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異能部  作者: KAINE
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異能部の日常その20

 暇を持て余すというのは実を言うと物凄く贅沢な話なのだが同時にストレスにもなってしまう、ただボーッとする時間を欲している人から見れば意味が解らないが何もする事が無いというだけでダムをぶち破り氾濫するが如く勢いと雑多さで遊びが枚挙に暇がない現代において、読む本もなく、ゲームや映画アニメにドラマもなく、音楽もなければ話す相手も居ない、かと言って何処かに遊びにいく気力もなく無為にネットサーフィンをする気にもならない、そんな暇を持て余す瞬間は意外にストレスが貯まる時間だ。

 ただ体を休めるだけで良いし聞き飽きた音楽を聞き流すでも良い筈なのだがそれすらも暇と断じてストレスに変化させる、嗜好品が乱雑に飽和したからこその現代病の様な物だろう、最も贅沢な時間の使い方は何もしない事等と言うつもりは毛頭無いしそれを否定もしないがただ無為に時間を過ごすというのは苦痛になりうる。

そんな余暇は誰にでもふとした瞬間、ある日ある時間に訪れてしまい、不思議な事にそういう時に限って積んでる本だとか、見たい映画だとか、録画したまま見ていないドラマだとかが無く、有ったとしても手を伸ばそうと思わないか時間的に中途半端の不完全燃焼を味わうと予想して伸ばせない、特に意味もなく真っ昼間から風呂に入るだとか部屋を掃除してみるだとか、そんな事に時間を使うのはもったいない気がしてしまい、ただ無駄に時間を浪費する瞬間、五分か十分か悩みに悩んで一時間か、脳が沸騰するか細胞が焼ききれるくらいに知恵を絞って暇潰しを見付けるという謎の時間。

その時間でシャワーでも浴びればスッキリするだろうし目的も無く散歩にでも行けば良い、雨が降っているなら傘を差せばいい、他人事と思えば、あるいは後になってみればそんな答えの一つにも行き着くのだろうがその瞬間の当人にとってはそれら全てが不適当なのだ。


 「なんや珍しいな、自分一人か」

 何時もの様にコテコテの関西弁丸出しは聞きなれればどうという事はなく、また基本的に関西弁はイントネーションや語尾が特殊なだけで意味事態は通じる事が多い、固有名詞が変わる物もあったりはするが物凄く極端に方言による会話が成立しそうにないという現象は起こらない訳ではないがかなり稀有だろう。

 「ええ、板野校長、何かご用ですか?」

 「いや、こないだ貰ったセイロンのお返しに内緒でクッキーでもと買うてきたんやけど、自分、男鹿に伝えといてくれへんか?」

 「構いませんよ、本人もすぐに来るでしょうが」

 「直で渡したいのは山々やけどあんまり贔屓は誉められたもんやないからな、それに今から理事会に出なアカンからお暇するわ、ほなよろしゅう言うといて」

 「はい」

 ある意味においてこれは福音だ、毛ほどを通り越してノミやダニの卵ほども神を信じてはいないが音矢菜慈美にとってもたらされたクッキーは甘味以上の意味がある救世主に見えた。


 基本的にクッキーに限らず大抵の食品には使用した材料や栄養素、製造年月日、賞味期限等がパッケージ裏に書かれているかシールで貼られていたりする、例外は個人の洋菓子屋でそういった設備が用意できない等の理由くらいでほぼ全てにそれはある。

 それを食い入る様に読む、小麦粉とバターと砂糖と卵、クッキーなんてのは基本的にこの材料で後はバニラエッセンスかビーンズ、紅茶の茶葉やチョコレートチップ、ドライフルーツや抹茶パウダーココアパウダー等が加わるくらいで基本は同じだ、作り方も常温でマヨネーズ程度にまで柔らかくしたバターと砂糖を生クリームの如く真っ白くなるまで混ぜ、そこに卵を少しずつ加えて混ぜ、風味となるバニラや抹茶を加えて篩にかけた小麦粉を混ぜ合わせる、後は成型して焼成するだけだ、分量や工程に多少の違いは有るだろうし砂糖や小麦粉に拘りを持つ事も有るだろうがここから外れる事はかなり少ないだろう。

それでも一文字一文字、食い入る様に文字を追う、製造年月日も賞味期限も句読点に至るまで逃すまいとばかりに読む。


 「ほい、とりあえず週刊紙と新刊の推理物と恋愛物な」

 扉からではなく窓からという登場はよほど急いでいたのか、その証拠に上靴をフヨフヨと浮かせて窓の縁に腰かけて履いているくらいでまだ紙のブックカバーも着いたままの小説や紐付きの週刊紙をフヨフヨとテーブルの上に乗せる、昇降口で靴を変える手間も廊下を進み階段を登る手間もすっ飛ばしている事から明らかだろう。

 普通はそんな登場に苦言を告げるか驚くかするが待ってましたとばかりに飛び付き、とりあえず最新号のファッション紙を読む、インタビューだとか目次だとか広告だとか、とにかく活字ならなんでも良いと読む。


 「ん? クッキーなんて買ってたか? ってかスーパーやコンビニじゃ置いてなさそうだな」

 そんな問いに

 「板野校長から紅茶のお返しにだって」

 週刊紙から目を離す事すらなく告げる、もはや心ここにあらずで活字の世界に浸っていた。


 その様子に心底ホッとしたように自分の定位置に腰かけて紅茶を淹れていく、そろそろ後輩も来るだろうしと人数分用意しつつ戦々恐々のこの数時間を反芻するように目を閉じて眉根を指で揉んだ。

 ビブリオフィリア、活字中毒症という病気ではない何かはそれなりに罹患者が多い病で音矢菜慈美の場合は日に最低十数万文字、文庫本一冊程度の活字を読まなければ発狂しそうになると言って憚らず、常に三冊は本を持ち歩いているくらいだが一冊二冊では足りない日というのも当然のようにあり、読み飽きた物はあまり受け付けないという性質も有り月に数十冊も購入したり学校の図書室や市立図書館から借りてきたりと読んできた本は万を越えている、そんな彼女が朝から休み時間の度に本を取り出し鬼気迫る勢いで読み出した時点で幼なじみである は絶望する。

こういう日の彼女は際限がない、幸いにして速読という程ではなく一冊辺り一時間前後は要するため休日でも二十冊も読めば多い方だし気に入った作品なら即二週目に入るため山と積まれる訳ではないがほぼ無休で読み続けていく、しかし休み時間と放課後の帰宅時間まで、学校を出る前から読み進めれば三冊なんてあっという間に読み終えてしまう、そうなると今度は活字を求めてストレスをひたすらに溜め込む事になり只でさえモラルもリミッターも無いのがほんの僅かな我慢すらも効かなくなる、故に午後最後の授業を終えてロングホームルームの挨拶を済ませると同時に は飛んだ、教室の窓から飛び降りて一目散に昇降口に向かい靴を変えるとすぐさま近くのそこそこ大きな本屋まで、下手に刺激すると簡単に爆発する危険物を放置する程に彼はバカでもないし、自分は大丈夫なんて勘違いもそれを嗜めてこそなんて蛮勇も持たない、特に自分はエアパッキンよりは頑丈で替えが効くのだ、ストレス発散に付き合わされるのはゴメンだろう、いや、そもそも放課後ずっと爆発四散したいって奴は居ない。その嵐から逃れるためなら本屋に飛ぶくらいは簡単だしほんの数千円を浪費するのも格段に安い、何せデフォルトで発狂しているようなのが自ら発狂しそうになるなんて言い出すのだ、只でさえが幾つ重なっても言い表せないくらいに極まってしまう。

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