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2-8:聖フラヤ修道院

 領主様は私達3人へ順番に目を向ける。さっきまでの和やかな空気は、商談の緊張感に様変わりしていた。


「聞きましょう。どうやら案があるようだから」


 さて、気を引き締めよう。

 ログさん、そしてハルさんも身を乗り出す中、代表して私が話す。


「この島から5日ほど航海した先に、街があります」

「シェリウッドという街のことね」


 領主様が顎を引くのに、私は微笑む。


「はい! 交易だけでどうしても品物が不足するときは、島の男性達が10人ほど、2隻の船で向かうと聞いています」


 ダンヴァース様の視線がログさんへ向かう。


「自分が教えました」

「……なるほど。計画は?」

「『海の株式会社』で作った塩漬けニシンを、実際にその街の市場に出すことができればと。数は20樽」


 領主様の目が冷たく細められた。


「少ないわね。それだけのために、往復で半月の海路に漁師達を向かわせるのは、島として損ではないかしら」


 予想された反論。ログさんがすぐに応じる。


「ダンヴァース様、そうでもない。島の漁師の何人かが、漁具や網を新しくしたいと言っている。まだほんの数人だが――『海の株式会社』を見て、自前の漁具を更新してくれるんだ」


 『海の株式会社』の試作品を売るだけなら、船を出しても大損になる。10日以上、船を操れる人が島を離れるのに、儲けはわずかなニシンの分だけなのだから。

 ハルさんも手を挙げて、領主様を見つめた。


「食堂やってるお母さんも、街にビンや野菜を買いに行ってほしいって言ってます。交易船のお料理で、いっぱい材料を使ったので!」


 要するに私達の提案は、『相乗り作戦』だった。

 海の株式会社だけだと勿体ない。他の用事で街へ行くなら、一緒に乗せて欲しいということである。

 領主様の肩が震えた。


「――まったく、面白い人達だ」


 首をすくめて、領主様は優しげに目を細める。


「試作品の販売は、私からも提案しようとしていたところだ。ログ、あなたはクリスティナにシェリウッドがどういう街かまでは、説明をしなかったようですね」


 顔を見合わせる私達に、領主様は壁にかけられた地図へ目を向ける。


「ご覧なさい。シェリウッドの近郊は森ばかり。ここは、材木を得るために整備された、開拓村だったの」


 私ははっとした。


「材木って……樽の材料にもなりますね」

「『塩漬けニシン』を多く売るには、島で自給できるような小さな樽ではなく、ワインが入るような大きな樽が必要になる。この街は仕入れ先の一つになるでしょう」


 目的は、試作品の品評。そして仕入れ先の確保も、か。

 街なら樽職人がいるものだけど、その歴史ならますます有望だ。


「船を用立てるよう、島に告知しましょう」

「ありがとうございます!」


 やった、と私達は喜び合う。

 ただ相談はこれで終わりじゃない。すぐさま、私は指を立てた。


「それと、実はもう一つあるのです」


 途端、ハルさんとログさんが互いに目配せをしあう。不安そうな目つきが、ちょっと心外だ。

 指をたてたまま席を立ち、壁掛けの地図へ歩む。


「シェリウッドの街にいく途中で、寄りたい場所があるのです」


 私は言葉を切り、みんなを見渡す。さも大事な考えなのです、とでもいうように。


「……協力してくれる人も増えましたが、島ではまだ不安に思っている人も多くいます。島のニシンが売り物になるかどうか、逆に頑張っても売れなかったらどうなるか、疑問も当然ですわ」


 視線で先を促す領主様に、私は重ねた。


「試作品をきちんと売って、島に報告するのは大事だと思っています。同じくらい大事なのが、どこに売るか、ということなんですが……」

「……念のため聞きますが、その場所は?」

「ここですっ」


 指差した地点に、領主様は目を見開く。


「……その施設が、流刑島に門を開けるとは思えませんが……」


 ダンヴァース様は頬を緩め、穏やかに首を振った。


「あなたに任せた事業です。やってみなさい」



     ◆



 島から、6人乗りの船を2隻出してもらえることになった。

 市場があるような街には、この船で5日は航海しなければならない。

 塩漬けニシン20樽――これで1000尾である――と、いくらかの魚油、採れすぎて困っているドライトマトを載せる。

 話を聞いたお父様には、やはり心配をかけてしまった。


「し、島の外へ行くのか!? その……男性ばかりだろうっ?」


 ――とオロオロするお父様。

 ログさんは一緒に来てくれるし、もう一人、『付き添う』と譲らない人がいた。


「ハルも一緒にいきますので、ご心配なさらず! 失礼なことする人がいたら、その人はウチの食堂で出入り禁止です!」


 こちらも頼もしい。『島唯一の食堂の娘』という肩書きをこれでもかと活かしていた。

 出港した船は、東へ進路を取る。3日目の朝、海面にたゆたう霧の先に、灰色の建物が見えてきた。


 聖フラヤ修道院。


 戒律に生きる信徒達の住まうところである。

 それは、罪人を拒絶してきた場所でもあった。


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