2-2:株式会社って?
「ハルさん、大事なことが抜けていますよ」
「え? ハル、間違えました?」
「ダンヴァース様は、『海の株式会社』の資産、現金400万ギルダーの出資者ということ」
あ、とハルさんが口を開けた。
「『株式会社』は、事業に対する出資者がいます。つまり、お金を出してくれた人。この人がいなかったら、事業が始められなかったのだから、利益が出たら当然にダンヴァース様にもお金を払う」
ちなみに、これを『配当』という。
ハルさんの目がぐるぐると渦巻になり始めた。
「ええと、ハルやクリスティナ様がもらうお金が『給料』で、ダンヴァース様が受けとるお金が『配当』……?」
なにがどう違うんだ、と思っていると思う。
安心してほしい。私もうまく説明できない。
ただ……
「ダンヴァース様から、言われたわ。とりあえず『給料』を優先していいって。『配当』、領主様への支払いは、『給料』を払っても儲けが残ったらで構わないそうです」
「は~……優しいです!」
「うん……そうですね」
私も最初はそう思ったが、深く考えると、すぐに納得できた。
いずれ、給料を払うべき人が増えるかもしれない。基本的に、働く人――この場合は、社員と呼ぶべきだろうか――がいなければ、海の株式会社はどんな利益も生み出せない。
400万ギルダーのお金があっても、私とハルさんがいなければ、それは永遠に400万ギルダーのままなのだ。
だから、『給料』が優先。人が離れたら事業は不可能だ。
逆に言えば、『給料』を払ったら儲けがなくなるとしたら、それは本当に利益を出したとはいえない……ということなのだろう。
「これは、すごい仕組みですよ」
「そう、なのですか?」
「故郷の近くでも、都でも、変わらなかったのだけど――鉱山や商会の経営者は、儲けが出たら好きなだけ自分のものにしていました。時には働く人の給料を削ってでも、ね」
でも、と私は言葉を継ぐ。
「『海の株式会社』で一番偉いのは、今はダンヴァース様。400万ギルダーもお金を出しているのだもの。だけど、『海の株式会社』で稼いだお金のうち、ダンヴァース様の自由になるのは、『配当』されたものだけ」
「ええと……」
「つまり、大商人でも、簡単には儲けを独り占めできないということです」
ダンヴァース様が作った契約書には、儲けを分配する優先順位も明記してあった。
もちろんうまく回るかは、わからない。
仕組みがあるだけで画期的だ。
「都で見てきましたけど……貴族の事業って、誰の持ち物なのかあいまいなんです。事業をしているのは、1人1人の領民だったり従業員だったり。でも貴族は自分のお財布だと思っているから、勝手に儲けを持ち出したり、肝心な時にお金がなかったりする。けれども、株式会社なら『配当額はいくら』と決まっているから、それ以上は取れない」
説明しながら、私は、ようやくうまい言葉を思い付く。
「事業の目的は、お金を稼ぐこと。そして『株式会社』は、大勢に儲けを分配するための仕組み。いずれ、ダンヴァース様以外の人も、お金を、つまり資金を出すかもしれない。これを出資といいます」
ハルさんは目をぎゅっとつむって、必死に覚えようとしているようだった。
「出資――ええと、会社にお金を渡すこと?」
「そう。私達は渡されたお金、つまり出資されたお金で事業をする。お金を出す人と、経営者が分かれているのね。お金を出した人であっても、会社のお金を自由にできるわけではない」
お金は、出資者の所有物。
でも、お金で事業をするのは経営者。
株式会社では、所有と経営がきれいに分かれている。
領民をモノのように思っている貴族や、奉公人にひどい待遇をしている商人が聞いたら、卒倒しそうな仕組みだ。
「ダンヴァース様と違って、意地悪な人がお金を出すかもしれません。例えば、私達のお給料をゼロにして、儲けを総取りしたがるような」
「ええ~~!! そんなのダメですよ!?」
「ふふ、そうですね。でも、その人が金庫にやってきて、勝手に儲けをとっていくことはできないの。なぜなら――」
「……外に持っていく分は、『配当』で決まっているから?」
「そうそう。これはね、事業に大勢が関わるようになっても、できるだけ喧嘩せずに、利益を分配するための仕組み」
我ながら、『とんでもないことになってない……!?』と説明しながら思ったのは秘密だ。
今の出資者は、ダンヴァース様だけ。けれど株式会社は、どんどん出資者が増えることを想定した仕組みなのだから。
ハルさんは目をキラキラさせる。
「な、なるほどぉ――!」
「この『いくら出資したのか』の記録が株式というのですけど……ま、それはおいおい」
咳払いした。結った髪をなでる。
「こほん。いずれ、この『海の株式会社』で魚をたくさん売り、お給料や配当で島を豊かにするのが、領主様の狙いと思います」
「は~……」
感心していたハルさんだけど、ふと可愛らしい指を、ふっくらした頬にあてた。
「じゃあ、早く事業をしないと、ですけど……?」
私は肩をすくめた。
「そうなのですけどね。結論から言って『海の株式会社』が黒字化するには、1月あたり1万尾の魚を売る必要があります」
ハルさんの目が点になった。
「それだけじゃない。計算してみると、この島は1月あたり10万尾以上のニシンを売る力があります」
点になった目を、ひたすらにパチパチするハルさん。
無理もない。
私も、漁業、とりわけ『ニシン漁』という事業がどれだけの規模になるか、イメージできていなかったのだから。
「まったく、領主様ったら……!」
商魂というものがもし目に見えたら、私の体は真っ赤に燃えていると思う。
領主様、お見せできなくて残念です。
キーワード解説
〔株式会社〕
大勢から出資を集め、事業を行うための仕組み。
出資に基づいた配当が行われ、リスクを分散しながら事業による利益を得ることができる。
『会社』や共同出資という形態は中世にもあったが、
目的を果たせば清算される当座企業が大半だった。
一方、『海の株式会社』は領地の黒字化という長期間の任務を担う・・・らしい。
〔配当〕
株式会社が稼いだ利益を、出資に応じて分配したもの。
お読みいただきありがとうございます。
続きは明日投稿いたします。