彼の者の日常その1
生まれた時には、いや生まれる前から声は聞こえていた、母親の物、父親の物、祖父母の物、親戚の物、近所に住む誰かの物、祝福も怨嗟も無関心も全て等しく聞こえていた。
生まれ落ちて、もっと聞こえる様になった、触れたシーツの枕のベビーベットのそれを過去に使った誰かの声を。
成長して言葉を発する頃にはもっと酷くなった、靴を通して大地の声を風を通して世界の声を、この身に触れる万物の声なき声を聞くようになった。
それが異常だと知った、それが異能だと知った、そして聞こえるだけではなかった、誰かに何かを強いる事ができる、誰かの記憶を消す事ができる、それに気付くのにそう時は掛からず、それに気付いてから私は家を離れた、両親や近所の者の記憶を改変して、病院の記録を改竄して、私は生まれて生きる事ができなかった赤ん坊として認識される。
そうして生きた死者となって、名を捨てた、命を捨てる事にした、全てを捨てると決めた、ただ未練が在ったのだろう、だから世界を見て回った、聞こえて知識として知っているそれらを実際に見て触れる旅を死へと向かう旅を始めた。
生まれた土地を地域を国を離れて渡り行く、移動にも食事にも寝場所にも困らなかった、親指を立てるまでもなく車は止まるし、頼むまでもなく誰かの家の空き部屋を使えた、三ツ星レストランでさえ無料で利用できた、私の終わりへの旅は一つまた一つと進んで、少しずつ少しずつ、目で見たい物も、実際に触れたい物も食べたい物も減っていく、旅を初めてから2年は経ったか、ある日何時もの様に町から町への歩き旅、車は走ってはいるが残念ながら方向を同じくする車は無かった、別に方向が違っても変えさせるだけなのだが私の勝手で何かを強いるのにも飽きてきた頃で、途中迄でも乗っていこうかと考えていた頃になって車が止まった。
珍しくもない、故障したか、催したか、酔って風に当たりたい子供でも居たか、それともこの道路くらいしかない平原で珍しい物でも見付けたのか、私には関係のない事だ。
「Hey.HowmayIhelpyou?」
そんな一言を聞いて他に誰か居るのかとも思うがそんな筈もなく、アジア系の男性が私を見詰めて問いかける。
ありえない、認識すらできないただの石か何かにしか見えない筈で、せいぜい車に轢かれでもしないように看板か何かにしか見えていない筈だ。
「youareIostchild? whereprents? house?」
もしも車から下りて看板に大丈夫か? 迷子か? 家は? 両親は? と聞いている奴が居たらソイツは薬をヤリすぎてるかもはや幻聴や幻想の区別が無くなるほどに精神を荒廃させたかのどちらかだろう、前者なら目付きや体の動きが常人のそれではないし後者のそれとも違う、と言うかどちらにしても車の運転をまともにできるとは思えない。
「困ったな、この辺りの人じゃ無いだろうけど英語通じないか、警察……も英語通じるか解らないし、日本はまだ早朝か、男鹿さんもう起きてるかな」
「貴方、私が見えてるの?」
「驚いたな、日本語話せるし冗談まで言えるとは、ってそうじゃなくて、大丈夫? お家が何処か解る? それかホテルの名前は?」
「貴方、異能持ち?」
「いや、違うけど? 娘はそうだけどってそんな事より君の家は」




