残すは命
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
先輩って、好きなことに時間を捧げて、惜しくありませんか?
いや、その場限りの楽しみを追い求めること、否定したくはないんですけどね。明日を頑張れる力になりますし。
でも長い目で見た時に、何も残っていない自分を振り返ることになったら……。私は、とても恐ろしく感じます。とたんに、自分の存在が空っぽになっちゃった気がして。
よく「なんちゃらに生涯を捧げる」って伝わる偉人の話、ありますよね? その成功談を、しばしば私たちは心の支えとし、見習うことだってするでしょう。もしかしたら自分は同じようにはいかず、名を残せないまま終わるかもしれないという、一抹の不安をうちに抱えながら。
誰がいったか、何かを選ぶというのは、何かを選ばないこと。自分が選んだこと、やったことの効果や影響を見るまでは、死んでも死にきれない。そう思う私は、つい建設的なことがないか考えてしまうんですよね。
なにを積み重ね、なにを残そうとするのか。それをめぐって、ひとつ不思議な話を聞いたんですよ。先輩も聞いてみませんか?
戦国時代のこと。とある武将が鷹狩りを楽しんでいた時の話です。
この武将がとっていた方法だと、獲物を見つけてもすぐ追い立てることはしなかったそうです。彼はあらかじめ配下の者を何人も動員し、見張り役と伝令役とに分担していました。出そろった報告をまとめ、確度が高いであろう獲物を狙っていたそうですね。
「狩りに興じられる時間は限られておる。速く動くことも重要だが、それより大切なものは結果じゃ。やみくもに速さを求め、いたずらに獲物を追いかけた末、捕まえることができず終わればどうなる?
これが実戦であれば、いたずらに兵を疲れさせ、敵につけ入る隙を与えただけになろう。逆襲を受け、本来ならば死なずに済んだ大事な命を百、二百と失っていく……。そのような戦などできぬわ。
準備を整える。そのうえで動き、結果を出してただちに退く。これが本来、貴ぶべき『拙速』というものよ」
常日頃、そういってはばからない武将の鷹狩りは、情報収集以外にもおとりや確認役を備えた周到なものでした。大きくはなくとも、確実な成果を出し続けていたそうですよ。
ですが、ある日の狩りにおいて。獲物に向けて放った鷹の一羽が、そのまま飛び去って戻ってこないということが起こりました。
鷹狩りに使われる鷹は、いずれも幼い時から鷹匠の手によって、しつけられてきたもの。これまでも自分の務めに忠実に従い、実績を重ねてきた一羽でもありました。
すぐに鷹匠を先頭に、何名かが鷹の飛んでいった方向へ駆けていきます。ところどころに捜索兼中継役の人員をおき、やがて狩場を抜けた鷹匠の目が、件の鷹を捉えます。
丈の短い草原の上に立つ一軒家。屋根はかたむき、壁にはところどころ白い胞子類がこびりついていて、美しさとは対極のたたずまいです。
その開け放った窓のへりに、鷹は足をかけて休んでいました。足のつけ根には、目印である紫色の手拭いが巻かれており、紛れもなく自分が飛ばした鷹でした。
鷹はときおり頭をちらちらと左右へ振りながらも、飛んだり向き直ったりする気配は見せません。室内へ顔を向けたままです。
なにがそんなに興味を引くのか。足音を忍ばせながら近寄った鷹匠は、同じものを窓からのぞいてみました。
まず視界に入ったのは、本です。六畳ほどの部屋は、窓をのぞいた壁の部分に、うずたかい本が積まれていました。それに囲まれ、傷みが目立つ畳の上には、文机とその上に広げられた本、それに筆を走らせるひとりの青年の姿があったのです。
自分をのぞいている鷹と鷹匠には目もくれず、彼が走らせる筆の先からは黒墨の字が連なっていきます。あっという間に開いていた2頁をいっぱいにすると、筆をおいて大きく伸びをしました。すぐにめくらないのは、墨を乾かすためでしょう。
だいぶ細かい字でした。が、鷹匠の優れた視力は、それがところどころに漢文を引用した、解説書らしきものであることを読み取ります。手本がないところを見ると、彼自身が独自に著しているものなのでしょう。
ここでようやく、鷹は動きます。
器用に小さく跳ねながら回り、自分がもと来た方へ向き直ると、一直線にはばたいていくのです。これまで世話になりつづけたはずの、すぐそばにいる鷹匠へは目もくれず。
これまで見たことのない、その自分勝手な姿に、鷹匠は少し面食らいます。さては、この青年がなにか仕組んだのかと険しい目を向けますが、当の青年は、こちらを一瞥する様子すらありません。
墨が乾いたであろう本の頁をめくり、筆先をわきのすずりに差し入れて、またも字をつむぎ始めたのです。その顔にはいささかのかげりもなく、ただひたすら文筆に打ち込まんとする熱のみが感じられたそうです。
どうにも犯人とは思えない鷹匠は、声をかけずにもと来た道を引き返しました。途中に置いてきた皆からは、鷹を確認した声が次々とあがります。最終的に鷹は武将たちが待機している場所まで、自力で帰ってきていたそうなのです。
それ以降、この鷹はしばしば狩りの最中に、姿を消すようになってしまいます。そのたびに行方を追う鷹匠は、またもあの青年の家へたどり着くのでした。
鷹とのつながりを怪しむ鷹匠は、何度か玄関の戸を叩いたことがあります。しかしそのいずれも、彼が戸を開けることはなかったのでした。それどころか、鷹匠の気配を察しているのか、窓からのぞいても彼の姿を見かけることは、全然なかったのです。
鷹もまた、鷹匠が近寄るのをみると、元いた場所へ逃げ去っていきます。このしぐさ、まるでいけないことをしでかした子供が、親から逃げる時のようだと、鷹匠は感じたそうですね。
どうにか例の青年から話を聞こうとした鷹匠ですが、その願いはかなわずに終わります。
ある日を境に、彼の家は焼け跡となってしまったからです。あの多くの本たちも、姿を消していました。
これであの鷹も、勝手な行動を取らなくなるかと思う鷹匠でしたが、思惑ははずれます。今度は別の方角へ、猛烈な勢いで鷹は飛び去るようになりました。今度は追い切ることができず、ほうぼうを探したうえで帰るのを待つ。なんとも情けないかたちになってしまったとか。
戻ってくる鷹は、決まってくちばしを黒く濡らしていました。拭き取ってみると、それは墨だったらしいですね。
それから時が流れ、戦国は終わりを告げました。
あの鷹も昨年に世を去ります。結局、あのいずこかへ飛び去る癖は、死ぬまで抜けなかったそうです。
ほぼ同時に職を退いた元鷹匠のもとへ、知り合いによって一冊の書が届けられました。その人物は元鷹匠の古い友人で、長年お寺で修行に励んでいました。
彼によると何年も前より、本堂の屋根裏からかすかな音が聞こえてきていたそうです。
かなり注意をしなくては聞き取れない音なので、当初はネズミと思い、問題視していなかったとか。
それが昨年になり、一日の勤めを終えて本堂から出た際、頭の上ぎりぎりを一羽の鷹が飛び去って行きました。その鷹の足に紫色の手拭いが巻いてあったことから、鷹匠の鷹ではないかと思ったそうです。
狩場から寺までは何里も離れており、そのような調教も受けていない鷹が飛んで往復するなど、にわかには考えがたいこと。ですが、寺の者たちもたびたび鷹を見かけるようになり、本堂の屋根裏から出てきたという声もあがりはじめます。そして調べたとき、出てきたのがこの書だったのです。
ところどころの頁に鳥の爪痕を残してつづられるのは、とある小大名家の興亡。読み進めた元鷹匠は、それが自分の仕えた大名家に滅ぼされた家であることを悟ります。
記される筆跡は、筆で書いたものにしてはあまりに細い。針のような鋭い先端を持つものでつづったものだと思われました。
元鷹匠は考えます。かつてあの家で暮らしていた青年は、滅びた大名家の遺臣で、この書を記すために、あそこにいたのではないかと。そして、あの鷹はその内容を覚え、新たに書き記したのではないかと。
もしそうだとしたら、何のためにそのようなことをしたのでしょう。
彼の書いたものが、このままでは世に出ないと思い、別のところで書き写すことにしたのか。それとも彼の業績を奪ってでも、この書を残すことによって、凡百の鷹とは違う自分を示したかったのか。
かの本は元鷹匠の一族により、何冊かの写本が作成され、時の為政者や本屋の手へ渡ったそうです。けれど、ついに日の目を見ることはなかったらしいです。
そして原本そのものも、江戸で幾度かあった火事の際、紛失してしまったとか。




