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女神な短編ファンタジー

やり直し女神さまの異世界さんぽ旅~英雄、極めちゃいます~

作者: 遥 かずら

「えーっ!? わたしが与えた癒しの光で世界が混迷?」


 数百年ぶりに顔を見せた女神シャクティから、衝撃的なことを言われた。シャクティはわたしの友人で、力を与える女神。


 友人といっても女神同士は滅多に顔を合わせない。そんな寂しさもあって、わたしは彼女が本来すべき"役目"を代わりにしてあげている。

 

「うん……。その原因がその、代行してもらっていた授けの力が関係してて……」

「ええぇ?」

「長い間代わってもらっといてなんだけど、このままだとあなたが光を与え続ける限り世界のバランスが崩壊することになりそう……」


 彼女が言う授けの力は、生命を司る彼女が本来与えるべき力の恵みのこと。力の恵みは、"英雄"となり得る者に備わる力のことで、わたしが授ける光とは別の扱いになる。


「でもどうしてそんなことに? わたしが与える癒しの光には転生の授けしかないよ? とてもじゃないけど英雄さんを生み出すことには~……」


 生きとし生けるものには平等に命の光が与えられ、転生を繰り返す。それが女神であるわたしのやるべきことであり、世界を再生させることがお役目だったりする。


 それなのに、


「んー……多分だけど、数百年以上も繰り返すうちに代行していた授けの力も加わった可能性があるんだよね」


 これはどう考えてもわたしの責任に……。


「どうしよう?」

「このままだと上位神さまに何て言われるか分からないし、罰を受ける可能性も……」

「そ、そうだよね。それならこうしちゃいられない! わたし、行って来るよ!」


 まさか代行していた力を癒しの光に付与していたなんて。混迷を極める前にわたしが何とかしないと。


「えっ、どこに? 待ってルキア!! あっ――」


 彼女が呼び止めるよりも先に、わたしは混迷しているとされる世界へ転移した。

 それがどこの世界なのかも確かめずに……。



「――到着~っと!」


 ここがどの辺りなのかは分からないけど、まずは近くを歩いていけばすぐに原因がつかめるはず。


 そう思っていたところで、


「ちょっとルキア!! 何で人の話を聞かずに転移するの! よりにもよって異世界転移だなんて。はぁー……」

 

 勢い任せに転移してきてすぐのこと、女神シャクティからすぐに念話が飛んできた。それも随分と深刻そうな声色で。


「ごめんねー。えっと、思わず転移してきたんだけど、わたしが着いた世界で合ってるかなあ?」

「その世界は混迷していないから全く違うわね」


 それならすぐに女神界に戻らないと。


「そっか~じゃあ今すぐ戻るね!」

「残念だけどルキア。女神が異世界へ転移すると、使えるスキルが限られるうえにその世界からしばらく動けなくなるわ」

「えっ? そうだったっけ?」


 ずっと女神界で役目を務めてきたせいか、いわゆる制約的なことに疎かったりする。


「それはそうでしょう! だってあなたが与える光の力は、地上世界では強大なものなのよ? そんな世界に強力な女神がいたら、それこそ混迷を招くわ!」

「ええ!? じゃあわたし、女神の力も使えないの?」


 もしかしなくても早まってしまった?

 

「全く使えないわけじゃないけれど、その世界に馴染むまでは女神が持つ特性しか使えないはずだわ」


 異世界に転移してきたと思ったら、全く別の世界でそのうえ女神としての力もそこなうとか。


「そんなの聞いてないよ~」

「だってあなた、すぐに転移したじゃない。それに混迷世界のことだって、本来は上位神に伝えれば済む話だったのよ? それをあなたったら!」

「えっと、つまり~……」

「あなたが女神本来の力を取り戻すには、見習い女神だった頃のようにその世界でやり直す必要があるわね」


 見習い女神の時に繰り返ししてきたのは、とても長く厳しいものだった。

 それは、


「善を積んで悪しきものを正しき道へ導く……だったよね?」

「そう、それ。そういうわけだから、その世界で辛抱すれば転移する力は戻るかもしれないわよ? とにかく頑張りなさいね。またね、ルキア!」


 そう言った直後、シャクティとの念話は閉ざされた。


 まさか転移してきたら女神としての力が損なわれるなんて、思いきり早まった気がする。でもこの世界が混迷世界じゃないなら、やり直すのにいいかもしれない。


 あてもないけど歩きながら女神らしいことを続けていけば、きっとすぐにでも元の場所に戻れるはずだから。


 まずは目の前に見えている道を歩いて、困っている人を探そう。

 わたしにとってもそれが始まり。


 ――というのも、つかの間。


 転移した場所がちょうど山あいだったせいもあって、どこを見回しても深く生い茂った木々しか見えない。


 見上げればもうすぐ暗くなる空色で、辺りは薄暗く今にも何かが出そうな予感さえする。


 すると狙いすましたかのように、


「ギギッ、獲物……喰う」


 揺れる木々から現れたのは鋭い爪をした四肢なる魔獣。それもわたしをめがけて勢いよく襲い掛かって来た。


「ひえっ!!」


 どういう力が損なわれたのか不明ながら、"傷がつきませんように"と思いながら目を閉じてその場で飛び跳ねてみると――。


「――……あれっ? 飛んでる?」


 何事も無く過ごせたかと思っていたら、魔獣を眼下にして空に浮いていた。どうやら目に見えない翼があって、空を飛ぶことだけは失わずに済んだみたいだった。


 空中を飛ぶことに疲労も感じないようなので、そのまま山あいを抜けたところのけもの道に降りることに。


 そこからまたしばらく歩いていると、何人かの人間たちが道の途中で立ち止まって神妙な顔つきで話し込んでいるのが見える。


 これはもしかしなくても人助けする機会かも。


「あの~、道の真ん中でどうかしましたか?」


 わたしが呼びかけると、


「あんっ? ぬおわ!? ど、どこから現れた?」

「お、女が一人だけで行動してるっす?」

「女戦士……にしては軽装すぎるぜ。何者なんだ……」


 わたしからの呼びかけに、重厚そうな装備で身を固めた男たちは一様に驚いている。訝し気な視線で見つめながら、戸惑いを隠せていない感じで。


 見たところ腕に覚えがありそうな人たちのようにも見えるけど。


「わたしはルキアと言いまして、えーと見習いなんです」


 女神と言っても信じてくれないだろうし、怪しまれそうだから控えないと。


「見習いぃ? 冒険初心者ってやつか」


 強面こわもての男たちの中で、おそらくリーダーらしき彼がわたしの前に立った。他の二人に比べると携えている武器が多いし、きっとそうに違いない。


「はい。そんなところです! でも、困っているのが見えたのでどうしたのかなあと声をかけさせて頂いたんです!」


 魔獣に襲われたと思ったらすぐに人間たちに会えるなんて。困っている人たちを救えば、案外早く力を取り戻せそう。


「ちっ、そうかよ。見習いか……じゃあどうにも出来ねえな」

「どうにもならないっすね」

「……俺らでどうにも出来ねえし、話にならないぜ」


 簡単に話をしてくれないけど、困ってるのを何とかしたらきっと心を開いてくれるはず。


「諦めたら駄目です! 何が駄目なのか分からないですけど、まずは何が出来ないのかわたしに教えてくれませんか? 何とか出来るかもしれないですよ?」


 強面の男たちはわたしのやる気に負けたのか、渋々目的の場所へ案内してくれた。


「ほえー……立派にそびえ立ってますねー」


 彼らに案内されて来たところは、道の真ん中に突如として出来たようなそびえ立つ崖だった。遥か上空まで続いていそうなくらいの高さで、行く手を見事に阻んでいる。


 彼らの説明によると何度か登ってみたものの、頂上まで行けずに諦めかけているのだとか。


「そうだろそうだろ? 見上げりゃあ分かるが、とてもじゃねえがてっぺんはもちろん、崖の向こう側にすら行けやしねえ! いいところまでは行ったんだがな……」

「無理っすよね、本当に」

「嬢ちゃんみたいな素人に説明したって無理に決まってんだぜ、アニキ」


 強面で強そうなのに頂上にも届かずに諦めかけている――と。


 それならさっそく役に立つことを見せつけてあげないと。そうすれば人助けで善を稼げそう。


「えーと、要するにそびえ立っている崖を越えて向こう側に行きたいってことですよね?」

「可能ならな」

「分かりましたっ! ちょっと見て来ますね!」

「あん? 見て来るってどう――!?」


 こんな時こそわたしの出番と言わんばかりに、崖の頂上まで一気に飛び上がり彼らが行きたがっている向こう側にたどり着いた。


 なるほど。


 なぜ道の途中に崖が出来たのか分からないものの、こちら側にはいくつかの村や町といった光景が広がっているみたいだった。


 ここが異世界だからかもしれないけど、わたしが知らないだけで地震か何かで地形変動があって崖が出来ているかも。


「――というわけでして、向こう側には村や町がありましたよ!」

「……て、てててて」

「はい? 手を貸して欲しいってことですか~?」

「て、てめぇぇぇ!! なにもんだ!? 何でそんな簡単に空を飛びやがるうえに向こう側にまで行きやがるんだ……」


 リーダーさんに手を差し出すと、手を差し出されるよりも先に警戒されてしまった。もしかして飛ぶのが怖かったりするのかも。

 

「わたし、空を飛ぶのが得意でして!」

「あり得ねえだろうが!! 空なんて飛べる人間なぞいねえんだぞ? だから散々苦労してるって話をしただろうが!」

「あり得ねえっす!」

「しかしこいつがいないと向こう側に行けそうに無いぜ……どうするよ? アニキ」


 見た感じ確かに身軽そうに見えないし、飛べそうな要素は見当たらないような。そうなると、彼らを導くには連れて行くしかなさそう。


「驚かれている状態で恐縮なんですが~、わたしがみなさんを連れて行くのはどうですかっ?」


 ちょっと重そうだけど、一人ずつなら何とかなるかも。


「じょ、冗談じゃねえ! てめえは飛ぶのが得意だろうが、俺らは高いところは得意じゃねえんだよ! 他のやり方で崖を何とかしろ!!」

「ええ? だけど飛ぶのが早いし確実ですよ? 他にと言われてもですね……うーんうーん……」


 力をそこなった状態でどこまで出来るのか分からないけど、人助けをするということなら潜在的な力を出せそうな気もするしやってみようかな。


「やっぱり見習いには無理っすよ、アニキ」

「仕方ないぜアニキ」

「くっ……狩りに戻ろうとしただけなのに、奴ら魔法を使用しやがって! 人里から追放することねえだろうが!」


 何か文句を言っているようだけど、これも人助けになるなら少しくらい力を使っても叱られないはず。


「お待たせしました! みなさんを崖の向こう側に通して差し上げます! 恐れ入るんですが~少しだけこの場から離れてもらってもいいでしょうか?」

「あぁ? 今度は何をするつもりだ? 言っとくが空は――」


 ――などなどリーダーさんが文句を言い続けそう。その前に崖の遥か上空まで飛び上がり……。


 崖の頂上めがけて重力をかけて一気に着地してみた。


 すると、ズウウゥンッ。という鈍い音を響かせて、そびえ立つ崖がみるみるうちに地上部分まで沈んでいくのが見て取れる。


「ア、アニキ……なんすかなんすか、これは!!」

「へ、へへへへ……よく分からねえが、魔法使いどもの青ざめた表情が拝めそうだな。あの自称見習いが何なのかなんてどうでもいい」

「そうだぜ。要は村に行ければいいってわけだ。あの女が何であろうとな!」


 いい感じに崖を地中深くにまで沈めることが出来た。これなら彼らも村や町に行けるはず。


 願えば女神の力が潜在的に発揮するみたいで、そびえ立っていた崖は轟音を響かせながら地中に引っ込んでくれた。


「崖を沈めることに成功しましたよ! これで村に行くことが出来ますよ。さぁ、どうぞどうぞ~。えっ?」  


 驚愕して腰を抜かしているかと思えば、彼らは引きつった笑いを見せながらわたしに向けて武器を見せつけている。


「あれ、その武器は何ですか? どうして構えているんでしょう?」

「さぁな。まぁ、てめえが化け物でも何でも構わねえ。おかげで村に再襲撃出来るってわけだ! 礼を言うぜ」

「えええっ!? もしかして悪者さんたちなんですか?」

「それを知ったところでもう遅い!! お前ら、やれっ!」


 リーダーの男が合図すると同時に、残りの二人が武器を構えて襲い掛かってくる。その隙に、リーダーの男だけが村がある方角へ向かって走り出した。


 もしかしなくても村の人たちが危険な目に?


 村へ向かってしまったリーダーの男は後にするとして、まずは襲い掛かって来る彼らを何とかしないと。


「うらぁっ!!」

「ナイフを喰らうっす!」


 リーダーの男をアニキと呼んでいた彼らは、わたしを左右から挟むようにして武器を振り上げる。


「せっかく善意の力が発揮されたのに、こんなことをしては駄目ですよ?」 


 そびえ立っていた崖は彼らが気付いて無いだけで、実は足下に存在している。しかも人助けのつもりで沈めたに過ぎないので、この力は間もなく……。


「けっ、何が善意だ! 崖が自然に引っ込んだだけだろうが!」

「そうっすよ! 悪いんすけど、アニキが先に行っちゃったんで覚悟するっす!」


 彼らが振り上げている武器が間近にまで近付きそうな中、そろそろ事象が戻る気配を感じ始めた。


「……仕方ないです。良かれと思ってして差し上げたのですけど、悪意が漏れているようですので受け入れて下さ~い」

「何を言ってやがる!」

「あ、ああああ……アニ、アニキイイイ! あ、足が揺れてるっす!」

「何を言って……うおおお!? こ、これは……」


 彼らが驚いて取り乱す中、地中に沈んでいた崖の頂上部分がせり出してくる。

 そして、ものの数分も経たないうちに再び崖がそびえ立った。


「ひっひいいいいい!! た、高い所は駄目すぎるぜ」

「な、何が起きたんすか!? こ、ここは登れる気がしなかった崖のてっぺんっすか!?」

「心を入れ替えるまでここで反省してくださいね! そうしないと、地上に降りることが叶わなくなっちゃいますよ? それではわたしはリーダーさんを追いかけます!」


 崖の頂上から飛び降りてすぐに、彼を追うために地上へ降り立つことに。泣き叫んでいた手下の彼らには反省の意味も込めて、しばらく頂上にいてもらわないと。

 

 崖を背に道を歩き進むと、土がむき出しだった道から石畳に整えられた道に変わってきた。


 悪意に満ちたリーダーの男の気配は道の先の方にあって、分かれ道があってもまるでわたしを導くかのように黒い気配が続いている。


 空から飛んでいけば早く着くけど、村の人たちを驚かせるわけにもいかないし畏れられるかもしれない。そうなると慎重に歩いて向かうしかなさそう。


 山あいのけもの道と違って魔獣が出て来る危険性も無いようだし、しばらく歩けば必ず村にたどり着くはず。


 そう思いながら歩いていると、


「あんた、どこへ行くんだい?」


 前方から歩いて来た旅人らしき老齢の女性が声をかけてきた。


「こんにちは~! この先にある村へ向かってるんですよ」

「それはやめた方がいい! アタシは村に泊まっていたんだがね、乱暴を働く奴が来て村の様子が変わってしまったんだよ。町から高位の冒険者たちが向かってるようだけど果たして間に合うかどうか。悪いことは言わない、村に近づくのはやめな」


 そうなると多分わたしのほうが早く着くのかな。


「ご忠告ありがとうございます! でも、それならなおさらわたしが何とかしないと駄目だと思うんです。わたしにも責任がありまして……」

「……? よく分からないが、止めたからね。どう見てもあんたは強そうに見えないが、とにかく危ないと思ったら隠れてやり過ごすことだね」

「はい~! 頑張ります!」

「はぁ……。この世界に救世主、いや英雄でもいればね……じゃあアタシは行くよ」

「お気をつけて~!」


 わたしが転移して来たこの異世界には、強い力を持つ英雄はいないみたい。女神として何が出来るのか分からないけど、まずはあの男を懲らしめてやらないと。


 通りすがりの旅人さんが言っていたとおり、村にたどり着いたわたしを待っていた光景は何とも荒れ果てた状態となっていた。


 元々の光景を知らないとはいえ、入口から建ち並ぶ小屋は無残にも壊されているし、地面は至る所に抉られた跡が残っている。


「どうしてこんなひどいことを……」


 何も知らずに助けてしまったわたしにも責任があるのは間違いないし、何とかしないと。


「あ、あの、どうかこの村をどうかお救いください……」

「どなたかは存じませんけれど、何かして頂けるつもりなのでしょうか? そうだとしたら、どうかどうか」


 小屋の片隅に隠れていたのか、村の女性や男性数人が顔を見せた。一様に必死に助けを求めているその姿を見るだけでも、何とかしたい気持ちになってくる。


「お任せ下さい! 女神であるわたしが必ず何とかしちゃいますので! 全てを終えるまで安全な所で休んでてくださいね」


 期待していた英雄さんじゃないかもだけど、女神として救ってあげないと。そうじゃないとこの世界に転移してきた意味がないし。


「……女神さま?」

「よくは分かりませんけれど、あの者さえ何とかしていただければこの村はきっと救われると思います……よろしくお願いします」

「大丈夫ですよ~! あっさりと解決しちゃいますから」


 怯えて震える村人たちの期待を背に、悪意に満ちた男の気配に近づく。村の建物のあちこちが破壊されまくっているのを見ると、リーダーの男が単なる賊ではないことが分かる。


 さらに近づくと、わたしが来たことが分かったのか男が目の前に現れた。


「ちっ、あいつらしくじりやがったな。まぁいい……」

「崖を登れなかったなんて嘘でしたね? あの崖は人為的な力が働いていました。おそらくあなたたちを懲らしめるための力だったはずです。そしてその悪意……あなたは何がしたいんですか? 罪なき村を荒らして何がしたいんですか?」


 助けてしまった人間がまさかの悪人だったのは失敗。それでも今度こそ、目の前の悪人を懲らしめてこの村を救ってあげないと。


「登れなかったのは本当だ。あの崖もどこぞの魔法使いが出現させたくだらねえもんに過ぎねえ。で、だ。せっかく助けてもらった礼に、あんただけは見逃してやろうと思ってんだが、どうするよ?」


 何て勝手な言い分なんだろう。それと魔法を使用しての懲らしめをされたということは、この男は相当な悪に違いない。


 町から手練れの冒険者たちが来る前に、わたしが救ってみせる。


「それはわたしのセリフですっ! 見逃すことなんてしませんよ! あなたがどんな悪かは分かりませんけど、どんな力を持っていたとしてもわたしには通用しません!」

「そうかよ……それならあばよ!!」


 男が思いきり地面を蹴りつける。すると、激しい土塵がまき上がり半空を掻き濁らせた。


「へへっ、何も見えねえだろうが、容赦しねえぞ? 土にまみれながら吹っ飛びやがれ!! 化け物め!」


 何らかの魔法でも来るかと思っていたら、濁った視界に紛れて伸びてきたのは破壊力に自信のある男の鋭い蹴りだった。  


 村の地面のあちこちが抉れていたのは、おそらくこの蹴りが原因かも。そういうことならわたしも遠慮なくお見舞いしてあげよう。


 といっても、女神が蹴りで直接命中させるわけにもいかないので、ここは元に戻せることを前提にした攻撃にしないと。


「それじゃあ、こっちからもいきますよ~! えいっ!!」

「へっ、俺の真似ごとかよ! いくら化け物じみても所詮は女の蹴り……んなっ!?」

「これなら避けようがないですよ~! 穴底で大いに反省してください~」

「なっんだこりゃあああ!!! でっかい大穴を開けやがって、こんなの絶対避けれるわけねええええええ!! くそおおおおおお」


 ――という間に、悪意に満ちた彼を大穴に落とすことに成功。穴であればまた元に戻すことが出来るので、村の人にもさほど影響がないはず。


「すまないが、そこの方!」

「はい?」

「――って、む、村の大部分が陥没しているではないか!? これは一体何事が起きているのだ?」


 なるほど、おそらくこの人が町から来た上位の冒険者さん。でもまさか大穴が村の半分にまで影響していたなんて……。


 反応を見る限りは村の人に影響はないみたいだけど。


「ええとですね、村を襲っていた悪意の人間でしたらわたしが懲らしめてあげました。目の前に広がる大穴の底で今頃は反省をしているはずですよ」

「何と!? では、この穴はあなたが開けた……そういうことなのですか?」

「そうなんですよ。でもあの、悪人はのぞいて穴自体はすぐに元通りにすることが出来ますので、安心してくださいね~」

「むむむ……こんなことが出来るのは、伝え聞いた英雄とやらに限られるのだが……いや、しかし――」


 冒険者の人はわたしと地面の大穴を交互に見ながら、何か悩み始めた。

 しばらく考え込んで答えが出たようで、


「申し訳ありません。すぐにでも気付くべきでしたが、あなたは世界を救う英雄ではありませんか?」

「ほえっ!? わたしがですか?」

「はい、そうとしか考えられません。我は上位の冒険者として名がありますが、せいぜい戒めの岩を出現させることしか出来ません。ですが、この穴の開き方は普通ではあり得ぬのです」


 もしかしなくても、わたし何だかやりすぎちゃった?


「考えた結果、あなたこそがこの世界に舞い降りた英雄に違いないのです! どうか名をお聞かせ願います。そして英雄の力をもって、この世界に大いなる救いを!」


 英雄、英雄かあ……。

 代行して力を注いだ別の世界は混迷を極めてしまったのに、まさかわたしが英雄になるなんて。


 そう言われてもこんな少しの力では善を積んだうちに入らないし、英雄として認められるにしてもこんなことだけでは全然駄目だと思うし。


「わたしは、あのぅ女神ルキア……と言いまして、まだ英雄と呼ばれるようなことは何もしてなくてですね……」

「女神ルキアさま!」


 女神が通じたのかは分からないけど、目の前の彼は膝をついてわたしを崇め始めた。


「頭をあげてください~! 本当に大したことしてないんですから~」

「そんなことはありません! 現にこの村を救い、悪なる者をことごとく懲らしめたではありませんか! これを英雄と呼ばずして何と呼ぶと言うのですか!」

「え、えーと、それでもですね、わたしはまだ何も積んでいないので……この先どこかを渡り歩き続けて、いつかきちんと認められるように英雄を極めちゃいたいと思うので、その時まで預けてもらっていいですか?」

「お待ちしております!」

「は、はい、英雄、極めちゃいますのでお待ちください~」


 英雄を極めたら、女神界に戻れる――のかな。


お読みいただきありがとうございました。

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