「平気で――」
そこで船が揺れる。私とハルさんは、ヒヤヒヤしながら舳先から降り、互いに笑った。
「おはようございます」
船尾にある小部屋から、オリヴィアさんも出てくる。
長さ10メートルほどの小さな船なので、甲板のようなものはない。荷物を風雨から守る小部屋が船尾にあって、休む時もそこを使うのだ。
「到着が近いようですわね。ありがとうございます、本当に助かりました」
微笑むオリヴィアさんの金髪が、朝日にきらきらしていた。
今更だけど、私はふと気になって声をひそめる。
「無事に辿り着けましたけど――私達、怖くはありませんでした?」
「少しだけ。ただ、あなたのような女性や、ハルさんもいましたので。賭けではありましたが、商いに行くというのは本当だと思いました」
オリヴィアさんはおっとりと笑う。
「街で副院長に無事会えれば――わたし、勝手を怒られるかもしれませんけど」
私達3人は、またくすくす笑った。
オリヴィアさんは20歳、私の3つ上だ。歳が近いせいもあって、3日の間に打ち解けている。
船旅の間、船の事故について話は聞いていない。おそらく修道士たちは、まだ街にいるのだ。
隣の船からログさんの声がする。
「見えたぞぉ!!」
普段は物静かな方なのに、大声を出すとよく響く。
おおう、と漁師さん達が呼応。
帆が風をいっぱいにはらんで、船の軌跡が大きく右へふくれた。
海へせり出した岬を迂回すると、目的地、シェリウッドの街がはっきり見える。
「大きな街……」
広々とした港と、いくつもの桟橋が目に入る。庶民の家よりも大きな倉庫が建ち並び、材木で栄えたという歴史を思わせた。
ただ、近づけば近づくほど、印象が変わる。
港に人気は少なく、船も隅に交易船が3隻碇泊しているだけ。しかも旗や帆の印章から、みんな同じ商人の船らしい。
桟橋のいくつかは壊れたまま、海にのみこまれていた。
広いというより――単に、ガラガラなのだ。
オリヴィアさんが言う。
「昔は材木で栄えたみたい。ただ、今はもっと質のいい材木が、北国から入るようになってね……」
王国から北へ向かう交易船は、穀物を輸出し、材木を輸入する。海外の良質で安価な材木に、シェリウッドの林業は負けたのだ。
「……それで、周りの村も人気がなかったのですね」
いきなり不安になってきた。
それでもシェリウッド周辺には、いまだに千人弱が住んでいるらしい。
聖フラヤ修道院も、ワイン用の大樽をここの職人から買っている。この街の人口も、産物も、無視できない。
「上陸しましょうっ」
私達は桟橋に船をつけて、シェリウッドの中心部へ向かった。
ログさん、ハルさん、それにオリヴィアさん達がついてくる。島の漁師さんも当然同行するけれど、数名は船で荷物の番をお任せした。
私達は、かつて多くの荷車が行き交ったであろう大通りを歩く。隣を流れる運河は、昔は材木を筏にして運んでいたのかもしれない。
ハルさんが眉を下げていた。
「クリスティナ様。なんだか、寂しいところですね――」
「ええ……」
木戸を閉ざしたままの店。色あせて、朽ちた看板。入り口に蜘蛛の巣がはった倉庫。
「人が減ってるんだ――」
でも、どうしてだろうか。不思議な、懐かしい気持ちがある。
苦しいときの男爵領に似ているからだろうか。
通りが途切れて、石造りの教会が現れる。
「立派な教会……」
風化した尖塔では、鐘が鈍く光っていた。からん、からん、とお昼の定時課を告げる音が響く。
オリヴィアさんはお祈りの形に手を組み合わせた後、教えてくれた。
「この街に縁があった商人の寄進で建てられたといいます」
不思議な街だ、と思った。
初めて来るのに、どうしてか懐かしい気持ちがする。
前を歩くログさんが、私達へ振り向いた。
「もう少しで商会が並ぶ通りだが……疲れたか? 長旅だったからな」
「い、いえ」
私は首を振って足を早める。何かを感じる鼓動から、逃げるように。




