外れた者の日常その2
「ちゃんと正確に理解しているようで何よりだ、冥府魔道だの地獄外道だの有るか解らんがそこに堕ちる覚悟も、何時か後ろから刺される覚悟も有るってなら上等だな」
「ここです」
「ふむ、女か、まぁどうでも良いがノックした方が良いのかね?」
「その方が無難じゃない? 個室っぽいけど礼儀的に」
そんな風にどちらともなく適当に会話を挟むのは常だが片や軽薄を絵に描いたような軽さでヘラヘラとニヤニヤと大抵を流して茶化していき片や気にも止めないから気にもしないというドライな反応という相反するようで破れ鍋に綴じ蓋と言うかバランスが取れている二人だが、だからこそ余計に深井沈華の悲痛な表情が浮いて見える、日常と非日常の対比がまるで闇夜に浮かぶ月の如く際立っていた。
「貴女はえっと、確か重盛さんよね? 貴女が今日のホストって事で良いのかしら?」
互いに被害者で加害者同士の対面とは思えない挨拶は寒々しくも苛烈な空気にはならなかった、片や認識を歪められたという可能性が有るが故に意識を持ってか持たぬか、証拠も無いために判断は着かないが婦女暴行と集団強姦犯のメンバー、片やその被害者だが男共を再起不能なくらいに痛め付けている、具体的には激辛の粉末や液を腸に直接手加減抜きで転移させ、急所を蹴り上げて釘を打ち付けるという形で。
だからこそ、それらを正しく知っている者が見ていたならなんともマヌケでなんとも異常な光景がそこに広がっていると思ったかもしれない、少なくとも当たり前な日常の情景とは受け取らないしその場にナイフか拳銃が有ったならば刺されるか撃たれるかしても何故という問いが生まれない筈の空間だ。
「さて、お久しぶりだ何処かの某さん、先に言っておくが俺はお前さんに許しを与えるつもりもないし立場でもない、同時に糾弾もしないがな、それを許されるのは被害に有ってきた方だけで俺は巻き込まれて巻き込んだだけの部外者だぜ?」
つい先ほど名前が出たのに覚える気がないと言外に告げているのか、そもそも興味すらないのか、ヘラヘラと飄々と常に変わらぬ暖簾に腕押し柳に風、発する言葉に意味も暗喩も責任もないとでも言いたげな口調は声色すら部室で紅茶を飲んでいる時と差異が無いくらいに常の様だ。
「さてと、後輩、俺を呼んだのは菜慈美のついでか? それともソイツの腹の中か? 仮に前者なら何故にそこまで緊張するのか解らんし後者でもやっぱり解らんのだが」
「推定6ヶ月くらい? アレの子供って所かしら? 今更ながらに気付いて産みたくはないと? まぁコイツなら気にもしないでしょうけど」
「うん、なんでそんなに驚いてるのかね、知ってるからか? そりゃあ俺らには便利な便利な空間把握が有るからな体内だろうと部屋の外だろうと範囲内なら手に取るようにだ、仮に殺人云々に驚いてるなら俺は後輩にどれだけ人格面で信頼されているのか問いたくなる、ちゃんと苛烈な部分も見せてたとは思うが?」
「見ていて見てないんじゃない? 何時もヘラヘラしてて怒る気配も無いのがまさか人を殺す、ましてや赤子胎児をなんてあり得ないって」
「んなアホな事が有るかよ、直接的にしろ間接的にしろ俺が殺した死体を重ねたら山になる、まさかその中に女子供や妊婦赤ん坊は居なかったとでも? そんな面倒になりそうな事するかよ、やるなら徹底的に禍根を残さずやる、そりゃあやる前に声だけはかけてやるくらいには優しいつもりだがその後は知らん、証拠が欲しいなら携帯で調べてみろまだアメリカで浮遊した土地はそのままで間違いなく住民は餓死したか死体を食ってでも生き延びてるかだ、アイツらも天の神様に近いところで神に救いを求めて祈りながら死んだか、まだ世界を呪いながら仲間や家族やもしかしたら己を食って生きてるかは知らんが神様とやらもそこまで思って貰えるんなら本望だろうし助けようって思うだろうさ」