私が恋した彼は復讐者
初投稿です。
周りには死体が転がっていて、血の匂いが漂っている。
私はもうすぐ死ぬ。走馬灯のように過去のことが思い出されていく。
始まりは一年前のことだった。
「香織ってさ、好きな人いるの?」
「っふぇ!?いないよ!」
嘘、本当はいる。
私が好きな人は隣の席の高村翔君、恥ずかしくて友達にも言えないけど、いつか告白できたらいいなと思っている。
「初恋もまだなんでしょ。高校生活は短いんだから青春しなきゃ!例えば、真崎優斗君とか」
「紗恵ちゃん!」
「まぁ、カースト上位の人と話すことなんてないけど」
真崎君はクラスの中心人物だけど、リア充って感じでちょっと怖い...。私は木村君みたいな地味でも優しくて、落ち着いた人がいいな。
紗恵ちゃんが「クラスのイケメンは...」と話してるのを好きだなぁと思いながら聞く。
何てことない日常のはずだった。
突然教室が光り輝きだした。
外に出ようとしている人もいたけど、ドアは開かないし、窓も割れなかったみたいで、教室はパニック状態だった。
私はどうしたら良いか分からなくて、ただただ座っている事しか出来なかった。
気が付けば、全く知らない場所にいた。
周りにはクラスメイトがいたけど、鎧を着た人がこちらをじろじろ見ている。まるで、本の中の出来事みたいだ。でもその状況を楽しめるほど、私の神経は図太くない。
「よくぞ参られた異世界の勇者たちよ!」
どうやら、私たちは魔王討伐をするために召喚されたらしい。
―――異世界の人間に世界の命運を託すなんて、正気の沙汰じゃないとこの時気付いてほしかったと思わずにはいられない。
「さぁ、勇者様たちの職業を鑑定しろ!」
皆、王様の言うことを聞いて順番に並んでいる。さっきまでの様子とは違って楽しそうな様子はおかしいと思った。でも、みんなと同じような反応をする。
独りぼっちは嫌だから。
「香織!どうだった?私は何と賢者だったよ!」
「すごいね。私は氷属性の魔法使いだったよ」
「同じ魔法職か~」
紗恵ちゃんと話している問、何てことない日常に戻ったらように錯覚した。心細かった気持ちはほんの少しだけ落ち着いた。
でも、すぐに非日常の現実に戻らされた。
「呪術師だと!呪術師が勇者のはずがない!何故ここにいるんだ」
その場に響き渡る声だった。
呪術師と聞いて振り向いたとき、そこにいたのは、高村君だった。
騒ぎになりかけたところを止めたのは、王様だった。『高村殿は勇者として呼ばれたのだ、失礼なことを言うな』口ではそう言っていたのに、その瞳には嫌悪が浮かんでいた。
そのことに私は、気付けなかった。...いや、気付かなかったふりをしていただけだった。
「高村、邪魔だろ、どけ」
「...うん」
「うんじゃなくてはいだろうが!ステータス雑魚が粋がってんじゃねぇよ」
「ほんと、ほんと、それに呪術師なんて気持ち悪いし~」
「人を呪う職業なんて最低だよねー」
高村君へのいじめが始まった。
皆知らない場所に連れてこられて不安なんだろう、一人に攻撃をすることで精神を安定させているんだろう。彼のステータスはクラスの平均値より大幅にしただし、攻撃しやすい職業だから。皆がみんな同じ様に人を傷つける力を持っているのに...。
私は知っている、彼が横暴にふるまっているという噂を流されていることを。
私は知っている、彼が一部の人からサンドバックにされていることを。
私は知っている、彼が自分の状況を良くしようと誰よりも訓練をしていることを。
私は弱い...。
彼が好きだというなら、そのうわさを否定しようと動けばいい。
彼がサンドバックにされているのなら、自分の職業を使って助ければいい。
誰よりも努力している彼のそばで支えればいい。
―――でも私はしていない
彼のそばにいて、私もいじめられるかもしれないから。
そのたった一つの理由で動こうとしないのだ。
足が震えて、過呼吸になり動こうとしても動けない。
自分のことが醜く、汚く感じられる。もう、嫌悪する事しか出来ない。
「あいつ、気色悪いよね。そう思わない、香織」
聞きたくなかった。紗恵ちゃんの口からはききたくなかったよ。
紗恵ちゃんは賢者―上級職だ。
だから、勇者真崎君を筆頭のリア充グループと関わるようになっていた。そのせいだろうか、彼を嫌悪するようになったのはいつからだろう。そんな事すら気付かないくらい、私たちの距離は開いていた。
最近、心から笑う事ができない。前までは彼を見ているだけでドキドキしたのに、今では見ているだけで罪悪感で押しつぶされそうになる。
ベッドの上でぼんやりと過ごす、他にやる気が起きないから。
メイドが扉をたたいて、入ってくる。
「香織様、お茶を入れました」
彼女は私専属のメイドだ。確実に私たちはいい扱いをされているだろう。それでも、気分良く楽しめるかといえば別だ。
「今は気分じゃないの」
「畏まりました」
メイドは動かない。すぐに出ていくと思ったんだけど...。
「失礼ながら、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
「何を聞きたいの?」
にこりと笑って問いかける。愛想笑いは得意だ。笑っている自分に吐き気がする。
「香織様は、私たちを救うことをどう思っておられますか」
「どうって...皆さんにこんなに良くしてもらってるんですよ。精一杯頑張ろうと思ってます」
心にもないことを我ながらよく言うなと思う。
私の答えに満足したのか、さっさと出て行った。何を思って聞いたんだろう。私の日常を壊した彼らをよく思うはずがないのに。
そう思っているのに彼らの望むように動いている私は、なんと滑稽なことだろうか。
ここに拉致されてから何日目かの朝を迎える。
最初は、朝起きたら全部夢だったという期待があったけど、もう何も期待していない。
「早くいかなきゃ」
「召喚されたところだっけ」
人が少ないと思ったけど、そういう事かと納得する。
「よくぞ集まってくれた。今日は大事な発表がある」
威厳たっぷりに王様が言う。大事な発表...て、何だろう。
「高村殿、前へ出てきてくれ」
まるで、電流が流れたような衝撃が走った。これ以上彼に何が起きるというんだ。
「高村殿は、他の勇者殿と比べてステータスが低いと聞く。それに、職業もろくに扱えていないと聞いた」
確かにステータスは低くても彼の職業にはステータスはほとんど関係ない。もっと言えば、ステータスの上がり方は誰よりも大きかった!
職業だって、呪術師だから誰も教え方を知らないと貴方達が指導しようとしなかったからじゃない!
「だから、試練のダンジョンに行ってもらおうと思ってな。死んだ者もいるが、高村殿なら乗り越えられると信じておるからだ」
それは死刑宣告に近かった。頭が真っ白になって、冷や汗が止まらなくなった。
何よりも怖かったのはクラスメイト達だった。
「居なくなってせいせいするわ!」
「性格最悪だもんね」
「あいつがいるとイラつくんだよ」
「高村の価値ってサンドバックくらいだもんな」
「ダンジョンの中で死んでくれるのが一番いいわ」
どうして、そこまでひどくなれるの?
どうして、彼はそこまで嫌われなきゃいけないの?
「俺が何をしたっていうんだよ!呪ってやる!死んだって呪ってやる!」
「呪い方も分からぬ者が何を言っている。もう良い、ダンジョンに転移させろ」
「誰か...誰か助けてくれよ!」
彼は酷く懇願するように私たちを見ている。
どうにか...どうにかしなきゃいけないのに...!体が動いてくれない!
「助けるわけねーだろ!クズが!」
クラスメイトの一人が言う。その瞬間、彼の目が黒くよどんだ気がした。もう一度見ようとしたときには彼の姿はどこにもなかった。
きっと、あの瞬間、彼は私たちに期待することをやめたんだ...!
彼は自分をイジメた人たちを憎んでいるだろう。そして、それを傍観した私のことも憎んでいるに違いない!
何か、行動をすれば変わっていたかもしれない。だというのに私は何をしていた?いつだって見ていただけじゃないか。私は私を許せない、それでも自殺しようとしないのは一番自分がかわいいからじゃないか!
何を心の中で喚こうが彼の状態がこの瞬間に死んでもおかしくないのは変わらない。
好きだ好きだと思いつつ一回だって何かしなかった...。
「私が一番...最低じゃん」
この後のことはよく覚えていない。気が付いたらベッドの上にいた。
私はずっと一人で過ごしていた。愛想笑いもできなくて、歪な笑い方しか出来なくなっていた。
私の世界から色が消えた、味を感じれなくなった、何の感情も動かなくなった。
悲しいと感じることも、怒りを感じることも、苦しいと感じることも...だから、これは良いことなんだろう。
でも、何か欠けているような気分だ。
クラスメイト達の不満は今まで高村君にぶつけていたから、雰囲気が険悪になっている。今では女子グループと男子グループ、上級職グループに分かれている。私も誘われたりしたけど、バカバカしくて付き合ってられなかったから全部無視した。
魔法は、その人の精神が安定しているかで精度が決まる。何も感じなくなったおかげか威力が上がった気がする。そのせいか、真崎君を筆頭としたリア充グループに絡まれることが多くなった。紗恵ちゃんも構ってくるようになったけど、上から目線でうっとおしかったから足元を凍らせて放っておいた。翌日訓練に出ていたから大丈夫だったんだろう。
騎士の人が魔王討伐のため、魔族の数を減らすといった。戦場に出て戦ったけど、魔族は人とほとんど変わらなかった。違いはせいぜい、肌が黒っぽいくらいだ。魔族を殺すことよりも、戦場に飛び散らされたゲロのほうが嫌だった。皆がみんな泣き叫んでいたけど、最後は壊れたように殺していっていた。もしかしたら、何も感じていなかった私はもう壊れているのかもしれない。
騎士たちが気になる噂話を運んできた。黒髪黒目の若い男が剣も魔法も使わずに大群の魔物を倒したらしい。私はその情報を聞いて、一つの可能性にたどり着いた。もしも私が考えていることが正しかったときは...。
いつものように、訓練をしていたら慌てた様子で慌てた様子で姫が現れた。
「勇者様、仮面で顔を隠した男が騎士たちを虐殺し、ここまで来ようとしているのです!」
姫がはらりと涙を流し、真崎君にしなだれかかる。姫は、戦場に出て廃人の様になった真崎君に近ずいて、依存させていた。こうやっていうことを聞かせるのかと感心したものだ。
それより、仮面の男とは誰だろう。騎士も一般の人には十分強いはずなのに...。
ぼんやりと考えているとドアが壊され姫が地面に這いつくばった。きっと、あれは呪術だろう。
すぐに分かった、仮面の男とは高村君だと。
ああ、生きていたんだ。やっぱりあの噂は彼だったんだ。
私はまだ彼のことが好きなんだろう。だって、彼の姿を見ただけで世界が色づき、こんなにもうれしくなっているのだから。前まで感情が動かなくなっていたのがウソみたいだ。
「誰だお前!彼女に何をしたんだ!」
「わからない?高村だよ」
彼は仮面を外して、あざ笑うように言った。
真崎君はその姿を見て、怒鳴り声をあげた。
「彼女は俺のすべてなんだ!お前ごときが傷つけていいはずがないんだ!」
「そうなんだ、ちょうどよかったね」
彼が姫に手を向けた瞬間「あぁぁぐっ!ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」と可憐な顔は醜くゆがみ、もだえ苦しみ動かなくなった。
彼がこれ程強くなっていたことに喜びを覚えた。
「彼女が苦しんで、それで...彼女は...俺を助けてくれて、俺を認めて全部肯定してくれて...」
真崎君は絶望したような顔をしぶつぶつとつぶやきながら、物凄い形相で彼に切りかかった。真崎君は口から血を吐き呆然とした顔のまま肌が変色していき、涙を流して倒れた。
「ちょっと!香織、氷魔法で応戦してよ!友達でしょ!」
紗恵ちゃんがそう言ってきた。私は彼を傷つけようとも、紗恵ちゃんを友達とも思っていないのに。
紗恵ちゃんは体を少しずつを失っていき最後は消えた。すごい叫び声だったな。びっくりしちゃった。
彼に切りかかろうとした人も魔法を発動しようとした人も逃げようとした人も皆みんな無残に死んでいった。
今、私の周りには死体が転がっていて、血の匂いが漂っている。
彼と目が合う、私はもうすぐ殺される。大好きな彼に。
私は歓喜した。これ程の喜びが他にあるだろうか?
私はずっと、ずっと、彼を助けるために行動しなかったあの時からこの瞬間を待ち望んでいたのだから。
彼がゆっくりと近づいてくる。
手をこちらに向け、呪われたことを理解する。ひどい激痛が襲い掛かってくる。でも、後悔した時の苦しみより何倍もましだ。
彼は冷徹な瞳でじっと私を見ている。それでいい、彼には私を憎む理由があるのだから。
最後に一言彼に伝えたい。
『ごめんね、ありがとう、大好きでした』
聞こえたかな、聞こえてたらいいな。
私は今どんな表情をしているんだろうか?きっと、人生で一番幸せな顔をしているんだろう。歪な笑みじゃない、きちんとした笑みを浮かべているんだろう。
評価つけてくれたらうれしいです!