生徒会の日常その4
「おいっすー、お裾分けに来たぜー」
夏も鳴りを潜めて残暑も消える頃、O略は努めて軽く生徒会室の扉を開く、そこの主と言える生徒会長とは文武で一二を争う仲と言うのに互いに行き来しあい、土産だとか差し入れだとか、今回の様なお裾分けだとか、稀ではないのだ。
そしてこの時期となると残りの二人は兎も角として板田からすると例年通りのアレだろうと察しも付く。
「ほい、毎年恒例、お袋の実家の庭木から取れたクルミな、生でもいけるが焼いても旨い、ってお前には言うまでも無いが残りの二人はお初か、とりあえずペンチとか金槌とか使わないと、いや書記ちゃんはワンチャン素手で大丈夫か?」
そんな風に飄々と捲し立てながら懐からビニール袋を三つ取り出す、彼の言うように母方の実家の庭木、それも一本や二本じゃない、曰く曾々祖父が好きで年中楽しめる様にと植えた木が七本も残っていて毎年大量に採れる、ご近所に配るにも限度が有るが幸いと言うか、隔世遺伝と言うか彼の妹がクルミ好きで数キロ単位で毎年送られて来る、しかし件の曾々祖父がそうだった様に最初は良くても次第に飽きも来る、結果として冬を越してもまだ消費する必要が有ると言う微妙な物で、その気さえ有るならば容易く伐採は可能だが惰性で残して久しい。
とまれ、毎年毎年お茶請けにクルミばかりも飽きるしご近所さんに配るにしてもまだキロ単位で残る、そもそも近年だと断られる方が多いし菓子屋とかパン屋に持ち込むにしても出所が専門の農家でも無いため断るだろうと兄妹が仲の良い友人に配り歩いてもまだキロ単位で残る、彼の場合はお隣で幼馴染たる音矢家は母が配るため数人のクラスメイトと部の後輩たる深井、そして例年通り板田、今年は新規で副会長である緒方、書記である影野両名にも配ろうと言う算段だ。
まぁ板田もまたクルミ好きなためビニール袋のサイズは異なり後輩二人の倍以上は有る、しかしそれもおそらく今年で終わる残念ながら来年はまた新たな犠牲者、もとい友人を見付けなければならぬと心で嘆きつつももし気に入るならば暇を見付けてでも押し付けに来ようと心には留め置く、因みに彼の頭の中では板田への取り分は来年も再来年も用意されている、進学先はどうあれ下宿等々はどうあれ喜んで受け取る稀有な者を逃す手は最初っから存在しない。
「毎年ありがとう、さっそく少し頼む」
とりあえずと鷲掴みにしたクルミを差し出してくる、それを受けて慣れた物でフワリと中に浮いたクルミがバキバキと砕かれて殻はゴミ箱に中はこれまたフワリと浮かした皿に盛り付ける、本来ならばクルミ割り人形だとかペンチとか金槌とか必要なクルミの殻を砕くという作業だが念動力という解りやすい異能は容易く砕いてしまう。
「あぁ、ありがとう煎ったのも美味しいがやはり生がな、毎年この時期になるとペンチとか持って来ようとは思うがどうにも忘れてしまう」
そんな風に言いつつクルミを口に放り込んでいく、この会話もまた例年通り、一年目は例外として今回で二度目だが去年と同じならばそう言って問題はないだろう。
バキッと別の所でクルミを割る音がする、誰かがペンチでも持っていた等ではない、筋肉である、膂力である、単純に握力でそれを可能にする肉体を持つ女子がこの部屋には居る、二つを使ってではなく一つをカンフー映画さながら親指と人差し指の付け根でバキリと砕く。
「いや、うん、冗談のつもりだったんだけど書記ちゃんマジか、握力どのくらいか聞いて良い?」
「前回は106kgでしたね、この程度あればどうやら小細工無しで割れる様です、しかしクルミは非常にありがたい、高タンパクで栄養豊富、脂質も多いですが悪い脂ではない、行動食にも最適ですしプロテイン程では無いですが運動後にも良い」
「うん、基準がオカシイ、JKのソレじゃないよ書記ちゃん、ってかプロテイン飲むんだね」
「当然です、まぁ普段は飲みませんが大会前とかは良く、私の場合体質的に日常的に飲むと筋肉が育ちすぎてバランスを崩すので」
「まぁ家に帰ればまだ有るし気に入ったならまた持ってくるよ、まぁ何度も持ってくると妹が煩いのと教師の目溢しも限度が有るが、そこの会長にしたってある種の贈賄だぜ」
「人聞きが悪い事を言うな男鹿、それにどうせ夏休み明けには退任だ、むしろ緒方君の方に言ってくれ」
「そういや卒業生の答辞、一応首席の俺か会長のお前さんかで喧々諤々って噂マジなの? 俺全くやる気無いんだが」
「マジだな、因みに俺は吝かでは無いが最後くらいは職責から解放されたい、俺の次となると特進課の誰かだろう、三位争いは熾烈だから最後の期末次第だが、まぁ順当に行って俺は断れんだろうさ」
「だろうな、先代が俺のアレコレで雲隠れして2年強も会長勤めたんだし最後の花道くらい学校も用意するだろうさ、そもそも対抗馬がやる気皆無なんだから揉める事が間違っている」