家庭教師の日常その1
口笛は機嫌が良いならば全員ではないにしても吹く場合が多く、不機嫌な口笛というのはおそらく聞いた者を探すのが難しいどころか皆無とさえ言えるだろう。
「先輩、それマジで止めてください、頭の中で無限ループしそうです」
「えー、部族の数え歌じゃ無いのにどうして、アレより真っ当なメロディだぜ?」
「そういう問題じゃないです、今年はマジで赤点回避しないと」
「なおさら鼓舞するためにも良いと思うんだがな、コレ一応は行軍歌だし」
「少し音が外れてる所もあるけどスコットランドザブレイブよね? なんでいきなりソレなのよ」
「さぁ? なんか頭に浮かんだから、蛍の光ならそれ吹いただろうしヤンキードゥードゥルでも吹いただろうさ、意味なんてねぇよ」
「じゃあフィガロでも?」
「アレを口笛ってキツくね? 肺活量かなりいるぜ」
「先輩達の会話が高尚すぎて解らない」
「まぁ西岸高校は音楽おざなりだしな、俺らはほら、秘密基地は一応は高音質で聞ける環境だしさ、洋楽邦楽民謡演歌軍歌問わず有名所は揃えてる」
「歴史考証の一端として当時の音楽事情とかも絡んでくるから、昔の本読んでてモーツァルトの某がどうたらってジョーク理解できなくて笑えないって悲しいでしょ?」
「啓蒙が高すぎて着いていけそうにないです、勉強なんて学校の範囲だけできてたら良いじゃないですか」
「後輩、そういうのはできてから言え、四問目ミスってるぜ」
「沈ちゃんはちょっと捻ると面白いように引っ掛かるから出題者としては嬉しいけど教師としては悲しくなるわ」
「基礎はそろそろ固まったと思うんだがな、応用と発展がまだまだか、意地悪な問題への対応と大問をどう攻略するかだな、或いは大問ある程度捨てて小物で点数稼ぐ方にシフトしても良いが、そっちでも捻ったのはでるからな、それに小物を全問取れても配点でアウトになりそうだし」
「うーん、満遍なくってのが理想で大問半分は取れて小物で稼いで最低ライン60点ってのがベターだけど進学するつもり無いらしいしそこまでテストの小技が必要になるとも思えないのよね、もっとガチガチに基礎を固めて理解力と計算力とか上げていくしかないんじゃないかしら」
「やっぱ理科数学がネックだな、どうにかして底上げしないと給料分の仕事した事になりそうにない」
「公式見ると腐らせたくなるんですよね、数字とか記号とか、無機物とか概念はあんまりなんですけど私のポリシー的に×を見ると想像しないと失礼なんで」
「捨てちまえそんなポリシー、んなもん律儀に守って留年でもされた日には俺もコイツも立つ瀬が無くなっちまう」
「うん、ちょっと控えよう沈ちゃん、でないとマジに卒業ヤバイから、進学しないとは言っても卒業できないと履歴書の欄の数字がオカシイ事になるわよ」
「因みに会社の社長として言ってやる、病気や怪我やイジメみてぇな外的要因ならともかく成績不振やら素行不良の留年はマイナス評価だ、コンビニバイトくらいならともかく企業で勤めたいならストレート卒業はプラスにはならんがデフォルトだと会社は見る、最低条件ではないにしても二人三人と面接に来て一人しか取れなくて印象やら資格が似たり寄ったりなら学歴とやらがけっこう響く」
「じゃあ先輩の所で雇って下さい」
「俺は縁故採用とかしねぇよ? 他の社員に示しが着かないからな、それに採用担当は俺じゃ無くて人事だし人は足りてる、他を当たれ後輩」
「私を見ても無駄よ、それにコイツの会社だと貴女の才能とかスキルは役に立たないし例えば事務をやりたいなら簿記の資格は欲しい、それには勉強有るのみだし今はそんな余裕もない、何よりかなり酷い言い方になるけどかなり先より今とほんの少し先のテストを見据えないとそこからまたさらに先は真っ暗だからね」
「卒業してから先輩達がスパルタだ」
「おいおい、菓子と茶付きで週に一度は今をトキメク新進気鋭な俺も含めての手加減コースだぜ? 本気でスパルタって言うならお前さんの性格をねじ曲げて6時間は机に向かって休憩無しのお勉強になるが?」
「最低でも泣いたり笑ったりできなくなるくらいに叩き込むわね、あらゆる感情を無くして目の前の問題を解くだけの機械にしてあげるわ」
「先輩達が鬼だ」
「それは鬼に失礼ね、私達をあの程度の存在すら危うい物と比較するのは可哀想よ、ほら可愛い後輩のために私が私になってあげてるんだから、可愛い後輩なら後輩らしく甘んじて頑張りなさいな」
「いやはや我が妻ながら優しいな、手加減抜きなら何度死んでるか解らんぞ後輩、まぁ安心しろ、卒業まではキッチリ面倒見てやるよ、最悪おはようからおはようまで勉強漬けになるがな」
「おはようからおやすみまでの間違いじゃないんですよね、眠らせない的な」
「まさか、睡眠不足なんてのは美容と健康と勉強の大敵だ、ちゃんと6時間は眠れるよ、ただし起きても顔洗う暇も飯喰う暇も無いがな」
「それが嫌なら必死を越えなさい、大丈夫意外と人間はシブトイから」