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攫われた娘

 リリィは目を覚ますと、知らないベッドの上で眠っていた。

「ここは……?」

 見覚えの無いネグリジェを着ていた。着替えた記憶は無い。そもそも、この部屋にやって来た記憶が無かった。

 ベッドから下りると、足に毛足の長いカーペットが触れる。柔らかな赤いカーペットを足裏に感じながら、リリィは部屋の中を歩く。ベッドの横には、小さな机があり上にはガラスの水差しが置かれている。壁にはランプがついており、ほんのりとオレンジ色の灯りを放っていた。ベッド横のカーテンを開けると、窓の外には白い景色が広がっている。激しく雪が降っていた。視界の悪い窓の向こうに目を凝らすと、下の方に建物の屋根が見えた。その下にも建物が見える。どうやら、この部屋はとても高い場所にあるようだ。どこかのお城に連れて来られたのだろうか。はめ殺しの窓だったので、開ける事出来なかった。

 カーテンを閉めて、部屋の奥へと歩く。突き当りの壁に暖炉が置かれている。赤い炎をあげて燃える木は、部屋の中を温めてくれている。

「ふぅ……ここ、どこなのかしら……」

 リリィは憂鬱にため息をつく。今のところ、手がかりらしきモノは一つも無かった。部屋の右の壁と奥の壁にある扉を見る。リリィは奥の壁の方の扉を開けて見る。そこには、バスタブとトイレがあった。

「じゃあ、こっちか……」

 もう片方の扉を見る。綺麗な華の彫刻の掘られたドアノブをひねる。しかし、扉は開かない。

「やっぱり、そうよね」

 どうやらリリィはこの部屋に閉じ込められているらしい。

「どこのもの好きかしら……」

 ドアノブから手を話した後、右手に魔力を込める。青白い魔力の篭った手でドアに触れる。無理やりドアを破壊して外に出るつもりだった。

「!」

 バチッと青白い閃光が部屋を走る。リリィは驚いて、目を丸くした。リリィの魔力が跳ね返されたのだ。

「魔法の結界がしてあるのね……」

 リリィは腕を組んでトアを睨みつける。

「ふん」

 仕方ないのでベッドに戻り、腰掛けた。

 見渡した部屋の調度品は、どれも職人の技の施された立派なものだった。という事は、リリィを攫って来た誰かはリリィに対しての悪意は無いらしい。

「この魔女に、いったいなんの用があるんだか……」

 リリィは自嘲気味に呟く。

 リリィ・フュラス。その名前は、エルディ国の東の森に住む魔女の名として有名だった。彼女を尋ねて来た客達は、みなリリィの奇異な容姿に驚いた。真っ白な髪に赤い瞳、それから尖った耳。昔、人の村に住んでいた子供の頃は、バケモノと石を投げられた事もあった。孤児のリリィは東の森に逃げ、そこで魔女ジャスタに拾われた。彼女に魔法を習い、リリィも魔女となった。エルディ国では不思議な力を使う魔女は人々から、恐れられていた。醜い容姿のリリィはなるべくして、魔女になったのだ。

 しかし、リリィは魔女としての力は中の上程度である。攫ってくる程の価値は無い。おまけにこの部屋を用意した人物の魔法結界すら破壊出来なかった。どう考えても、攫った人物の方がリリィより格上である。

「むー……」

 攫われた理由を考えたが皆目検討がつかずに、リリィはベッドに入ってふて寝した。どうにも眠くて、頭がうまく回らなかった。


***


 不思議なな心地良さを感じて、リリィは小さな息を吐く。

 身体が温かくてぽかぽかする。

 これは、なんだろうか。今まで感じた事の無い感覚が、身体に広がっている。

 『幸福』とはこんな事を言うのかもしれない。

 今まで感じた事の無い感覚を覚えながら、、リリィは満たされた気持ちになった。



 目を開けると、壁が見えた。

「?」

 いや壁じゃない。

 視線をあげると、知らない男が寝ていた。長い黒髪の男で、前髪は真ん中でわけている。顔は整っているのだが、目の下に濃いめの隈があり、眉間がぎゅっと寄っていた。悪夢でも見ているのだろうか。それともこれが男の普段の顔なのだろうか。陰鬱そうな男だな…と言うのが、最初の印象だった。

「ふぅ……」

 リリィは左手で自分の顔を覆った。

「それで、この男は誰なのかしら?」

 知らない部屋に、知らない男。

 どこからどう見ても知らない男だ。そもそも魔女リリィに会いに来る客はみなわけありの客が多いので、顔を隠している事が多い。会った事があっても、顔はわからない。

「なんでこの男は、私と寝ているかしら」

 リリィは大きな一人事を言った。一人事はリリィの癖だった。恩人の魔女ジャスタが老衰で亡くなってから、リリィは森の奥に一人で住んでいる。そうすると、たまに客が来た時以外は言葉を話す事もない。すると、自然と一人事を言うようになってしまった。

「もしかして抱かれた?」

 身体を確かめる。しかし、着衣の乱れはなく、身体に違和感も無い。リリィは処女ではあるが、そちらの知識は一応ある。初めて抱かれた女は、酷く痛いと聞いている。しかし、痛みなどはない。

 しばらく目を閉じて考える。彼の身体に魔力を感じた。どうやら、彼も魔法使いらしい。

「魔法使い同士か……何かの儀式的な目的があったのかしら」 

 リリィを生贄にでもしたかったのだろうか。リリィは自分の身体を見る。儀式を行うのなら、おそらく身体のどこかに紋様を描かれているはずなのだ。もしくは、宝石などの呪具を身に着けているはずだ。

「あら?」

 しかし、それらしいモノはない。一応、男の身体を見たが、彼にも紋様も呪具も無かった。部屋の中にも、儀式の祭壇は用意されていない。

「ん? もしかして、儀式目的じゃない?」

 リリィは首をひねる。

 リリィと一緒に寝ている理由が全く推測出来ない。

「んん……」

 男がリリィの腰を引っ張って引き寄せる。

「きゃっ」

 身体を起こしていたリリィはバランスを崩して、男の腕の中に抱きとめられた。

「も、もう……」

 男の腕に抱かれてリリィは眉を寄せた。

「いいかげに起きなさいよ」

 男の鼻をつまんだ。

「ふぐっ」

 しばらくすると男が、身体を跳ねさせて目を開けた。リリィは、男と目が合う。

「……あっ!」

 男はリリィの顔を見た後に、慌てたように後ろに下がって、そのままベッドからずり落ちた。ドスンと音をたてて落ちた男は、リリィの視界から消えた。しばらくすると、男の手がベッドに見えて顔が見えた。リリィは身体をシーツで隠して、男を睨む。

「あ、あの……」

 リリィよりも図体のデカイ男は、おどおどした様子で声をあげる。

「なんですか」

「お、起きて……よかったです……」

 男はほっとしたように言う。

(起きて良かった?)

 言われた意味がよくわからず、リリィは首を傾げた。

「あ、えっと……あなたは、ずっと、寝てたので……」

 ベッドの下に座ったままの男は、上目遣いで言う。リリィの表情を伺っている。おそらくリリィの容姿が怖いのだろう。

「ずっと寝ていた? どのくらい寝ていたんですか?」

 リリィは額を押さえて、自分がここに来る前の最後の記憶を必死で思い出そうとした。

「三ヶ月です」

「!」

 リリィは目を見開いた。

「さ、さんかげつ」

 最初に目を覚ました時に、妙に身体がだるいと思ったのだが、三ヶ月も寝ていれば当然だろう。

「な、なぜ私はそんなに眠っていたんですか」

 リリィに眠り病の持病など無い。

「そ、それは……お、俺のせいです……」

 床に座った男は、身体を小さく丸めて俯く。

「は?」

 申し訳無さそうな顔を男がしている。

「お、俺の魔力のせいで、あなたは眠りについてしまったんです……」

「ど、どう言う事ですか」

 リリィは男の声に聞き覚えがあった。

「お、俺が貴方を眠らせてしまったんです……」

―思い出した! こいつは、客で来た男だ!! 

 眠る前の最後の記憶、この男は客としてリリィの店に来ていた。男の声に、聞き覚えがあったのだ。

 右手に魔力を宿して男に向ける。

「貴様、私を攫ってなんのつもりだ!」

「も、申し訳ない!!」

 男が床に頭をつけて謝る。攫うような事をしたわりに、いやに腰が低い

「ひ、一目惚れだったんです!!!」

 男が大きな声で叫んだ言葉が、リリィの鼓膜に届く。

―は?

 魔力が宿った右手を男に向けたまま、リリィは呆けた顔をした。男の言った意味がわからなかった。

「す、すばらしい魔法薬を作る魔法使いが東の森にいると聞いて、会いに行ったんです。別段危害を加えるつもりなどありませんでした!! 見せていただい魔法薬は本当に素晴らしく、感服しました!! し、しかし、なにより、貴方の美しさに惚れてしまいました!!!」

 男が床に頭を下げたまま大声で言う。

「一目惚れしてしまい、け、結婚したいなどと思ってしまったんです!!!」

 リリィの顔が沸騰したように熱くなる。

―な、なにを言ってるんだこいつは。

 容姿を醜いと言われた事は何度もあるが、『美しい』と評された事は初めてだった。

―ば、バカにしているのか、この男。そんなタチの悪い冗談を私が信じるとでも……!

「貴方が眠ってしまったのは、俺のせいです! 結婚したいと思ってしまった俺は、魔力が暴走してしまって貴方を眠らせてしまったんです……。起こす事が出来ず、俺は貴方を城に連れ帰りました……本当に申し訳ありませんでした!!」

 男はカーペットに沈む程、頭を押し付けていた。

「……」

 リリィは混乱したまま、右手を下ろした。

―わ、私に一目惚れしただと……? それで、連れ帰って来ただと……?

 左手で頬に触れると、信じられない程熱かった。男の言葉を信じてはいけないと思っているのに、リリィの心は男の言葉を喜んでいる。

―う、嘘だ! 絶対嘘だ!!

「ね、眠る貴方と一緒に寝てしまったのは、本当に申し訳ありませんでした!! 貴方はあまりにも美しく、我慢する事が出来ませんでした……」

―う、美しい……だと!?

 重ねて言われる賛辞の言葉に、リリィは動揺していた。どう考えても罵倒して怒らなければいけない状況なのに、リリィは今まで感じた事の無い喜びを男の言葉から得ていた。

(いや、待て。この男は虚偽を言っている可能性が高い。私を『美しい』など言う男がこの世にいるはずがないのだ……そうだ……)

 リリィは心を落ち着けて、極力冷ややかな視線で男を睨みつける。

「顔をあげなさい」

 そう言うと、男がゆっくりと顔を上げてリリィを見た。目覚めた男は、やはり目の下に隈があり、陰鬱そうな顔をしていたが、先程より格好良く見えた。

(むぅ……騙されるな私)

 キッと男を睨みつける。ベッド下の男に白い足を差し出す。

「私の事を好いていると言うのなら、この足にキスをしみろ」

 足へのキスなど、男にとって屈辱的な行為だろう。出来はしまい。

「!」

 男は目を見開いた後、おずおずとリリィの足に触れて、そっと足の甲にキスをした。まるで壊れ物でも触るかのような、持ち方である。

「あ、貴方は全てが美しい。顔も髪も、胸も手足も……全てが神の至高の技で形作られている」

 男は笑みを浮かべ、眩しいものを見るようにリリィを見る。一途に向ける視線に嘘は無かった。それはまるで、信仰する神を崇める信者のようでもあった。

 リリィはそっと男に手を伸ばす。頬に触れると、男は目を見開き硬直する。顔色の悪い顔が、やや紅潮する。

「ほ、本当に、私に一目惚れしたのか……?」

「えぇ! もちろんです! 異性にこれ程までに心惹かれたのは、生まれて初めてです!! どうか、私の妻になってください! いえ、私を貴方の下男にしてください!!」

 男の熱烈な言葉に、リリィはやや引いた。

「げ、下男は欲しくない……」

「で、では。ペットでも!!」

「ペットもいらない……」

 答えながらリリィは男の頬に触れ、肩に触れ、腕と手に触れた。傭兵のように肉付きはよくないが、程々に筋肉がついていた。身体は大きく、リリィを抱きしめればすっぽりと腕の中に収めるだろう。

 じっと顔を見れば、やや頬のコケた顔がセクシーに思えた。

「……恋人ならなっても良いぞ」

 男は目を見開き頷いた。

「喜んで!!」

 腕を引き寄せられ、腹に抱きつかれる。他人の体温が暖かった。こんな風に、人に好かれるのは初めての事だった。

 ほぼ初対面の男ではあるが、リリィは男の好意を心地よく感じていた。


***


 服に着替えて、部屋で食事をとった。ネグリジェの上にもふもふのバスローブを着て、運ばれて来た食事を食べる。

「ん」

 何かのシチューを口にする。あまり食べた事の無い味だった。

「どうですか?」

「美味しい……」

「それは良かった!」

 渡されたパンもやけに柔らかく、珍しいモノだった。

(随分遠くに連れて来られたらしい)

 衣服や調度品にも文化の違いを感じていた。この辺りではみない模様が、カーペットには描かれている。

「それで、貴方の名前から聞いて良いか?」

 恋人同士になった後で、男の名前を聞くのは奇妙な気分だった。

「セリオと言います」

「セリオ……」 

 なんだか、どこかで聞いた事のある名前だった。

「セリオ、ここは一体どこなんだ?」

「ここは、ヴェドム国です」

 リリィは目を見開く。遠い国だとは思っていたが、よもや海を超えた場所にある国の名が出て来るとは思わなかった。

「そ、そのように遠くの場所に連れて来たのか……」

 リリィは額に手を置いて、ため息をついた。森の工房に一人で住んでいたが、突然いなくなったとあっては、尋ねて来た客達も困った事だろう。

「も、申し訳ない……」

 男が小さく背を丸めて謝る。

「……まぁ、いいわ……」

 リリィは首を横に振った。

「それで、貴方は私をこの城に留めたいのだな?」

 男は頬を少し紅潮させて頷く。

「は、はい。できれば妻に貰いたいと思っています」

 真っ直ぐな顔をして言われると困る。リリィは顔が熱くなるのを感じながら、頷いた。

「良かろう。なら、三ヶ月程滞在させて貰う。その間に貴方の言葉が本当だと思えたら、私は貴方の愛を受け入れて妻になろう」

「ほ、本当ですか!」

「ただし、嘘だと感じたら、すぐに城を出て森に帰らせて貰う! いいな?」

「は、はい!」

 セリオは生真面目な顔で頷いた。

「よし」

 リリィは食事の続きをした。セリオは出された魚料理の骨を丁寧にとって、リリィに渡すなど甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。

(ポイント十点……)

 彼の優しさにリリィは心の中で加点した。

(ふん、しかし。『愛』なんてもの、熱するのも早ければ、冷めるのも早いモノだからな……変わった容姿の私に、一時的に興味がそそられているだけかもしれない)

 リリィは極力冷静な気持ちでセリオの行為を見ていた。


 食事後は、メイドの手を借りてドレスに着替えて城の中を見て回った。

「ヴェドムは一年の半分が雪に覆われた国なんです。今は特に吹雪が強い時期で、外に出る事は出来ません」

「そうなのか……」

 ガラス窓の向こうでは、今日も強く吹雪が吹いている。

「一年の半分も雪に覆われていては、民の暮らしも大変だな……」

「えぇ、その分いろいろと工夫をしています。室内で、農作物を育てられる仕組みもありますし」

「そ、そうなのか?」

 ふと、リリィはヴェドムと言う国について思い出した。ヴェドムは、近隣国の中でも、もっとも魔法技術の進んだ国と言われていた。詳しくは知らないが、その国ではあらゆる技術に『魔法』が応用されているのだと言う。

「ご興味があるのなら、今度畑を見学に行きますか?」

「……そうね」

 魔法使いの端くれとして、目新しい魔法技術には興味があった。

「では、そうしましょう」

 広い城の中を案内された後に連れて来られたのは、巨大な書斎だった。天井付近まである巨大な本棚を見上げて、リリィは口をぽかんと開く。

「すごい……」

「本、お好きかと思いまして。店の本棚にもいろいろな本が置かれていましたから」

 リリィの工房は店+生活空間だった。本棚には、個人的な趣味の本も沢山並べていた。とはいえ、本は高価なのであまり沢山は持っていなかったのだが。

「好きな本を読んで大丈夫ですよ」

「本当か……」

 リリィはふらふらと本棚の側に寄って、近くの本を抜き取った。騎士道物語の本だった。三つ隣の棚には、料理の本が並んでいる。この書斎があれば、一生飽きなくてすむように思えた。

 本を選んでいる、書斎にメイドが入って来る。

「セリオ様、ナイル様がお呼びです」

「急ぎかい?」

「はい、急務のようです」

「ふぅ……休暇の申請はとっておいたんだけどな……わかったすぐに行こう」

 セリオがリリィの方を見る。

「リリィ、私は少し出て来る。本は好きなだけ読んで良いよ」

「え、えぇ」

 部屋から出て行くセリオの背を見送る。部屋にメイドが残る。

「お部屋まで戻る時はお声かけください」

 彼女は小さく頭を下げた。リリィは、その言葉に頷いた後、しばらく書斎を見て回った。

 本はどれも興味深かった、けれど今のリリィの頭にはセリオの事でいっぱいだった。

(セリオって何者なのかしら?)

 肝心な事を聞きそびれていた。こんな大きな城を所有して、リリィ程度の魔法使いの魔力を簡単にはねのける彼は、きっとタダ者ではないのだろう。

(この国の有名な魔術師なのかしら……)

 本をめくりながら、リリィはセリオの事を考え続けた。

 ふと、今朝彼に抱きしめられていた事を思い出す。

(とても暖かかった……)

 顔が熱くなる。

―も、もう一度……抱きしめてほしい……。

 熱くなりすぎた頬を手で押さえて、頬が冷えるのを待った。


***


 夕飯を終えても、セリオは戻って来なかったので、リリィは一人ベッドに入って眠った。


 眠っていると、人の気配を感じる。

―誰かが、ベッド横に立っている…。

 曖昧な意識の中で、そう思う。ベッド横に立った人物は、じっとリリィの事を見ているようだった。

―セリオよね……? 何をしているのかしら……。

 まだ眠く、目を開ける事が出来ない。ただ、側に立った気配を感じる。

 すっと、衣擦れの音がして、顔に何か触れようとした。それは温度だけ感じられて、頬に直に触れる事はない。躊躇するように揺れた後、手は下ろされた。

 そこでリリィは目を開ける。壁の灯りがほのかについていて、視線をあげれば側にセリオが立っていた。彼は硬直して、リリィを見ている。

「なにをしているの?」

 別に怒っているわけではない。純粋な疑問だった。しかし彼はその問いに肩を跳ねさせる。

「す、すまない……」

 背を丸めて、身体を横にして視線を反らす。薄暗い部屋でも、彼の耳が紅潮しているのがわかった。 

「す、すぐに出て行くから」

 部屋を出て行こうとするセリオの腕を握る。

「待ちなさい」

「!」

 腕を握られた彼の肩が、また大きくビクつく。振り返った彼の顔は赤かった。この初心な反応が演技なら、彼は相当な役者だろう。

「寝るのなら、ここで寝ていきなさい」

「そ、それは! しかし……!!」

 彼の手を握ると、びっしょりと汗ばんでいた。緊張しているのだろう。

「恋人同士なんですから、なにも気にする事はないでしょう?」

「こ、こいびと……!」

 彼が上ずった声をあげる。リリィはその反応に口角を上げた。リリィの事で、ここまで大げさに動揺と喜びの反応を示す男が面白かった。初めての体験である。町で、女が男を翻弄する様をたまに見た事があったが、自分には一生縁の無い事だと思っていた。

「恋人同士ではないのかしら?」

「い、いや、恋人同士だ! あなたが良いと言うのなら!!」

 彼は大きく頷き、ぎゅっと手を握る。その手は、少し震えている。

「では、こちらへ」

 手を引くと、彼は緊張した様子でベッドに入って来る。近くに座った彼は、首を真直角にして見上げなければいけない程大きい。

 身体の大きな男は暴力をふるうと恐ろしいので嫌いだった。けれど、彼は見ているとドキドキした。

―なんだろうコレは。

 無意識に自分の胸に触れる。心臓がどくどくと、大きく脈打っている。

―私も緊張している。それから、喜んでいる。

 リリィを見下ろしていたセリオが、感極まったようにぎゅっとリリィを抱きしめて来た。彼の大きな腕の中にすっぽりと身体が収まる。

「!」

 ぎゅーっと強い力で背を抱かれる。彼の胸板に押し付けられて、リリィは今まで感じた事の無い感情を抱いていた。それは安心感であり、幸福感だった。もう離したくないと思えるような、彼の必死な抱擁は、リリィの心に届いた。

 それはずっと昔、寂しかった子供の頃に、誰かにして欲しかった愛の篭った抱擁だった。

―あ……。

 頬に涙が落ちる。

 心の奥の、幼い自分が涙を流す。顔を彼の胸に押し付けて、リリィは静かに泣いた。彼は、リリィが泣き止むまでずっと抱いていてくれた。

 長い時間泣いていたと思う。見上げると、彼がリリィの頬をそっと撫でてくれた。

「大丈夫か」

「……えぇ……」

 男の腕の中で何故、泣いてしまったのだろうと混乱する自分もいた。けれど、彼の腕の中はとても安心出来て、見上げた彼の瞳は優しかった。この人はリリィを傷つける事が一切無いのだと思えた。

 彼に促されて、そっとベッドに横になる。彼の腕に頭を乗せて、抱擁を受けたまま、暖かなベッドで眠りについた。心の奥底で、寂しい子供が穏やかな笑みを浮かべて眠る様子が思い浮かんだ。



 幸福な気持ちで目覚めると、男の腕の中にいた。彼は一晩中リリィを抱いてくれていて、手を握ってくれたいた。暖かな男の腕の中は心地良く、リリィは頭をすり寄せて再び眠りについた。誰かの隣で貪る惰眠の幸福を知ってしまった。


 二度寝から目覚めた後は、二人で朝食をとって、着替えて城の中を散策した。今回は、昨日見に行くと行っていた畑を見に行った。

「ここは研究用の畑なんだ。民が管理する畑は、もっと大きく広大だ」

 連れて来られたのは、城の地下にある場所だった。町の教会の半分程度の広さの場所だった。畑と呼ぶには狭かったが、研究用だと言われれば納得である。

「こんな地下で野菜が育つのですね……」

 見上げた天井には、光を放つ石があった。おそらくあれが人口の太陽なのだろう。しかし地面に土は無く、台の上に平たいトレイが置かれていた。そこから、野菜の葉が伸びているのだ。不思議な技術である。

「きちんと育てれば、葉野菜以外もいろいろ育ちます。部屋の温度調整をすれば、メロンなんかも育てられます」

「メロンか……」

 リリィは遠い目をした。

「えぇ。ほら、あの一角がメロン畑ですよ」

 透明なシートに覆われた一角を彼が指差す。近づいて見ると、たしかにメロンが実っていた。

「すごい……季節関係なく育てられるのね」

 よもや、こんな雪深い土地でメロンを見るとは思わなかった。

「一つ食べますか?」

「いや、遠慮しておくわ。メロンはあまり好きではなくて……」 

 メロンは高級な果物である。リリィも、客が持って来たものを一度食べた事がある。しかし、食べたメロンは実が固く、甘くもなく味も薄かった。とても美味しいとはいえない代物だったのだ。

「これは美味しいですよ」

 セリオが透明な膜をめくって、メロンを一つ収穫する。

「切って来ますね」

 メロンを手に、奥の作業台に行く。まな板にメロンをのせて、真っ二つにした後、そのままスプーンを実に刺して戻って来た。

「どうぞ」

「むぅ……」

 渡されてしまっては断れない。リリィは渋々、スプーンでメロンをすくって口にいれる。

「!」

 口に入れた瞬間に、甘い味が広がる。実は瞬時に舌の上でとろけて消えた。

「な、なんだこれは」

「メロンです」

 とても、以前食べた物と同じ果物とは思えなかった。

「うちの国のメロンは品種改良をして、甘くて美味しいメロンを作る事に成功しました。それから、室内で育てる事で水と光のバランスを管理を適切にする事が可能です」

 セリオがにこにこと笑みを作って言う。セリオは怖いを顔をしているのだが、笑うと親しみやすい可愛い顔をしていた。

「……国が変われば、ここまで食べ物も変わるのね……」

 リリィは、渡されたメロンを遠慮なく全部食べた。とても美味しかった。

「メロンを作ったデザートなどもあるんですよ……」

「それは是非食べてみたいわね……」

「では、今夜お出ししましょう」

 セリオが頷く。

 にこやかに話していると、メイドがやって来る。

「セリオ様、ナイル様がお呼びです……」

「ふぅ……またですか。仕方ありませんね」

 セリオは小さく頷く。

「リリィ、申し訳ありません。私はまた少し、出て来ますね」

「ナイルと言うのは、貴方の上司なの?」

「えぇ、そのような方です」

「なら、仕方ないわね……」

 これだけ大きな城に住んでるのだ、それなりに責任の思い仕事に就いているのだろう。

「いってらっしゃい」

 笑みを向けると、セリオの顔が赤くなる。

「い、行ってまいります……すぐに戻って来ますね……」

 顔を赤くしたまま、セリオは畑の部屋を出て行った。リリィはしばらく一人で畑を見て回って、部屋に戻った。

(しまった、またセリオの職業を聞くのを忘れていた。まぁいいわ、今日帰って来たら教えて貰いましょう)

 部屋に戻ったリリィは、メロンパフェを食べながら読書を楽しんだ。



 朝起きても、セリオの姿はベッドの横に無かった。

「ふあぁ」

(仕事忙しかったのかしら?)

 ベッドから下りて、身支度を整えて部屋で朝食を食べた。

 ドレスに着替えて、書庫で本を見ていると、突然扉が開いて誰かが入って来た。

 リリィは驚いて、入って来る人物を注視する。

 彼は、白い礼服を着ていて、背中に毛布のようなマントを羽織っていた。

(誰?)

 その男は真っ直ぐにリリィの元にやって来て、リリィの手を握る。

「君が、セリオの恋人かぁ!!」

 間近で男は、目をキラキラさせて言う。とても通る声をしている。年はいっているが、顔立ちはよく、覇気があり若々しさを感じた。

「ナイル様!!!!」

 廊下の向こうから、セリオの声がした。後ろから、バタバタと走って来る彼の姿が見える。

「はぁ、はぁ。全く、先に行かないでください。と言うか、客間で待っていてくださいと言ったのに」

「すまん、待ちきれなくてな!」

 男はにこやかに笑う。どうやら彼は、セリオの上司のナイル様らしい。

「リリィ、紹介が遅れたが、彼はこの国の王のナイル・ヴェドム様です」

 リリィは肩を跳ねさせた。

「お、王様……?!」

「はははっ、堅苦しくする必要は無いぞ」

 ナイルは笑っている。

(な、なんで王様がここに!?)

「おや、随分驚いた顔をしているな。よもや、セリオがこの国でどんな役割を持った男なのか知らないのか?」

「は、恥ずかしながら。まだ聞いておりません……」

 リリィは恐縮しつつ答える。

「なんと! いいかリリィ。セリオは、我が国一の魔法使いなのだ。そして国一番の魔法使いは、宮廷魔法使いとなる。魔法大国の我が国では、宮廷魔法使いの地位は王と同等なのだ。こいつは、すごい男なのだぞ?」

 ナイルが嬉しそうにセリオを紹介する。

「す、すごいですね……」

 本当に、凄すぎた。よもや、国のトップ魔法使いだとは。そして私は、記憶の端にあった記憶を思い出した。『大魔法使いセリオ』それは、以前風の噂で聞いた事のある名だった。

(セリオって、あのセリオか!! な、なんで気づかんかったのかしら!!!)

「はっはっはった、そうだろう。俺の自慢の弟だ!」

「えっ!」

 リリィはセリオを見る。彼は否定する事なく、ゆっくり頷いた。 

 つまりセリオは国一番の魔法使いで、王族の血族と言うわけである。あまりの地位の高さに、頭がくらくらして来た。

「そ、そんな…すごい人だったなんて……」

 ここ数日の、自分の無礼の数々を思い出して血の気が引いていく。

「しかし、突然貴方を別の国がから攫って来た非礼は、兄の俺からも謝罪させて貰う。弟はなんと言うか、普段はとても真面目な男なんだ! こんな非常識な事は普段しない。余程あなたの事が好きだったのだろう」

 謝罪する兄の後ろで、セリオが小さくなっている。

「それは……その……驚きましたけど……もう良いのです」

 リリィも、セリオの事を憎からず思い始めていた。

「本当か! それならば良かった!! 心の広い女性で良かったなセリオ!! 俺はおまえが、彼女にビンタされてこっぷどくフラレて、傷心で塞ぎ込むかと思っていたぞ」

 散々な言われようである。しかし、寝ているリリィに手まで出していたので、場合によっては魔法使い同士の殺し合いにまで発展した可能性はあった。

(彼の求婚があまりにも真摯だったんで、そうわならなかったけど……)

「今は恋人同士だったな! セリオは魔法使いとして優れているが、人としてもまっすぐで努力家の良い奴なんだ! いずれは、貴方がセリオの妻となってくれたら嬉しい!」

「あ、兄上……」

 セリオが、静止するように声をあげる。

「あぁ、すまん! 少し言い過ぎたかな。俺はどうにも、言葉が多すぎるんだ! 王として、もっと寡黙で威厳のある男にならなければな!! さて、それでは、俺は帰るとしよう!! 失礼する!」

 来た時と同じように、ナイルは元気満々な様子で部屋を出て行った。リリィはその後ろ背中に、軽く頭を下げた。

(雪国の王様だから、あのくらい元気な方があっているのかもしれないわね……)

 ナイルがいなくなると、静かな静寂が書斎に戻る。リリィとセリオは、どちらともなく視線を合わせる。

「……すまない……突然、驚かせててしまって……もっと段階を置いて、伝えるつもりだったんだが……俺の兄は、考えるより先に行動してしまうタイプなんだ……」

「ふふっ、元気なお兄さんですね」

 リリィは微笑む。すると、セリオは眉を少し寄せる。

「や、やはり、貴方も兄の方が好ましく見えるのだろうか……」

 突然の質問にリリィは驚く。セリオは、不安と不機嫌が入り混じった表情をしている。

「え! いえ……その、元気な方だなぁと思っただけですよ」

 ナイルの印象はそれだけである。

「まぁ……あとは、私を見ても、不快な顔をされない、珍しい方だなぁとは思いましたけど……」

 ナイルは躊躇もせずにリリィの手を掴み、間近で会話をした。その表情には一切、嫌悪の色は無かった。

「貴方のような美人に不快な顔を示すはずがないだろう」

 セリオは不思議そうな顔をする。彼は本心から言っているようだった。リリィは少し俯いた。

「……私の国ではそうでもなかったので」

 前髪で顔を少し隠す。

「私は容姿を醜いと言われた事はあっても、『美しい』と評された事はありませんでした……」

 言いながら、過去の事を思い出し心が痛む。気にしないようにしよう、忘れてしまおうと思っても、何度も言われた酷い言葉達はリリィの言葉に痛みとして残り続けている。

 リリィの身体をセリオがそっと抱く。

「信じがたい事です……私は貴方のように美しい人を見た事が無いのに……」

 その言葉に安心する。

「……ありがとうございます」

 更に強く抱きしめられた。

「貴方に酷い言葉を言った連中に全員報復しましょうか? 俺は黒魔法も得意です」

 彼は真剣にそう言っていた。

「ふふっ……ありがとう、けれどその気持だけで十分よ」

 本当に呪うとなったら、村一つ全てを呪わなければいけない。けれどその必要は無い。

 胸の傷は、彼の愛の言葉を受ける度に癒やされていくのを感じた。



 恋人宣言をしてから、セリオの城に半年滞在した。セリオは宣言通り、全身全霊でリリィの事を愛してくれた。時間が合う時は必ず、共にベッドで寝て手を握り合う。リリィが好きな料理を聞く度に、献立に加える。雪のせいで外に出る事は出来ないので、室内で二人楽しく過ごした。本を一緒に読み、カードゲームに興じ、互いの事を話した。

 セリオは優しい男だった。三一と言う年のわりには、女には慣れてない様子だったが、その初心さがとてもかわいらしかった。そもそも彼は、勤勉な男で今まで酒も女も手を出さずに魔法学の研究を行っていたらしい。彼の無くならない目の下のクマは、その努力のせいで出来たものである。リリィと一緒に書斎にいる時は、メガネをかけてとても難しそうな研究本を読んでいる姿をよく見た。本を読んでいてわからない事があれば、彼は噛み砕いて丁寧に解説してくれた。知的で賢い彼はとてもセクシーだった。

 

 リリィは首のネックレスを眺める。セリオは頻繁に贈り物を贈ってくれた。ドレスや、アクセサリーは部屋の衣装棚にどんどんたまっていく。どれも質の良いもので、彼が真剣に選んでくれたのがわかる。その中でも特に気に入っていたのが、この小さな石の連なったネックレスだった。もっと派手なアクセサリーも貰っているのだが、リリィはこのぐらいのデザインの方が好きだった。

(城を出て行く事になった時に、このネックレスだけは貰っていけないかしら?)

 このぐらい地味なら、店に戻って普段はめていても、それ程悪目立ちしないだろう。

―半年経ったのね……。

 最初の予定の三ヶ月を軽く超えて、半年も彼の城にいた。彼の愛は会った時から変わらない。むしろ、勢いが増していた。

 しかしリリィの心には不安があった。

―人の心なんて、すぐに心変わりするものだわ。

 熱烈に愛し合っていた恋人同士が冷めて別れる話など、何度も聞いて来た。それに抗う為に、愛を継続させる為の秘薬を求めて客達はリリィの店を尋ねて来た。

―けど、一度冷めた人の心を元に戻す事なんで、早々は出来ない……。

 そっとネックレスを撫でて、未来の別れを想像してリリィは重くため息をついた。

 

 ドアをノックして、セリオが部屋に入って来る。仕事で、二日ほど城を空けていたので久しぶりの帰城だった。

「ただいまリリィ」

 セリオが笑みを浮かべて、リリィを抱きしめる。最初彼の浮かべる笑みはぎこちなかったが、日数が経つごとに彼の顔に笑顔は馴染んだ。リリィの前にいる時、セリオは終始笑顔だった。

「おかえりなさいセリオ」

 彼の首を引き寄せて、頬にキスをする。すると彼は目をくしゃっと閉じて、とても嬉しそうな顔をした。背も高く、年上の男だが、セリオはかわいい人だと思う。

「二日も城を空けてしまって、すまなかった」

「いいえ、いいのよ。仕事なら、仕方のない事だわ」 

 セリオは宮廷魔術師として、国の為に重要な仕事ををしている。今は、リリィの為に長期休暇をとっているが、それでも緊急の呼び出しはあった。

「君はなんと言うか、すごく聞き分けがいいんだな……」

「そうかしら?」

 セリオが眉尻を下げる。

「ナイルの妻は、ナイルが仕事が忙しくて夫婦の時間を作れなくなると、もの凄く怒るんだ……」

「まぁ」

 王ともなれば、時に寝る間もなく働く必要が出て来る事もあるだろう。それは仕方のない事だと思うが、ナイルの妻にとっては関係無いのだろう。ある意味、そこまで夫の愛を素直に求められて羨ましい気もした。

「おかげでナイルは、仕事を効率的に終わらせるのが上手いんだ……」

「奥さんのために偉いですね……」

 リリィは感心する。すると、セリオがリリィをじっと見る。

「?」

「お、俺も君にそのくらい求めて欲しい……」

 セリオは頬を少し染めそう言うのだった。

「!」

 リリィは自分顔が熱くなるのを感じる。

「そ、それは……」

「君は無欲だから……俺にもっと求めて欲しい……」

 セリオはつまるところ、もっとリリィに甘えて欲しいのだ。

「け、けど……私…もう十分……甘やかして貰ってるので……」

「そうだろうか?」

 セリオが考える様子を見せる。

「は、はい!」

「君は現状に満足しているのか?」

 リリィはセリオを見上げて頷いた。

 するとセリオが、リリィをじっと見た後に上着から何かを取り出した。

「俺の気が早いのはわかっているのだが……どうか、これを受け取ってくれないか」

 差し出されたのは、指輪だった。シンプルな銀の指輪である。しかしその指輪が意味する物は重い。それは、男性が求婚する女性へ贈る物だった。

「俺と結婚して欲しい」

 リリィは驚きで目を丸くする。

「俺は貴方の事が好きなんだ、貴方の為なら全てを差し出したって良い。どんな願いだって叶えてみせる! けれど君は無欲だから、俺は不安なんだ……君は本当に俺を好きになってくれるのかと……」

 リリィは目を見開いた。彼には存分に好意を見せて貰った。けれど、リリィは彼に好意をきちんと示していなかった。

 リリィは自分の顔と身体が熱くなるのを感じた。

―私……セリオの事、好きだわ。こんなに私の事を愛してくれる人はもうきっと現れない!

 リリィは緊張しつつ口を開く。 

「わ、私もセリオの事が好きです……貴方がずっと私の事を愛してくれれば良いと思っています」

 真っ直ぐに彼を見て言う。

「!」

 セリオは黒い瞳を見開く。緊張した様子の彼は、長い髪が逆立つようだった。

「ほ、本当か!」

 両肩を握られる。リリィは、頷く。

「お、俺は、ずっと君の事を愛する! 信じてくれ!」

「本当に信じて良いですか? 嘘だったら、永遠に呪いますからね!」

「もちろんだ! けして嘘などつかない! 誓約しよう! この魂にかけて『我が心は、永遠に貴方の物だ!』」

 彼の宣言と共に、青い炎が彼の胸に宿る。リリィは、その光景に目を見開く。

 魔法使いの行う『誓約』には大きな意味がある。何しろ、それを破れば必ず罰を受ける。そしてセリオは、誓約を破った時の代償として、自分の魂を差し出した。つまり、死ぬと言っているのだ。

「あ……そんな……」

 彼のとんでもない行動にリリィは驚いた。生命を賭けた誓約は、騎士が王へ行ったりするものである。夫婦間で行うような物ではない。けれど、彼はそれを一切の躊躇無く行った。リリィは、彼の本気の行動を見て身体を震わせた。

―この人、本当に私をずっと愛するつもりなんだ。

 リリィは、セリオの握った指輪に手を伸ばす。

「私、貴方の妻になります」

「本当か」 

 セリオが、頬を紅潮させる。りりィは笑みを浮かべる。

「ここまでされて、疑えないですよ。貴方は、私をこれからもずっと愛してくえる。そうですよね?」

「あぁ、もちろんだ」

 リリィが左手を差し出すと、彼が指輪を付けてくれる。指輪を付けた左手にキスをされる。

「一生大事にする」

「えぇ、ありがとう……」

 リリィは心の底から幸福な笑みを浮かべた。





おわり



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