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1-10:海の株式会社

「株式会社」


 大机からそう告げる領主様は、まるで魔法を教える魔女だ。

 ……口には、出せないけど。


「クリスティナ、その言葉に聞き覚えは?」

「ええと」


 私は頬に指を当てた。


「……異国の仕組み、とは存じています。確か、色々な人が事業にお金を出すための仕組みだったかと」

「その理解で問題ないでしょう。近いのは、やはり組合――ギルドとも呼ぶそうですが」


 ダンヴァース様は言い足す。


「大勢が資金を出し合い、出資を行います。出資を受けた団体は、その資金で事業を行い、儲けを配当として分配する」

「船舶共同組合のような考え方でしょうか――」


 帆船のような大型設備は、たった一人の商人が持つには手に余る。

 その場合は、商人を10人集めて、合同で一つの船を建設する。そして船が交易した利益を分配していくのだ。

 商人らにとっては、儲けが10分の1になる代わりに、船が難破で失われた場合の損失も10分の1になる。

 ダンヴァース様は私に目を向けた。


「最初の資金は私が出します。そしてその資金をもって、あなたは『会社』を運営する」


 息をのむ私に、領主様は重ねた。


「あなたの自由にできるお金です。経営者として、采配をしてよろしい。私の出資は、トマトの交易にまつわる返礼と考えてください」


 ……どう考えても、破格の待遇だ。そもそも領主から自由にできるお金をもらえること自体、領民の身分では考えられない。

 ダンヴァース様は灰色の目で私を見る。


「代わりに、経営も、新たな出資者を探すことも、あなたの仕事です」

「それは――」


 追いついて考えてみよう。

 この島で美味しい魚を捕ることができても、保存できるように『加工』しなければ、売ることはできない。

 ここは孤島なのだから。


「……仕入も、販路も、大量にまとめて行えば、結果的に安くなる……?」


 お父様が問いかける。


「クリスティナ、わかるか?」

「すこし……領主様は、私に『会社』という船の舵取りをしろと仰るのですね」


 失礼なことは言えないけれど、そう表現するしかない。

 ダンヴァース様は顎を引く。


「でも、私は罪人ですよ? 流刑であれば、平和の喪失――商いでの契約を結ぶ権利も制限されるはずでは」

「ふむ。法律の問題であれば」


 ダンヴァース様は、ハルさんに合図を送る。

 ハルさんが棚から書状を取り出し、てててと小走りに領主様へ渡した。


「厳密な話をすれば、クリスティナ、あなたにその心配はありません。あなたは現時点では、もう罪人ではないのです」


 驚いてしまう私に、領主様は告げた。


「貴族の場合、当主に最も重い刑罰が課せられ、嫡男、妻、嫡男以外の子女の順番で刑が軽くなります。ひるがえって、フェロー家に課せられた刑罰は、当主ウィリアム・フェローの流刑、そしてクリスティナは貴族籍の剥奪」


 領主様は書状越しに私を見る。


「わかりますか? クリスティナ、あなたは単に貴族から領民の立場に落とされたに過ぎない。当主流刑に伴い、家族が領地を去ることを慣習的に『流刑』とは呼びますが、あなたの場合はこの島にやってきた段階で、刑の執行は終わっているのです」


 お父様と顔を見合わせてしまった。

 ダンヴァース様は目を細める。


「……その顔だと、知らなかったようですね」

「え、ええ」


 裁判では『流刑』だったはずだ。重い追放刑の一つである。

 胸に第二王子殿下の顔が過ぎった。確かに当主と令嬢が同じ刑罰というのは、あまり聞いたことがない。常識的な判決に修正された、ともいえそうだけれど。


「領民には、納税、賦役、そして領内に定住する義務があります。島の外に住居を持てないという意味では、流刑とさして変わりませんが……あなたは普通の領民と、法的には同じ権利を持ちます」


 領主様から書状を受け取ったハルさんが、私にも読ませてくれる。


「どうぞ!」

「……本当だわ」


 確かに、刑は『貴族籍の剥奪』だけである。

 ……そうか。貴族の令嬢にとって、当主がおらず、領民の身分になった時点でかなり生存は絶望的だ。

 修道院か施療院へ向かうことになり、結果的に表に出てこれない『流刑』と同じになる。

 お父様が覗き込んだ。


「クリスティナ、私はどうだい?」

「あっ」


 『ただしご当主、あなたはダメです』的な一文を発見。

 隣でお父様が肩を落としていた。


「…………そうか」

「お父様!? き、気を落とさないで!?」


 いつか、お父様の冤罪も晴らしてあげられるといいけれど。

 領主様が言った。


「もちろん、最初は小さな事業から始めることになります。塩を仕入れて、小さな樽を数個分だけ塩漬けニシンを作る――その程度で、まずは利益が出るか、事業として可能か、様子を見ることになるでしょう」


 ちなみに、とダンヴァース様は告げる。


「最終的には、大型の樽で出荷を目指してもらいますよ。大樽だと、1樽あたりニシンおよそ1000尾が必要です」

「せ――!」

「言ったでしょう。規模が大きな仕事になる、と。大量の塩の都合をつける必要もありますよ」


 う、うわぁ……交易船、まだ行ってませんよね!?

 頭がクラクラした。

 もちろん、資材を用意すればいい、というだけではない。

 加工したり、運んだり、人だって必要だろう。彼らにお金を払う必要もあるし――。


「……うん!」


 でも、この島には推すべき『いいもの』がある。


「やってみたいです」


 よさを知ってもらった方が、買う人も、島の私たちも、豊かになるはずだ。

 そんな気持ちは、お母様を早くに亡くしたことがあるのかもしれない。言いたかったこと、やりたかったこと――亡くなって、消えてしまってからだと遅いのだ。

 島の漁業が消えてしまう前に。


「ダンヴァース様!」


 ハルさんは、ダンヴァース様へ振り返り頭を下げる。


「ハルにも、クリスティナ様を手伝わさせていただけますか?」


 私も、お父様も、目を丸くしてしまう。

 ダンヴァース様は頬を緩めた。


「ふむ。人望は、経営者の才覚よ」


 ダンヴァース様が私達3人を手招きする。

 示したのは、一枚の羊皮紙だった。


「これは……」

「私は領主として、あなた方に結社を認める権限があります。また、『株式会社』は私達の王国ではまだ法で具体的にありようを決められておらず、規制もない。名乗ったもの勝ちです」


 そんなのありか。

 ダンヴァース様は任せておけとばかりに頷いた。


「我が国は、歴史的に領邦の権限が強い。申し出があれば、領主として結社を認めましょう。その代わりの、最初の仕事です」


 ダンヴァース様は命じた。


「名前をお決めなさい」


 私とハルさんは、2人で、結局ああだこうだと議論した。お父様も最後の最後に口出しして、ダンヴァース様が待ちくたびれた頃、ようやく一つに決まる。


「これにします」


 『海の株式会社』


 ダンヴァース様が頷き、私と書類にサインをする。『フェロー』の家名を書かないサインが、なんだか新鮮だ。


「領主として、あなた方の結社を認めます」


 この島での仕事は――『海の株式会社』。

 来た時の海原と同じくらい、私の心もきらめいている。


お読みいただきありがとうございます。

これにて一章は終わりです。


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(続き 『2章:美酒と樽と修道院』は明日に投稿いたします)


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