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異能部  作者: KAINE
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最初の日

 死は誰にでも平等に訪れる物の一つだ、大金持ちでも貧乏人でも有名人でもそうでなくても、老若男女の隔てなく、美醜も人種も宗教も越えて等しくやってくる命の終りだ。

 病気だったり、年齢だったり、怪我だったり、そこに内外の要因の差や程度の差は有っても必ず死は訪れる、それは生誕したその瞬間から、或いは生まれ落ちる前から決まっている事でそれから逃れるために医学は発展してきたとも言える。

かつては風邪や小さな切り傷ですら命を奪う相手だったが、生活環境が良くなり、栄養状態が良くなった結果、風邪は悪ければ数日寝込む程度の物になりそれを原因として亡くなるのは体の弱ったお年寄り等くらいだろうし、小さな切り傷から破傷風を初めとした病気も抗生物質等を服用すればやはり体が弱っている等の理由が無いならばそこまで大きくはならない。


 それでも、例え医学が発展し居住環境が栄養状態が良くなったとしても、死は必ず訪れる、何時かは解らないし何処からかも解らないが誰の前にも、もしかしたら後ろや横や上や下からかもしれないがやってきて、そして何処かへと(いざな)っていく、神々の居る天上か悪魔が手ぐすねを引く地獄かは知らないが、或いは無の果てにでも連れていくかもしれないが、必ずそれは現れて、そしてそれから逃れる術を人は持たない。

  だからこそ命を粗末に扱うななんてのは世界各国何処ででも当たり前のように唱えられるお題目で、殺人が罪で無い国が無い理由なのだろう、死んだ者は取り返しが着かない、運良く救命が間に合うなんて例は希では無いにしても必ず起こる訳ではなく、そこで助かり以後どれ程願ったとしても数年か数十年か先送りにしただけだ。


 性善説性悪説のどちらが正しいのかは横に置くとして、子を持ち人に優しく、礼儀正しく真面目で勤勉で、そんな誰かでも人を殺める事も有るのが交通事故だろう、真面目に仕事をして、家族と共に過ごし、友人と語らって有名でなくとも裕福でなくとも満ち足りた人生を送っていたとしても、ほんの僅かな気の緩みや些細なミスが自動車という法的に許された凶器が暴走する切っ掛けとなる。

 彼は悪い人間ではない、そりゃあ歩いてる時に信号無視をした事が無いなんて口が裂けても言えないし、多く貰ったお釣りを財布に閉まったり嘘を着く事もある、それでも周りの人から見て彼を垣根無しに悪人と言う奴は居ないくらいには善人だ、勿論、物凄くボランティア精神に富んでいて身を切り捨ててでも誰かを助ける程では無いし自己犠牲の精神で誰かを救う事もないが、それでも一般的な普通という箱を用意したならはみ出る部分は欠片もない。

そんな彼は運送業に携わり大型のトラックを全国津々浦々に走らせて荷物をアッチからコッチにソッチから向こうにと走り回るのが仕事で家に帰れる日は多いとは言えないまでも妻と子を愛して仕事をするような男だった。


 急なシフトの変更やクライアントとの食い違いによる作業変更、それらのせいで本来なら休める筈の時間になっても走り続けて、その上で配送を済ませるためには眠い目を擦りながら住宅街を走るしかない、仮に仮眠でも取ってしまえばそのまま一昼夜は動けず目を覚ますと同時に帰宅もできずに出社してまた仕事と言うくらいには疲れていて、だからこそ道を急ぎ、しかし法定速度は守りながら配送センターまでもう少しという所までは漕ぎ着け、さぁ次の信号を曲がれば後は道なりだとほんの僅かに気が抜けた、いや抜いてしまったと言うべきか、一気にやってきた疲労と睡魔はほんの数秒間視界を閉ざして体から意識が抜けた。

 気付いた時には遅すぎた、住宅街という事も有って法定速度より僅かに遅く走っていたとは言え時速40kmの大型トラックだ、ブレーキを踏んでから止まるまでにメートル単位で進んでしまうし荷物は満載、その質量だけでも人間は容易く押し潰されてしまうだろう。相手が子供となれば尚更で上手く力を抜いて地面を転がりエネルギーを地面や回転で逃がしても怪我は避けられない、それも当たり所が良ければの話だ、急ハンドルすら間に合わずほとんど減速しない子供の影が見えた一秒後には11mも進んでいてその頃になってようやくブレーキが踏めるのだ、20mも離れていない距離では減速できてせいぜい時速数キロ、荷物を満載した10tトラックが時速30kmとして、車重を会わせれば30t近い、エネルギー量はハンドガンやライフルすら凌駕する、そんなものが人体にぶつかればどうなるかなんて数字を使わなくても解る、非常にシンプルで非情なまでに変えがたい、死という答えに行き着いてしまう。


 唯一幸いと言えたのは、轢き飛ばしてそのままタイヤに巻き込んだり乗り上げたりはしなかったという点だろう、そうなっていたならほんの僅かな助かる見込みは零になるし何より棺桶に入るのは人の形を保っていない可能性が高くなる。

 誰かの悲鳴を聞きながら一瞬ハンドルに覆い被さり、ほんの僅かな気の緩みが招いた最悪の結果を確認するべくシートベルトを外して外に出る、どちらにしても警察に連絡する必要はあるしまだ息があるならば救急車も呼ばないといけない、会社への連絡はその後でも良いし会社より先に家族にだろう、生きているにしても死んでいるにしてもこれから先の自分の人生の全てを捧げて償い続けなければならない業を目にした。

子供は体が柔らかい方だろうし膝を曲げずに指を地面に着けたりは難しく無いだろう、訓練を積めば大人でも全身の間接がタコの様に滑らかになるし極めれば間接を自由自在に脱着して人知を越えた動きもできる、しかしそれでも人間が真後ろの光景を見る事は鏡を使うか体全体を捻るしかない、首と視線だけではどうやっても真後ろは見えず死角になる。

だというのに、地面に転がった少年の顔は背中を向いている、綺麗に180度回転して真後ろを、どんな曲芸師にだってそんな事は不可能だ、間接を脱着できるとか柔らかいというレベルを越えてしまっている、気付けば疲労と睡魔は吹き飛んでいて、代わりに絶望だけがそこにある。


 携帯を取り出して辺りを見渡せば母親だろう女性が駆け寄る様を見て、余計に痛みにも似た感覚が全身を支配する、今ここに弾の装填された銃が有ったならば躊躇なく己の頭に突き付けて引金を引いただろう、自分の子供とおそらく一才も年が離れていないだろう、浅黒いを通り越してビターチョコレートのような肌と見事なまでのアフロヘアー、血を流して横たわるその目にはもう何も映っていないし、これから先映す事もない、誰にでも平等に訪れる死は僅か数年という短い命を消し去った、いや他の誰でもない自分が消してしまったと男は突き付けられる。


 だが、有史以来、有史以前も含めて一部のクラゲを除けば逃れられなかった筈の死は、何者もが恐れ何者であろうとも差別なく訪れる死が、神か悪魔かそれ以外が定めた有り様は伝承を事実とするなら神の子以来の例外を生み出した。

 車を降りて携帯を取り出すまでの無限に思えた5秒弱、時計の秒針がもう一つ進む寸前に、何事も無かったかのように少年は起き上がった、頭の向きも正常で怪我は勿論の事あれだけ血を流していたのに服には地面を転がった汚れと破れしかない、もしも神の奇跡というものが有るのならば目の前の光景を指さずして何を示すと言うのか。

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