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2-6:流刑騎士

「なります」


 『塩漬けニシン』事業は、島の得になる――この点は、断言できた。


「ログさんのように、島を出ることを考えている人はいます。しかし、見知らぬ土地で生計を立てるのは……大変ですよ」


 今度はログさんが黙る番だった。


「不安を感じている人もいるはず。物々交換でも回る島の経済で、私が出す貨幣を受け取る人の中には、貯金を――将来への備えをしている人もいるでしょう。『海の株式会社』は、その不安に応えられます」


 ログさんに、私は2000ギルダーを渡した。ニシン40匹の代金である。


「クリスティナ、といったか。君は?」

「私?」

「流刑島のために働く、君の得だ」

「それは」


 私は笑った。ログさんを見上げる目が、きらっとしたのがわかる。


「暮らす島が豊かになること。そして、『いいもの』を売ってみたいこと」


 ピンときていないログさん。


「『いいもの』だって、売れなくて、維持できなければ消えてしまう。それを見つけて商うことができるのは、商人の面白さです」


 お母様は、結婚前までは商いをしていた。その時の思い出話は、胸に残っている。


「いいもの? 島の魚が?」

「もちろん! 商人は、ものを通して楽園島と、都だって繋げられる。あなたも興味はありませんか? あなたのお魚が、塩漬けに耐え、王都の人々の舌に応えられるか」


 ログさんがはっと目を見開いた。曇り空が晴れたように、茶色の瞳が輝く。

 手つきを見ればわかった。この人は自分の仕事にきちんと誇りを持つ人だろう。

 まいど、と短く言って、私は満杯になった樽を見下ろした。


「あ……しまった」


 魚がぎっしり詰まった一抱えほどもある樽は、とっても重い。いつもは2回に分けて買い出しにくるのに!


「貸してみろ」


 大きな腕がぬっと伸びてきて、どきりとする。

 樽を持ち上げたログさんは、軽々と肩にかついだ。


「外れの小屋までだろう? 運ぶよ」

「あ、ありがとうございます……」


 私達は3人で、作業小屋まで歩く。

 ログさんは背中を見せたまま語った。


「君の事業、手伝いの募集はしているか?」

「え……」


 願ってもない提案に、驚きが勝ってしまう。ログさんは目を細めて振り向いた。


「王都に島の魚が並ぶのは、確かに面白そうだ。下克上だよ」


 ログさんは肩をすくめる。


「俺は、親が流刑にされて、まだ小さなころ一緒についてきたんだ。父親は騎士だったんだが、敵前逃亡――名誉も領地も失った。敗戦の責任を押し付けるには、うってつけの相手だろう」


 似た話を聞いたことがある。


「それ、プロイツ戦争のことですか?」

「知ってるのか」

「はい……13年前、有力な騎士団もいくつか、領地を失って辺境の開拓者になったと」


 この島のさらに北、海を挟んだ遠くに新たな領地を見いだした騎士団もいたはずだ。王国にとっては手痛い敗戦で、責任の押し付け合いになったと、裁判記録で読んだ覚えがある。

 こんなところで事件の証人に出会うなんて……。


「ハルがいるってことは、悪い事業じゃなさそうだ。それとも、流刑騎士の息子は、だめか?」


 ハルさんと顔を見合わせ、頷きあった。


「――とんでもない!」


 『海の株式会社』の作業小屋で、私達は固い握手を交わした。

 翌日から、ログさんは獲れたニシンを小屋に直接運んでくれるようになる。新鮮で良質なニシンが浜との行き来なく手に入るようになったことで、生産効率は跳ね上がった。



     ◆



 やがて50尾ずつの塩漬け樽が軌道に乗ってくると、私は次の手を考え始めた。


「いずれ交易船に一万尾も売るなら、樽を大型にしないと……漁獲を増やすから、漁具も船もいるわね……」


 夜、家で魚油ランプを灯しながら、メモを書きつけた木片を見つめる。紙だって貴重なので、船や樽の端材に計算結果を残すのだ。

 不安な点はまだある。


「交易船が来る前に、塩漬けニシンを売っておきたいけど……」


 交易船は重要な商談だ。その前に、試作品をお客さんの前に出して、売れるかどうかを確かめたい。食べた人から、忌憚ない感想をもらえればなおいいだろう。

 机に取り出したのは、領主様から借り受けた、王国北方の地図。

 灯りが弱いから、ランプを持ちあげて紙に近づけた。


「……一番近い、市場がある街まで片道5日か」


 王国は、正式には神聖ロマニア王国という。

 陸に広がる大国家で、私達がいる楽園島は、最北の辺境だった。

 気候が温かいのは暖かい海流が流れているおかげだろう。

 地図を読み込んで、商いに繋がりそうな施設を洗い出していく。


「街と島の間には、修道院。聖フラヤ……土地の神様が由来かしら」


 貴族の娘であった頃は、陸地しかみていなかった。王都は内陸にあるため、商業の重心もまた内陸だ。

 大陸の北側には海があり、そこに半島が突き出している。半島の北端から少し離れたところにあるのが、楽園島だ。


 改めて王国北を広く見ると、大きく突き出した半島が、海を東西に分けてしまっている印象だった。大陸の先にもまた別の陸地があるため、海峡の半分を半島が蓋している。


「……うん?」


 ちょっと考えてしまう。

 楽園島のニシンが成功を収めて、もし、多くの船が北の海に入ってきたら。

 ニシンのために塩や銀貨を積んだ船がこの海域にやってくれば、手つかずの辺境が、『商圏』と呼ばれるほどに盛り上がるかもしれない。

 それはすでにある、陸上の商圏と――。


「そんなこと、遠い、遠い先の話ね」


 苦笑し、肩をすくめる。私は明日に備えた。


キーワード解説


〔ニシン〕


 ニシン目ニシン科の海水魚。大きくても体長30センチほど。

 数億匹という膨大な群れを作り、また季節ごとに回遊コースが決まっているため、中世の食生活をよく支えた。

 脂っこい魚であり腐りやすく、大量にとれるこの魚を遠隔地に売るためには保存法が重要となる。

 塩と樽を大量に使う、当時らしからぬ食品工業製品だった。



〔塩漬けニシン〕


 中世の保存食。

 獣の肉が貴重であり、宗教的に肉食を戒める日があったため、重要なタンパク源となる。

 現在、スーパーなどでは缶詰や保存食がたくさん売られているが、中世では同じ位置にこの塩漬けニシンがあった。


――――――――――――――


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