裁判
「えー被告人の姓名、年齢、職業、住居、本籍、全て不詳、起訴状、本年4月6日16時頃、千葉県館山市〇〇6の3の27私立西岸高等学校に侵入しピッキングで屋上に侵入、その後ロープ降下で校舎の窓ガラスを蹴り破り用具室内で発砲、中に居た男子生徒の頭部を攻撃した後、女子生徒にも発砲、男子生徒はその場で死亡、罪状、不法侵入、器物破損、銃刀法違反、殺人、及び不法入国、武器密輸の疑い」
それはドラマでしか見ない様な光景ではあるが残念ながら年がら年中何処かしらの裁判所で行われている光景である、これほどまでの大事件は無くとも窃盗に暴行に殺人、酒の席だとか借金だとか食うに困ってだとか、理由も様々に毎日のように何処かで誰かが審議か裁きか示談か、それらを受けるのが裁判所という場所だろう、検察と弁護士と被告と場合によっては原告、そして裁判官と場合によっては裁判員、傍聴と刑務官や警察官、本当に必要最低限が居るだけの空間と言えよう。
規定に則り幾つかの手順を越えていくが警察での取調に検察での聴取、弁護士との接見、その全てで黙秘を続けた男が今さら何かを言う筈もない、せめて言語だけでもと多数の言葉を投げ掛けてみたがイエスノーは勿論首を縦横に振る、ウインクやボディーランゲージすらない、紙に幾つかの言語を書いて見せても無意味、完全黙秘であり所持品から身元が解るような物もなく、顔や体つきから少なくとも海外の血は入っているだろうが入国記録にも乗っていない、当然の様に国内の前科はなく幾つかの国に照会を求めて返答が有った数ヵ国もまた真っ白、無い無い尽くしだが罪状だけがハッキリとしている。
被告人質問を沈黙と瞬きと僅かに体を揺するだけで終え、弁護士も検察官も裁判官ですら『これ、どうにもならんな』と便宜的に求刑と減刑を競って終わるだろうと予測する、それでも全員が己の職務を全うするしかない、検察は罪に対する罰を、弁護士は減刑を裁判官は正しい判断を、或いはそう在ろうとする。
「えー、こちら写真は事件直後に警察によって撮影された当該教室の写真です、見ての通り血痕はもちろん弾痕すら見受けられません、弾薬に関しては発見されていますが壁や天井、椅子に机などには発砲による物と推定される傷がない、また被害男子生徒が異能によって回復している事から殺人は不適当であると弁護人として申し入れます、殺人未遂及び傷害が適法であり求刑の無期懲役ではなく懲役6年、執行猶予に関しては事の重大さを鑑みて求めませんがこのくらいが妥当でしょう」
拡大印刷された写真を手に被告人が僅かにでも社会復帰が叶うように尽力するがこれほどまでの徒労は国選弁護士として数度の経験の中でも初めてだ、何せ情状酌量を得ようにも当の本人は一切の言葉を発しない、ただ行った事実のみが残り検察の印象は最悪だろうし裁判官のも良くはない、となるともはや別の部分を引き合いに出していくしかない。
「その件に関しては証人喚問により明らかにしたいと思います、可能であればこのまま証人の出廷を求めたいのですが弁護人はいかがですか?」
対して非常に涼しげにそう来るのは解ってましたよと言わんばかりに、いや実際予測できていたのだろう、沈黙は金どころか金剛石、それも天然で大粒のブルーダイヤか何かと同じくらいに価値が有ると思っているのではないかと勘ぐるくらいにウンともスンともで呼吸と僅かな咳払いと欠伸くらいしか彼が口から音を発した事は無い。そうなってくると例えば身の上がどうとか心理的にどうとかで減刑を求めるのは不可能だ、仮に失語症や言語障害を理由にするにしても紙に書いた文字に手話に写真にモールスにとあらゆる方法で沈黙、言語にしても日本語に英語、フランス語にラテン語ドイツ語ロシア語、その他おおよそ十の言語は自動翻訳機や通訳を介して問い掛けたか無駄に終わった、今も被告の耳に付けられたイヤホンから数ヵ国語で翻訳して裁判を進めているからかなり進行が遅い、心証が最悪過ぎてそういう方向での酌量は望み薄となれば求刑に手を伸ばすしかない。
「証人は未成年かつ被害者という事を考慮し姓名に関しては傍聴人に守秘義務が無い以上この場では秘匿とし宣誓は書面のみでの確認となります」
出廷してきたのは180センチを越える長身にそれなりに鍛えられているらしい肉体、浅黒い肌に見事に剃られた頭、そして就活生ですと言えば納得しそうなスーツ姿、気怠そうな、面倒臭そうな雰囲気を隠そうともしないのは少々問題だが当時の状況を知る四人のうちの一人で二人は完全沈黙、残り二人は義務的に受け答えするが学生、本人曰くこういう場に後輩を出すわけにはいかないと立ってくれているだけありがたいのだろう。