雨の日常その1
深井沈華が西岸高校に入学して本格的に異能部に席を置き、入り浸る様になって一月と少し、そろそろ梅雨も見えてこようかという五月の頭、少し早い前線が雨を降らせてジメジメシトシト、入学以来ここまで本格的に降るのは始めてで天気予報が丸1日雨マークと言うのはかなり久々となる。
運動部の中でも屋外系は今日は練習を休んでミーティングか、でなければ休養か、残念ながら体育館でというのはこの学校の場合望み薄だ、雨の日となると体育館は基本的にテニス部が占拠するし、ここの場合一階が畳張りの道場と新体操用のスペース、二階がバスケとかバレーとかが可能な体育館となる、となるのだが文武の武よりの学校として新体操部は県内有数の名門、テニス部剣道部は強豪、他は中堅からそこそこ程度、結果が全てのスポーツの世界で競技は違うがコンスタントに良い結果を出す部を優先はする、つまるところ野球だとかサッカーだとかが入り込む隙間なんて最初からなく、せいぜいが渡り廊下をグルグル走り込む程度。
梅雨時期ともなると雨続きと諦めて泥に濡れながら練習に励みもするだろうがまだ肌寒さも残る、スパルタ式でも風邪を考えるならばこの時期はもう諦めるしか無いし梅雨時期でも小雨とか、気温や体調次第だろう。
まぁ雨となると大半の奴はアンニュイでダウナーになるだろうから効率は下がる、そもそも雨でテンションが上がるのは蛙か変わり者か日照り中の農家か、あるいは映画の真似をして雨の中で歌いたい奴くらいだろう。
窓の外はシトシトと雨粒が降り注ぐが屋内ならば濡れる心配もなく朝に見た天気予報とホームルーム中に盗み見た天気予報を信じるならば17時には曇りに転じる、残念ながらまだ1時間は潰す必要はあるが中学時代とは異なり部活という大義名分と無料で紅茶やハーブティーが飲める部室が有る、教室でダラダラ過ごすのは同じでも充実感は真逆ではないが違うだろうと部室に足を運んだ。
しかし珍しく鍵が掛かっていて職員室に向かうか待つかの二択を迫られる、基本的に部室に来ればどちらかの先輩が居て鍵は開いている、どうやら合鍵を作って持っているらしいと気付いていて見て見ぬふりだ、そっちの方が便利だし教師に告げ口したところでだ、何せ片方は鍵なんて無くても内側から解錠可能な念動力、片方はある程度離れていても物を手元に運べる転移能力、鍵なんて有って無いのと同じだ、そもそも鍵の借り出しや返却が無いだろうから教師も合鍵か何らかの手段による解錠施錠を知っているだろう。
職員棟に借りに行くのも面倒でとりあえずSNSで連絡してみる、グループチャットでどちらかが気付けば何かしら返答か反応か有るだろうし気付かなくとも双方共に遅れた事は有っても来なかった事は余りない、音矢ならば外せない新刊の発売日、略ならば風邪とかで休みは有ったが基本的には全員が集合する。
「あー、やっぱり居た、一応見に来て正解だった、今日は休みだけどどうする? とりあえず中入る? 鍵は貸しとくけど」
現れたのは音矢の方でやはり合鍵を作っているらしくキーチェーンから小さなソレを外して見せる。
「休み、ですか?」
「そ、ほら、今日は雨だし」
その返答に疑問しか出てこない、雨だからどうだと言うのだ、運動部なら兎も角としてただ部屋に居るだけの部活で天候なんて関係がない、それに何より夕方には止むのだからそれを待つ意味でも休みにする理由が思い付きそうにない。
「雨?」
「んー? もしかしてだけど忘れてたじゃなくて知らないのか、とりあえず中で話ししましょう」
部屋の鍵を開けつつ慣れた仕草で扉を開けてライトのスイッチをオンにする、後は自分の定位置となる椅子に座るだけで彼女なら窓際か、中央に置かれた机を四つ繋げてテーブルにした奥側、深井ならばテーブル手前、略ならばテーブルから少し離れて入り口近く、 あるいは天井に張り付くなんて奇行も当たり前の様にだ。この用具室で彼だけは定位置らしい定位置はない、せいぜい決まって椅子は逆に腰掛けて背もたれに手を置くという座り方をするくらいで時には椅子を複数繋げて寝てたりする事もある。
「言って無かったかもしれないけど、アイツ、雨だけはダメなのよ、雨って言うか低気圧? 一気にテンションって言うか体調とか悪くなるのよ、そもそも雨の日は学校に来る事がレアね」
「えっとそんなの防げば良いんじゃ」
普通ならば無理でも彼のバリアーに不可能はない、例えば異能すら防げる不可視の壁を張れるし個数に上限も無ければサイズも形も自由自在、低気圧が嫌だと言うならばそういうのを防げば良い、それは難しくもない対処法だろう。
「それがどういう理由か防げないのよ、気圧は問題なく防げるわよ? こう球体状のバリアーの中と外で気圧差が有っても内部を1気圧に保つとか余裕だし、当然雨を防ぐのもアイツからしたら朝飯前を通り越して寝ながら食べるくらい」
「寝ながらって、そっちの方が難しい気がしますがニュアンスは伝わりました」
「まぁ何にしても雨の日は基本的に部活は休みって覚えてて、因みに台風だと学校に来ない、って言うか部屋からほぼ出ないわね」
「今日みたいな日だと別荘って言うか別宅にでも帰ってる筈よ」
「別宅とか持ってるんですね部長」
「持ってるわよ、自宅より10分くらい近いから、たぶんそこで死んだ様に寝てる筈、バイクとか車とかそこに置いてる感じで後は私の本とか勝手に置いてる」
普通の高校生ではないなら普通でない物を持つ、例えば数台のバイクとか車、別宅なんてのもその一つなのだろう。