2-1:事業計画
会社名 :海の株式会社
代表 :クリスティナ
従業員 :2名(クリスティナ/ハル)
事業内容:海産物の加工および販売
総資産 :現金400万ギルダー
「うーん……」
『海の株式会社』の設立から、バタバタと5日が過ぎた。
島での生活は忙しい。お父様の漁を手伝いながら、『海の株式会社』の仕事もする。
今日も私は、早朝から椅子に座り、会社の概要が書かれた紙を睨んでいた。
お父様は漁に出かけて、家には私だけ。
吹き込む風が、茶髪を結い上げた首筋に心地よい。服も薄手のワンピースに替えて、涼しくて動きやすい島の装いにすっかり馴染んでいた。
小屋の入り口から、声が聞こえる。
「クリスティナ様」
窓から見える、ハルさんの赤いおさげ。
「どうぞ」
「はい! 今日は何かお手伝いできることがないかと、参りました」
そう言って、ハルさんはにっこり笑う。
島の暮らしは楽ではない。食堂の手伝いもあって、ハルさんが動ける時間は多くない。それでもこうして暇ができると、私を訪れてくれた。
「ありがとう、ハルさん」
「いえいえ! クリスティナ様は、社長なんですから。もっと、どーんと構えてくださいませ!」
そう言って、輝くような笑顔。私は思わず顔が引きつってしまった。
『社長』と呼ばれても、株式会社という仕組み自体が、まだ勉強中だ。事業をするのは確かなのだけど、まだ軌道にも乗せられていない。
ハルさんにも、『社長』という言葉はなんとなく偉い人というイメージしかないはずだ。
「何をしていらっしゃるのですか?」
「ダンヴァース様からの、宿題を考えているのです」
「宿題?」
「事業計画ですね」
ここ数日、株式会社の仕組みについてダンヴァース様から教育を受けた。
知れば、なかなかよくできた仕組みである。領主様が採用するのも納得だ。
ハルさんも向かいの椅子に飛び乗って、紙を覗き込む。
「クリスティナ様。ハル、たまにわからなくなるんですけど……この『株式会社』って、どんなものなんですか?」
「そうね……」
いい機会です。
頭の整理も兼ねて説明することにした。
指を一つ立てる。
「ダンヴァース様が、私達に400万ギルダーのお金を出しています。『海の株式会社』の目的は、事業をして、この400万ギルダーのお金を増やすこと」
「目的は、お金を増やすこと……すでにすごいお金の気がしますけど」
ちなみに400万ギルダーは、都市の職人が1年で稼げるくらいのお金だ。
領地の経営経験があるから、私は大きな値に慣れている。けれども不安そうなハルさんにとっては、聞いたこともない額のはずだ。
「ええと……魚を売ったりして、ですか?」
「そう。例えば、このお金を使って、400万ギルダー分の、商品を仕入れます。それを500万ギルダーで売ったら、さてお金はいくら増えたでしょう」
ハルさんはすぐに応えた。
「100万ギルダー、増えてます」
500から400を引く――なんて簡単な計算に見えるけど、そもそも計算がぜんぜんできない人も島にはいる。
ハルさんは、ダンヴァース様のところで算術を仕込まれていた。素直で要領も良いし、食堂の娘だから顔も広い。
まだ11歳だけど、本当に頼もしい。
これは教え甲斐がある。
「正解。そういう風にして、お金を増やしていくの」
そして、と私は言葉を継いだ。
ここからが難しい。
「さて、ハルさん。もし仮に、100万ギルダーも儲けたら、ハルさんはいくらほしい?」
「え」
ハルさんはぴしっと固まってしまった。
今の計算が、自分の仕事と結びついていなかったのだろう。
質問としてもちょっと意地が悪いし、何より生々しい。
「え、ええと――ちょっとでいいです。残りは、クリスティナ様にあげます」
「あら」
私は笑いかけた。
「でも、それは二つの意味で、不正解なの」
「え? ハルはもらっちゃダメなんですか?」
「ち、違う違う」
咳払いをした。
「よく聞いてね。会社なので、お給料が出ます」
「は、はい……」
「利益が出ても出なくても、当然、働いた人にはお金を払う。この額は事前に決めておきます。当然、私の分も」
出費を決めるために、おおざっぱでもいいので『計画』が必要なのだ。
私はこれで悩んでいた。
「そして――もう一人、利益を分配しなければいけない人がいます」
「え、ええと……」
ハルさんは、はっとした。
「わかりました! 領主様ですね!」
「そう。理由はわかる?」
「領主様だからです。ハル達は、お魚や作物を、『税』として領主様に納めます」
私は唸ってしまった。
惜しい。半分は正解だけど、半分は違う。