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2-7:魚介とトマトのサンドイッチ

 楽園島での暮らしは、午前と午後に分けられる。

 朝の鮮魚が手に入る午前中は『海の株式会社』で試作品を作り、午後はダンヴァース様から経営の手ほどきを受ける。

 そんな生活が、あっという間に1ヶ月過ぎた。


 今日も私は早起きして、作業場でログさんを待つ。

 ログさんが桶一杯のニシンを持ってくると、それをハルさんと捌くのだ。

 魚の腹側に切れ込みを入れ、内臓とエラを取り外す。もう、1尾あたり数分でこなすことができる。

 ちなみに、ハルさんは1尾あたり1分かからない。包丁を小さな手でくるりと回して、またたく間に下処理を済ませてしまう。

 お魚を持ってきた後のログさんは、私達が捌いたニシンを検品する役目だ。漁師さんの目でやり残しがないか確認してもらい、問題なければ樽に敷き詰められ、塩をふり、満杯になったら塩水で密閉。

 作業小屋に置かれた試作品は、続々と数を増やしていく。


 周りの目も変わる。

 警戒と不信は、関心と興味に。

 最近、ログさんの他にわざわざ作業場まで新鮮なニシンを持ってきてくれる漁師さんが現れた。時間を区切って、魚を捌くのを手伝ってもいいというご婦人が現れた。ニシンの群れが来ると、走って知らせてくれる子供が現れた。


「――よし!」


 私は、小刀を手でくるりと回す。

 晴れやかな気持ちでハルさんに笑いかけた。


「午前中で、樽3つ! 早くなったわね」


 魚の臭いをぷんぷんさせた私は、汚れたエプロンを脱いで、一度家に戻る。服を着替えて体を拭いて一息ついた。

 次は、ダンヴァース様のお屋敷へいこう。今日はいつもと違う用事があるのだ。



     ◆


 

 切り身の形におろされたニシンに、トマトソースが乗っていた。

 交易船にも出したニシンのトマトソース添えなのだけれど、今日はさらに一工夫される。

 刻まれた玉ねぎ、香りづけのハーブ、それにピクルスという漬物。

 そんな食材をまとめ上げるのは、焼き上げられたばかりの白パンだ。


「わぁ……!」


 私は目をキラキラさせて、ハルさんがお料理するのを見つめた。

 ログさんは私の隣に立って、ダンヴァース様は食堂机で静かに香草のお茶を飲んでいる。


「できました!」


 そんな声で振り向いたハルさん。両手で持ったお盆には、4つのサンドイッチがあった。

 私とログさんで配膳を手伝い、すぐに四人掛けの丸テーブルに昼食の用意が整う。


「全能神のお恵みに感謝を捧げます」


 領主様のお言葉を待ってから、私達は食事を始めた。

 ……これだけだと単にハルさんのお料理を堪能しているだけだが、きちんとした業務。

 今日は、初期に塩漬けしたニシンの検品兼試食会なのだった。

 ハルさんがもぐもぐしながら言う。


「塩漬けニシンを塩抜きして、教えていただいたトマトソースとあえました。いかがです?」

「んん! 美味しいわ!」


 私は一瞬で合格させた。


「ニシンの香りに、トマトの酸っぱさが丁度いいです! お漬物も……」

「……こりゃ、パンにも酒にも、なんにでもあうぞ」


 と、ログさん。

 ダンヴァース様は一口食べて、満足げに頷いた。口の端にトマトソースがついている。


「これほどうまい投資は、我ながら初めてだ」


 その言葉に、私達はちょっと笑った。

 島で作った塩漬けニシンは、かなりの高品質だ。

 サンドイッチだけだと正確な味の比較はできないから、単に焼いたもの、煮つけたもの、色々な調理法を試す。そして、そのどれもが臭みなく美味しい。


「……この塩漬けニシンを食べたら、もう他の産地のは食べられませんね」


 私はフォークに刺さった切り身の香りを確かめた。

 比較のために、交易船から別産地の塩漬けにニシンを仕入れてある。そちらも焼かれ、煮つけられているのだけど、『海の株式会社』にはとても及ばない。

 身がぱさついて、臭いもきついのだ。

 私はちょっと考える。


「……島は海に近い。漁場のすぐ側で塩漬けにできるし、新鮮な水も好きなだけ使える。作業環境がいいのかもしれないわ」


 これは新しい発見だ。

 領主様から借りた小屋の側には、井戸もあるし、湧き水もある。特に湧き水は海中から出ていて、汲み上げると薄く塩味がついていた。


「製法の鍵は、水揚げした瞬間の新鮮な魚を、冷たく、薄い塩水で処理する――」


 これは島でしかできない。魚の群れが近くを通るだけではなく、湧き水も強みなのだ。

 それにしても――


「ん~! 美味しいっ」


 足をパタパタさせたいくらい!

 煮つけ(ソテー)は、塩味が島野菜の甘みを生かしている。

 ふっくらと焼き上げられた焼きニシンも、癖になりそうな食感だ。

 でも、一番はやはりサンドイッチ。

 トマトの味がニシンの脂にからんで、喉をするりと抜けていく。口当たりも、後味も、爽やかだ。わずかに残る塩味が、小麦の甘みを引き立てる。


「お父様にも、早く食べさせてあげたいですわっ」

「ほとんど毎日漁に出てるからな」


 ログさんが引き取る。

 私達を見る目が優しくなったのも、お父様が積極的に島に溶け込んだおかげだろう。

 ありがたい。

 お父様に、恩返ししなければね。


「大したお方だよ。覚えもいいし、他の漁師も褒めてるぜ」


 ログさんはもう食べ終わっていた。落ち着いているように見えるけど、チラチラとハルさんのお皿を見てしまっている。

 ハルさんがじろっとログさんを見上げて、そっとお皿を遠ざけた。

 ……次、試食するときもログさんを呼ぼう。

 サンドイッチ、そして煮つけや焼き魚を、みんなで平らげていった。


「試食は成功ですね!」


 笑顔で言って、私ははたといつもより多目に食べていたことに気がついた。下品ではなかったはずだけど、厳格な王宮だったらこうは入らなかっただろう。

 ちょっと、恥ずかしい……かも。

 やがて食後のデザートにチェリーが出た。塩気を和らげる甘味には、観念するしかない。

 ログさんも頷く。


「新鮮なものよりもうまいくらいだった。ハルの腕だな」


 ハルさんが得意げに胸を張る。


「クリスティナ様から教わったソースを、アレンジしたのですよ」


 レシピか……。


「――ニシンを売るときに、料理法と一緒に売るのもいいかもしれませんね」

「え。ハルのレシピを、です?」

「そう。トマトは大陸では栽培が始まったばかりの野菜だし、ニシンの樽にレシピをつけて売れば、興味を持つ人が増えるかもしれない」


 ログさんが首をひねった。


「紙は高いんだろう? 島に字が書ける人もそんなにいない」

「都では、『印刷』という技術もあります。美味しいお魚なのだから、お料理法も正しく伝えたいです」


 さて、話をしている間に試食会は終わる。

 いつも経営の手ほどきを受ける時間なのだけど、今日は別の話題があった。

 ハルさんとログさんにも残ってもらって、私は領主様に切り出す。


「領主様。島の外へ、商品を売りに行くことはできますか?」


 口を拭うと、領主様は商人の目になった。


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