サクラ・マック
花見にはマクドナルドがとても似合う。ご時世ならことさらだ。
千本桜(一説によるとかなり鯖を読んでいる)が売りの公園は、土曜ということもあり、満開の桜目当てにたくさんの人で賑わっていた。
もっとも、このコロナ禍だ。レジャーシート持参で誇らしげにお弁当を広げ、ファミリーピクニックを満喫するのは幼子連れの若夫婦ぐらいで、大抵は顔の半分をマスクで隠して、ゆったりと桜の絨毯の上を散策する程度だ。上を見れば、木漏れ日のドレスコードで咲き誇る、花満開のソメイヨシノ。下を見れば、石畳をピンクに染める花弁。これこそ日本人が愛してやまない、満たないものなど何一つ無い、まさにパーフェクトワールド。
ましてや花より団子ならぬ、花より酒とはっちゃける元気な学生さんや、言葉ばかりの無礼講に引きつった笑みを浮かべる社会人なんて場違いもいいところで、どうやら一組だって視界に入らない。例年よりも純粋にその美しさを重宝されるコロナ禍と言うものは、桜からしてみれば、ずいぶんと皮肉なものだろう。
公園に備え付けられた駐車場は、絶えず満車の赤ランプを点滅させている。それでも年に今だけのイベントを諦めきれない人たちの車の列で、どうやら渋滞が起きている。もっとも、そんな車事情など、徒歩の私と綾ちゃんには関係ない話で、最寄りの駅からは随分と歩かされるが、途中買ったマックのテリタマセットを振り回しながら、2人かしましく散歩するのは、思ったほど苦ではなかった。JKは健脚なのだ。
「これだけ一斉に咲かれたら、どこが一等地か迷うね」
キョロキョロと忙しく辺りを見廻す綾ちゃんが、興奮気味に言う。ここまで歩いたのだから、最高の見晴で昼食を取りたいのだろう。
「じゃあ、歩きながらで」
桜のトンネルを逸れるより、中を歩く方が美しいに決まっている。それならばと冗談で言ったのに、それは名案と、聞くや否や、綾ちゃんは早速紙袋の中のテリタマバーガーを取り出し、マスクを顎にずらじて、ラマダン明けのハムスターのように勢いよく頬張った。
「はしたないな」
そうは言いつつ、私も歩きながら食べることにする。こんなとき、片手で食べられるハンバーガーは大した発明だと、大袈裟に感心する。手が汚れない紙包ならなおさらだ。ポテトは、きっと手を使うけど、指2本程度なら、ポケットのなかのアルコールティッシュで拭くならギリOK?コロナ禍でも許容範囲と言うことで。
横着して顎マスクのまま食べる綾ちゃんに、お里が知れるとからかうが、実は家柄から纏う品位まで、全て綾ちゃんには敵わない。楚々と言う言葉がしっくりくる長い黒髪も、保護色をくすぐる大きな目も、どれだけ多くの男どもにため息をつかせていることか。そんな綾ちゃんが、整った顔を惜しみなく歪ませハンバーガーを頬張るのだから、それをさせる私こそが彼女にとっての悪い虫なのだろう。綾ちゃんの親御さんに疎まれる理由が分かった気がする。
「楽しいね。来年も着たいね」
すでにハンバーガーを平らげた綾ちゃんが、コーラをストローで吸い寄せながら呟いた。紙袋はくしゃりと捻じ曲げられていることから、いつのまにかポテトも胃袋の中らしい。空腹だったのだろうか。手は洗ったかい?お嬢さん。
「来年も、再来年も、ずっと来ようよ」
私を通せんぼするように前に出て、桜をシルエットに無邪気に笑う。何一つ足りないもなのがないと思えた完璧な風景が、一瞬で彼女を引き立てるだけのオブジェと化した。無意識にやるのだから、やっぱり綾ちゃんはずるい。
笑顔の提案は、現実にはかなり難しい。だって、今日は特別な日だから。特別な人と過ごす、特別な日なのだから。桜は毎年咲くけれど、彼女の特別が、私の特別が別の誰かになる日が必ずくる。綾ちゃんが、あるいは私が、特別な桜を2人以外の誰かと共有したくなる、そんな日が必ず訪れる。
「多分無理なんじゃないかな」
「またそんな斜に構えて。毎年歩きながらマック食べようよ」
楚々を裏切る大口で笑う綾ちゃんが、やがて散りゆく桜に重なる。葉をつけずに花を咲かせるソメイヨシノは、刹那的になりがちな綾ちゃんにとてもよく似ていると思う。恋など知らない、今が続けばいいのに。儚さを哀れに思う胸の痛みを、喉で弾ける炭酸の痛みで打ち消した。春に舞う花弁は、やがて散りゆく。