自宅の日常その2及び隠れ家
上半身裸で風呂場に入りそのまま椅子に座ってじっと待つ、さながら打ち首を言い渡された武士の最後のように堂々と粛々と、ミルクチョコレートのような肌とそれなりに鍛えられた引き締まった肉体が寒々しいが幸いにして風呂場は暖房が完備だ、梅雨の時期は服も干せるのだから見た目に反して肌寒いだろうが凍える程ではない。
蒸しタオルが頭の上に乗せられて軽く皮脂を取りつつ毛穴を開かせ、お湯で濡らしたブラシの先に石鹸を浸けて頭の上で泡立てる、そのまま仕上げとばかりに革砥で表面を整えた剃刀が頭の上をゾゾゾと撫でる、僅か1ミクロンの毛も許さぬとでも言うように丁寧に剃り上げて蒸しタオルで軽く拭いてから乳液とクリームで油分を補う、そこまでしてようやく満足したのか何度か手で頭を撫でて出来を確認してから今度は顔にタオルを乗せて同じように髭が剃られていく、まるで床屋にでも居るかのようだが家の風呂場である、そして散髪屋や床屋、はたまたヘアサロンの店員ではなく素人である、これでお小遣いを受けとるため利益供与は間違いなく、中学生が理容師免許を持っている筈もないため完全な脱法行為だが気にする者は一人も居ない、と言うかそもそも脱法行為だと知らないのだろう。
おおよそ週二で剃髪が必要になるため一回500円とは言え親から貰う以外のへそくりとして2000円は固い、月に一度はファミレスで豪遊できる程度には稼げる。
隠れ家は趣味に極振りしてこそ隠れ家足りえる、ロマンと理想をこれでもかと詰め込んで好き勝手にするからこそ隠れ家なのだ、故に生活スペースとして見た場合、そこまで居住性は無い、あくまでも遊ぶための場所で好き勝手するための場所。
二階に上がって直ぐにだだっ広いリビングダイニングキッチン、扉等はなく、一段高くしただけの寝室、後はトイレと風呂だけ、空調を使えば電気代が物凄い事になりそうな作りでベランダも小さな物があるだけだ、代わりに車庫は広いがだからどうしたで根本的に住むためではなく休むためのスペースとしている。
雨の日に逃げ込んでカップラーメンで夜を明かすための場所、機械弄りに没頭してそのまま泥の様に眠るための場所、徹夜でゲームをして読書して過ごすための場所、プラモデルを組み立て塗装し改造して飾るための場所、隠れ家とは斯くあるべき物だろう。
だから住むための空間を新たに作る、作らざるをえないと言うべきか、いや、それ以前に新たな空間も同じく作る必要がある、残念ながら自分の空間を爆弾やら毒に侵される訳にはいかないし居住空間は言うまでもない、塗装に使うために危険物も有れば予備のガソリンやエンジンオイルも有る、そんな所で火気を扱われた日には建物が吹き飛ぶ。
幸いにして隠れ家の対面は長らく空き地であり、テニスコート一面分が有るかどうかだが十分に広いと言える相場で買えば約560万円、手数料等を含めても1000有れば十分だろう、税金は追加で必要にはなるが確定申告までは無視して良い、後はボウリング調査をして建築するだけだ、それに己の感覚を信じるならば少なくとも範囲内に断層だとか地下水脈の類いは無い、より深い位置となると流石に解らないが幸いにして過去の地質データやなんかは調べれば出てくる。
卒業と同時に個人事業者となると決めているからには実家暮らしは様にならないと不動産屋を巡って所有者を調べてもらい、坪単位で相場に色を着けて購入の意思を示す念の為にジャブとして相場を提示しフックとして5000円、右ストレートの7500と顔色を見ながら頼むと営業マンに言い含めて三ヶ月、ようやく値段交渉が着いたと連絡が来たのは夏休みを終える頃で登記で79.8坪、坪単価で8500円という微妙に相場より高値だが駅に近いという点を見れば妥当だろう、手数料に調査費に建築費用に、バイトで溜め込んだ財産が泡と消えていく、それでも夢とも呼べないマイホームだ、何故だがマイホームの真横に爆発物やら毒の研究スペースのある家等普通は存在しない。と言うか家の建築費用よりも研究スペースの建築費用の方が高い、安全監理上必要だがそれだけの資金を投じて自分を殺す毒や爆弾の研究開発スペース、手の込んだ自殺にしては金が掛かりすぎている。
しかも、仕事のためのスペースも新たに必要になるためそこの選定もしている最中だ、何せやる事がやる事だ、事務所をコンテナハウスにするにしてもそちらもそちらで金が必要になる、この数年で溜め込んだ全てを吐き出す訳ではないがその他の道具や家具を考えると半分は覚悟が必要だろう。