2-5:漁師ログ
会社名 :海の株式会社
代表 :クリスティナ
従業員 :2名(クリスティナ/ハル)
事業内容:海産物の加工および販売
総資産 :400万ギルダー( 現金 + 塩漬けニシンの樽6つ)
翌日も、私とハルさんは3ガロン(約10リットル)ほどの空樽を1つ抱え、浜へ向かう。
水揚げ場を兼ねた浜は、漁師や交換に来る農夫が行きかい、とても活気があった。どこかにお父様もいるかもしれないが、今は探すのはよそう。
浜のあちこちに樽や桶が置かれ、色とりどりの魚が朝日にきらめいた。
「さて」
樽を持ったまま、私は声を張る。
「え~、『海の株式会社』です! 上質なニシン、1尾50ギルダーで買い取りまぁす!」
突き刺さる、警戒、怪しみ、好奇、そんな気持ちがいいとは言えない目。
恥ずかしいが、こればかりは仕方がない。
ハルさんは完全に巻き添えだけど、何度言ってもついてきてくれる。それだけトマトの商いで期待をかけてしまったわけで――年長者として、しっかりしないと。
年配の漁師さんがヒゲをなでながら近づいてきた。
「あんた、本当に島の魚が売れると思うのかね」
「もちろん!」
「ふぅん……」
その人は網の中から2尾のニシンを見繕うと、私に突き出す。
魚はぬるりと滑りやすい。落としそうになる私を、漁師さんは鼻で笑った。
「はっ」
「とれたばかりみたいですね。こちら、買わせていただきます」
樽に2尾を入れて、私は銅貨を差し出した。
漁師さんが無言で去っていくのに、ハルさんが口を尖らせる。
「……ひどい」
「いいえ。順調ですよ」
私は樽を抱えて、ハルさんと水揚げ場を歩いた。
こちらの姿を認め、もう何人かが魚を売ってくれる。
「そ、そうでしょうか……?」
「初日は、そもそもお金を断られたでしょう?」
島では、基本的に物々交換が主流だ。それでも交易船からものを買えること、領主様への納税に使えることを説いて、だんだんと貨幣を受けとってくれる方が増えた。
「一歩ずつ。流刑された貴族の娘が、商いをしようというのですもの。自分がどういう人間かは、少しずつ見せていくしかないわ」
私達は、ある桶の前で足を止めた。
「わぁ……」
両手を広げたほどもある桶に、新鮮で、ウロコもきれいなままのニシンがいっぱいに入っている。マメに海水をかけられたのか、魚体は銀色に照り返し、まだ跳ねている魚もいた。
ハルさんも目をきらめかせる。
「きれい! これはログが捕ったニシンですね」
「ログ……昨日言っていた漁師さんね?」
「はい、です! 口に入れる魚はログのものがいいって、みんな言ってます」
腕のいい漁師さんと契約を結んで、ニシンを直接、作業場に運んでもらいたい。
振り返った時、大きな胸板が視界を塞いだ。
「俺の魚に用か?」
「は、はい……」
私よりも頭一つ高い位置から、茶色の目が見下ろしてきた。気圧されてしまうけれど、整った精悍な顔だちで、とても静かな目をしていると気づく。
年齢は20歳くらいだろうか。
――騎士?
都や領地で見てきた彼らと、何か似ていた。長身で姿勢よく立つから、少し威圧的に見えるのかもしれない。
肩口まである黒髪が、海風にゆるくなびいていた。
私は顎を引く。
「よ、40匹ほどいただこうかと」
ログ、とハルさんが名前を呼んだ。この方が、腕のいい漁師――ログさんか。
「多いな」
「この樽に詰めるだけ欲しいのです」
ログさんはじっと私を見つめて、頬を緩めた。
「樽を置いてくれ」
腰を下ろすログさん。
水で手を冷やし、桶から次々とニシンを選び出すと、私の樽へ移していく。手つきは磁器職人のように丁寧だ。
日焼けした腕には、たくましい筋肉が浮く。
「噂は聞いてる。だがどうして、ニシンを?」
「漁業で利益を出すなら、大量に獲れる魚が必要です。それだけの漁獲があるのは、島ではニシンだけです」
実際、『塩漬けニシン』は各地で取引されていて、それだけ有望だ。
「大量に捕るなら、俺達が働く時間が延びる。よそ者に仕事を増やされたと思う者もいる」
「それは……」
「島が赤字だって、俺達には関係のない話だ。漁の腕さえよければ、どこぞの船員にでもなってやっていくさ」
真剣なことだと思ったので、私は先を促す。他の漁師も聞いている雰囲気を感じた。
きちんと考えているから、生活にまつわる問いがくる。
「……どうぞ、続けてください」
「君らの事業で、島は得になるのか」
収益性について問いかけられて、商魂がめらりと燃えた。
本日はもう1話投稿いたします。
(長くなりましたので、2分割しました)