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葱物語

作者: となりのトトロ

一応補足しておくと、これはネットの友達のノリで書いたものです。


 俺の名前は根木十郎。振り仮名を振るとねぎとろうになる。根木が苗字で十郎が名前だ。特に気に入ってるわけではないが、母曰く父から授かった名前なので、それなりに大事にしている。もう一度言うが特に気に入っているわけではない。さて、唐突に名乗り始めた俺のプロフィールを軽く紹介しておこう。

 名前は根木十郎。十郎という名前だが、10人兄弟の10人目というわけじゃない、血縁的には一人っ子だ。母は15年前に他界し、父は15年前に生き別れになった。らしい。その後はご近所さんに引き取られ、そこで13年間家族のように暮らした。今は学校に近い2階建アパートの2階に引越し一人暮らしをしている。近くの公立高校に通う18歳。誕生日は5月5日、子供の日だ。と、これ以上普通の奴の特に面白みもない自己紹介を綴っても行稼ぎにしかならないのでこの辺で自己紹介は終了する。

 

 8月上旬のある日の昼下がりのこと、携帯電話の着信音が鳴った。相手は友達の宗馬だった。5秒ほど経過した後、応答し「もしもし」と決まり文句を放ち返事を待った。

「もしもし、ネギトロ。」

 最初の名前紹介で察していると思うが、ネギトロとは俺こと根木十郎のあだ名である。別に気に入ってるわけではないが、10年間呼ばれ続けたあだ名なので今更気にすることはない。どうせならネギトロの語尾に”う”を付けるぐらいして欲しいもんだが。

「今日図書館で勉強してるんだけどさ、お前もこない?」

 家に居ても特にやることもなかったので、二つ返事で承諾し、自転車で市立図書館へ向かった。

 図書館までは家からチャリで15分ほどだ。図書館の入り口前の駐輪所に自転車を置いた。夏休みの平日の昼間にしては自転車の数が少なかった気がする。

 中に入って、館内に設置された机で宗馬と合流し、教科書と問題集を開いた。

 訳のわからない横文字が並ぶ物理の問題集と真剣に睨めっこして小1時間ほどがたった。そろそろ集中力が切れてきたので、休憩がてら適当に本を探すことにした。身長の1.5倍くらいある本棚を適当に眺めていると、ある本が目についた。

「漢のマグロ漁...?」

 酷いタイトルだ。手にとってサラサラとページをめくってみるが、特に面白くはなさそうだった。本を棚に戻し、再び教科書が待ち構える長机に戻る。

 気がつけば6時になっていた。図書館の客もまばらになり、外も薄暗くなっている。

「そろそろ帰るか」

 という宗馬の問いかけに対し「そうだな」と返した俺は長机に広げた教科書共を鞄に放り込んで立ち上がった。そして歩き出そうとすると、ふと思い出した。

「漢のマグロ漁...」

 宗馬は少し困惑した顔で頭にはてなを浮かべていた。

「すまん。ちょっと気になった本があったから借りてくるわ。外で待ってて」

 本の貸し出し処理を済ました後に、なんでこんな本借りたんだろう...といった感情が込み上げてきたが、とりあえず図書館を出た。

「なあどっか飯食いにいかね?」

 と、隣の奴が提案してきたので、近くの適当なファミレスに入った。

 オムライスで血糖値と満腹指数を上昇させていると宗馬が話しかけてきた。

「なあ、何の本借りたんだ?思い出したように走って行ったけど」

 鞄から、借りた本を机の上に出した。数秒ほど見つめたのち、

「ふ〜ん、親父さんのことが気になったのか?」

 俺の父親は15年前の災害で生き別れになった。当時俺は3歳。父親の顔も名前も覚えていない。だが今の保護者(当時のご近所さん)によると、俺の父親は遠洋漁業の漁師であり、1年に一回しか家に居なかったそうだ。そして15年前に大地震とそれに伴う津波があり、俺は両親と実家を失った、その時父親は遠い海に出ていた。その後俺は親しかった近所のおばさんに引き取られた。

「まあ、な...」


 ファミレスを出て宗馬と解散し家に帰った俺は、早々にシャワーで汗を流し、ソファに座り込んだ。時計の針は長短共に9を指していた。仮にも受験生なのでそろそろ勉強するとしよう。

 テレビをつけながら適当に勉強をして2時間ほどがたった。脳内で睡魔がチラチラとこちらをみているので、そろそろラノベでも読みながら就寝するとしよう。


 前章から1週間ほどたった。1週間分の話が描写されてないのははそういうことだろう。そうだ。特に何もなかった。

 現在はお盆なので実家に帰省している、帰省と言っても家から電車で30分ほどのところにある一軒家だ。実家には父と母、それと中学3年の妹がいる。今は23歳の姉も帰省して家に滞在している。一応言っておくが今の家族とは血は繋がっていない、俺は養子だ。だが本当の家族のように育ってきた。何せ俺は3歳から13年間この家で今の家族と一緒に過ごしてきた。

「じゅうろ〜」

 じゅうろ〜とは姉が俺を呼ぶときの名だ。昔からなぜかじゅうろ〜なのだ。

「じゅうろ〜ってさ、彼女とかいないの〜?」

 酔った姉がからかうような笑みを浮かべ聞いてきた。

「い、別に、いないよ...そんな」

「ふ〜ん」

「あ、そうだ。明日さ、千佳と私と3人でイオン行かない?」

 明日は姉と妹と一緒にイオンに行くことが決定した。


 翌日

 今日は朝から近くのイオンモールに行っている。都会でも田舎でもその巨大な商業施設の存在感は異彩を放ち、庶民たちを安心させる、イオンは全人類の味方だ(と言っても過言ではない)。

 午前9時の開店と同時に入店し、服屋、靴屋、雑貨屋、服屋と、店を回り1時間ほどが経過した、正直ファッションとか言うものにそこまで興味がないので退屈だ。

「次どっか行きたいとこあるー?」

 と、姉が問いかけると妹が文房具屋に行きたいと答えた。

 文房具屋に行く途中、中央のホールがやたらと賑わっていた。どうやらマグロフェスなるものが開催されてるらしい。売り子の方々が声を上げて売り込んでいる。

「ん?...」

 ふと足が止まった。どこか見覚えのある顔が見えた気がする。まあ、気のせいかな


「ふーっこんなもんかなーどうする?そろそろ食料品買って帰る?」

 文房具店から出た姉が呟いた。

「あ、俺本屋行きたいんだけど...」

「えー反対側じゃーん。先に言ってよ〜」

 本屋はさっきいた服屋の近くにある、つまり今いる文房具屋とは反対側だ。

「じゅうろ〜、一人で行ってきてー、私は自販機でコーヒー飲んでるから〜」

 一応説明しておくと姉はめんどくさがりである。

 一人で本屋に到着した俺は颯爽とライトノベルコーナーに向かい、新刊達を眺めていた。すると思い出した、

「そーいや、漢のマグロ漁読んでないや...」

 返却日は明後日だ、それまでに読まないと。

 買い揃えているラノベシリーズの最新刊を数冊抱えレジで精算した後、姉たちが待っている文房具店前まで向かった。さっき見たマグロフェスの賑わいはまだまだ絶えないらしい。相変わらず野太い声を張り上げている。すると、またもや足が止まった。デジャヴだ。どこか見覚えのある顔が見えた。売り子のオヤジから何か感じるものがある。気のせいかと思った、だがさっきもあったのだ。多分気のせいではない。再び歩き出そうとしたが、やはり気になった。

「あのーすみません...」

「おぉ?なんだぁあんちゃん?マグロ安いよ!」

言葉が詰まった。でもそれよりも気になった。

「あのーどこかで会った気がするんですけど...」

「ゔーん...」

「確かにどこかで見た顔な気がするな〜」

 10秒ほど考え込んで目の前のオヤジは言った

「うーん...と、とろ...とろう?とろう?!」

 詰まりながらも目の前の人はそう言った。



「そっかー懐かしーなー。何年ぶりだ!?15年ぶりか?!でっかくなったな〜」

 この人は叔父だった。オヤジではなく叔父だった。俺の父親の弟らしい、兄弟と言っても、父親の母親つまり俺の祖母の再婚相手の息子だ。だから血のつながりはない。でも本当の兄弟のように仲良かったらしい。

「あいつ、15年前の震災の時から連絡が取れなくてよ〜。どっかで漁師やってるとは風の噂で聞いたことあんだけど、結局わかんなくてよ〜」

 俺は叔父さんからいろんな話を聞いた。どうやら俺の父親は震災前は遠洋漁業の漁師で遠い海でマグロを獲っていたらしい。震災後は携帯も繋がらず、居場所どころか安否かすらもわからないらしい。偶然奇跡的に、近い親戚と出会えたものの現在の父親については何もわからなかった。

「あ、いた!何してんの〜!じゅうろ〜待ってたのに〜」

 ベンチに腰掛けて話していたところに姉が来た。

「ん?こちらさんは?」

 叔父のこと父親のこと諸々を姉に話し。とりあえず叔父と別れた。

「どうする?下のスーパー寄って帰ろっか」


 家に帰った俺たちは、リビングでテレビを見ながらゴロゴロしていた。帰って来ても何もすることがない。端的に言うと暇だ。俺と同じような事を思っているであろう姉が隣で俺と同じくテレビを見ながらゴロゴロしていた。暇人同士適当な世間話をしながら昼食後の一番やる気が出ない時間を過ごした。

「あ、そういえばあの本読まないとな...」

 鞄から本を取り出した。数秒ほど考え直したが、借りた本を読まずに返すのも良くない上に、暇つぶしにはなるかと思ったので俺は表紙を開いた。


 全然面白くなかった。一応読破したが、それはもう酷い物だった。所詮ノンフィクションなのでストーリー性に期待してたわけじゃないが、それにしても酷い。語彙力もストーリー性も皆無だった。あらすじを簡単に説明すると、

 漁師でありこの本の作者である自称"漢"は遠洋漁業の漁師である。遠洋漁業は外国の海を長い期間をかけて周り、魚をとる漁業だ。漢(自称)は遠洋マグロ延縄漁船の乗組員で、1年にもおよぶ長い航海を何回もしているようだ。要するに熟練漁師だ。漁は過酷な物で、苦しいことやきつい事も多々あったらしい。でも漢はその仕事にやりがいと生きがいを感じていて、"漢"として誇りを持っていた。

 国語力は残念な物だったが、人としては凄くかっこいい漢だった。

 しかし、どうしてこの人が本なんて書こうと思ったのか不思議になった。趣味なのか、ノリで書いたのか、それとも何か伝えたいことがあったのか。真相はわからないがインターネットで作者名の「ねぎまぐろ」と検索しても、料理レシピしか出てこない。

 なんとなく、巻末のあとがきを眺めてみる。どうやらこの本は自分のことについて伝えたいことがあったので本に書いたらしい。

「え...これって...」

 ーあとがきー

 15年前の災害で生き別れになった息子がいる。震災の時俺は船で遠くの海に出ていた。日本に帰れたのは震災から半年が過ぎた時だ。家は無くなっていた、そこに家族はいなかった。必死に探し回った。たくさんの人に声をかけ回ったが何一つ手がかりが得れず、そのまま半年が過ぎた。俺は再び漁師を始めた。その後も何か手がかりをと探し回ったが、何も得れずそのまま13年がたった。そして俺は小さな手がかりでもとこの本を書いた。奇跡を信じるしかないと、この本を売り込んだ、この本が息子の近くに渡る事を願っている。俺は今北海道の稚内港で漁師をやっている。この本を出版したらすぐに出港するだろう。1年ほど日本を離れる。奇跡でも起こらない限り、家族には会えないかもしれない。でも俺はいつか会えると信じている。それがいつかはわからないが、できるだけ早く会いたい。

                                     根木 真具郎

「根木...まぐ、ろう?...根木?!」

「んー何〜?どうしたの〜?」

 もそりとソファから体を起こした姉がこっちを見た。

「どうしたの〜?その本がどうかしたの?」

「これ、ちょっと」

「ん〜?」

 姉があとがきを読み始めた。重そうにしていたまぶたがだんだんと見開いていく。

「これって...ね、根木...親父さん...?」

「わからない...親父の本名は知らないから...でも...」

「そうだよ!親父さんだよっ!」

 15年前の震災。生き別れになった息子。遠洋漁業の漁師。根木。

 パズルのピースがどんどんハマっていく。

「親父...親父だ!」

 稚内港、ここ苫小牧からだと車で5時間ぐらいか。いや親父が今日本にいるのかもわからない。待て...この本の発行日は?2019年8月15日、今から1年前。そして出版した直後に出港、それから1年ほど日本を離れる。つまり、

「今は日本にいる可能性が高い...」

 これは奇跡なのだろうか、神はそこまで冷たくなかったようだ。

 震えと汗が出て来た。恐怖だろうか、興奮だろうか、寒気だろうか...いや、全部だ。

 黙ってられなくなった、大人しくしてられなかった。足が勝手に動いた。

「ちょっとどこ行くの!?」

「親父...稚内...親父がいる稚内港に!」

「ちょっと待って!」

 肩を姉が掴んだ。

「どうやって行く気!?ご飯は?!」

「電車で行く。どうにかする。行かなきゃいけないんだ」

 強引に姉の制止から切り抜けようとする。

「待って!車、乗って」


 車に乗り込み、実家を出て2時間がたった。時刻は3時。

「姉ちゃん、なんで乗せてってくれるの?」

「あんたのためだよ。あんな必死な形相で言ってたからさ」

「でもこれは俺の問題だし、すぐに済む話じゃない」

「ま、兄弟だからね。弟の問題は姉の問題でもある」

 一瞬沈黙が広がった。

「俺、物心ついた時から本当の両親の顔を知らなくて、記憶にある家族の顔は、父さんと母さんと姉ちゃんと千佳だけ。小学校に上がるまで今の家族が本当の家族じゃないことを知らなかった。7歳の時本当の事を知って、その時は何も思わなかったけど、だんだん思うことが増えてきたんだ。本当の家族に会ってみたい。話してみたいって」

 重低音を響かせるエンジン、流れる田園風景。

「...そっか...」


 実家から出て5時間と30分ほどがたった。今は稚内市内の道道を走っている。どうでもいいが道道って言うのはすごくダサいと思う。そのまま稚内港に行って親父を捜索しようとしたが、あたりは暗くなり俺と姉の腹も空いてきた頃合いなので、今日は近くの民宿に泊まることにした。

 翌日、朝6時に目を覚ました。真夏なのに少し肌寒い早朝だったが、太陽は準備運動程度に活動し、大地を照らしていた。俺は早々に朝食を済まして外に出る準備をしていた。

「じゅうろ〜どこか行くの〜?」

 姉が目を擦りながら寝ぼけた声で聞いてきた。

「港に行く。親父を探してくる」

「待って〜、わたしも行く〜」

 宗谷半島の一角に佇む稚内港は港としては結構大きい分類に入るだろう。

 とりあえず稚内の漁業組合を訪ねてみる。

「すいません、人を探してるんです。ね、根木真具郎さんっていらっしゃいますか?」

 どう尋ねればいいのかなんてわからない。とりあえず本能のままの日本語で聞いてみる。

「どうした?にいつぁん。人探しだって?」

「はい、根木真具郎って方を...」

「あ〜、根木さん!根木さんなら昨日帰ってきてたな〜」

 少し食い気味で返答が帰ってきた。

「そうですか!今どこにいるかはわかりますか?」

「今はどこかわかんねぇな。でも昨日家でゆっくりするって言ってたから多分家にいるんじゃねぇか?」

「その家の住所ってわかりますか?」

「いや、詳しくはわかんねぇ。て言うかにぃつぁんは根木さんの何なんだ?」

「家族...です。」

 先のおじさんが紹介してくれた、同じ漁業組合の親父の知り合いを訪ねた。

「すみません。根木真具郎さんを知りませんか?僕、おや...根木さんのことを探してるんです」

「ああ、根木さんね。探してるって根木さんの知り合いなのかい?」

「そうです。住所や連絡先をご存知ないかと思いまして...」

「詳しいことは知らないけど、家なら知ってるよ」

 その人から親父の家までの道を聞いた。ここからは歩きで5分ぐらいだそうだ。俺は姉を連れて、急いで向かった。無意識にも足取りは駆け足になっていた。

 

  民家の間に敷かれた道路を通り抜け、海沿いの道に出た。左手には防波堤と青い海が広がり、右手には道路を挟んで民家が並んでいる。横の道路は二車線の道道で、車通りはそこそこだ。

「じゅうろ〜ちょっと待って〜」

 後ろで姉が叫びかけて来るが、俺は無視して速さを保ち走っていた。

「もう、限界〜...」

 姉が息を切らし、ゼーゼー言いながら膝に手をついた。

「先行ってるぞー!」

 すると、道道の反対側の歩道に缶コーヒをすすりながら歩いてる人がいた。道路を横断しようと車道に対し斜めに足を踏み入れていた。しかし、その人の後ろから大型トラックが迫っていた。

「あぶなっ...!」

 ふと気がついた。その人を顔には見覚えがあった。どこか俺に似ている気がする。

『15年前。大震災。行き別れ。本当の家族。漢。根木、真具郎。父』

 あれは親父だった。

「...っい!」

 俺は咄嗟に道路に飛び出した。

「じゅうろー!!」

 姉の叫び声を耳の片隅で拾ったが、さっきと同じように無視した。

「危ないっ!親父いぃっ!!」


 ***


「はぁーーっ。眠いな...」

 少し寒気が残る朝だった。時刻は7時ごろ。

 俺は昨日、1年にも及ぶ漁からこの地に帰ってきた。今日は一日中寝て休息をとる予定だったが、毎日の習慣なのか、疲れてるのに朝に目が覚めた。

「このまま二度寝してもしょうがないし、久しぶりにこの街散歩するか...」

 前ここに帰ってきたのはちょうど1年前のお盆だ。町も人もあれからちっとも変わってない。そういえば、去年俺が出版した本どうなってるだろうか。後で図書館にでも行ってみよう。

 散歩の目的地は特に決めていなかったが、自然と漁港へ向かう道を歩いていた。

「あれ、こんなとこに自販機あったっけ?」

 俺の記憶では去年までなかった自販機が、質素で古びた街並みの中で異色を放っていた。少し喉も渇いたしコーヒーでも買ってくか。ホットで飲みたい気分だったが、夏だからかアイスしかなかったので仕方なくアイスを買い、蓋を開けた。

 自販機から少し歩き、海沿いの道道に出た。車道を挟んで右側には海があり、反対には民家が立ち並んでいる。

「なあ今日どこ行く〜?ラウンドワン行こーぜ〜」

 前から自転車に乗った高校生ぐらいの4人組が横を通った。どこか遊びに行くところだろうか。そういえば、十郎もこれぐらいの年だな。

 ふと息子のことを思い出した。最後に会ったのは15年前か、早いもんだ。

「あいつ、今どこで何やってるんだろう」

 最後に会ったときのあいつの顔は鮮明に覚えている。真っ直ぐな瞳でこちらを見る十郎の姿を。あれは15年前の漁に出る前日だ。これから1年父親と会えないと言うのに、涙も悲しみも浮かべてなかった。それもそうだろう。当時は3歳なのだから。それぐらい小さかった。でも、俺が「行って来る」と最後の挨拶を言うと、あいつは満面の笑みで微笑んで「またね!」と言った。その顔は何年経っても忘れない。

 今あいつがどんな成長をしてどんな大人びた顔をしているのかわからないが、会ったらすぐに分かると思う。3歳の時でも俺の面影を随分残していたのだ、きっと俺そっくりに育っているだろう。


 道道を数分ほど歩いた。漁港は道路の反対側なので、そろそろ横断したいが目の前の信号は点滅し始めていた。あの信号は結構長い、赤になってしまうと3分ぐらいは渡れない。仕方ない、少し危ないけどここ渡るか。

 コーヒーをすすりながら、車道に進入した。

「あぶなっ...!」

 反対の歩道から声がした。

「え...!」

『15年前。大震災。行き別れ。本当の家族。根木、十郎。息子』

 あれは十郎だ。俺そっくりの息子だ。

「じゅうろー!!」

 甲高い声が道路に響いた。

「危ないっ!親父いぃっ!!」

 

 押し倒された感覚が腰に残った。後ろに尻餅をついていた。

 目の前には倒れている

  息子がいた。

「と、とろ...う?」

 言葉が詰まった。思考が止まった。体が動かなかった。

「親父...」

「じゅうろ...とろうー!!」

 若い女性が目の前で倒れている人のもとに駆け寄ってきた。

「お前...十郎...なのか...?」

 震え声で問いかける。

「これ...」

 散乱した鞄の中身と思われるものの中から、一つの本を渡してきた。

「これ...見つけて...くれたのか...?」 

 私立図書館のバーコードが貼られ、ハードカバーの表紙には漢のマグロ漁と書かれていた。

 確信した。だが確信したくなかった。認めたくなかった、この状況を。もっと違う形で会いたかった。

「なんで、どうして、親が子に助けられるなんて...」

「ずっと...会いたかった...ずっと......俺がこうしないと、親父が俺のようになっていた...」

「でもっ!」

 俺は反論した、足掻いた。

「.....」

 涙が溢れてきた。声を出して泣きついた

「ごめん!俺が...もっと...!」

 注意していれば...もっと必死に十郎を探していれば...漁師なんてやっていなければ...

「...こんなことには...ならなかった!」

「最期に会えて本当に良かった...これで安心して...」

「ダメだ!しっかりしろ!まだ...まだ話したいことが...」

 話したいことがたくさんある。山ほどある。

「親父、姉ちゃん。ごめん。」

「嫌だ!とろうー!」

 十郎の目が薄れかかっていた。

「十郎!待って...待ってくれ...!頼む!」

「親父、」

 十郎は満面の笑みで微笑んだ。

「また...ね。」

 息を吐く音、心臓が鳴る音が聞こえなくなった。


 

 あれから1週間がたった。

 来週、また1年の漁に出港する。俺はこの仕事を死ぬまでやめないつもりだ。苦しいこと、悲しいこと、辛いこと、たくさんあったが、この仕事はやってて良かったと思っている

 あの後、俺は猛烈に後悔し自責していた。いや、今もしている。だがいつまでもクヨクヨしてられない。十郎の分まで生きると心と十郎に誓い、俺は後ろを向かないと決心した。

 最後に見たあの笑顔と最期に見たあの笑顔。あれは一生忘れられない、いや、忘れてはいけない記憶だ。


 「いろいろあったけど、お前に会えて本当に良かった。ありがとう。」












えーっとそうですね。初めてこう言うのをまともに書きました。

文章力には自信ないけど、脚本力には少し自信があります。



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