この世のポイ捨ての9割がタバコだと思うんですけど世界を汚染する喫煙者は苦しんで3人目
◇◇◇◇◇
「分かりみ深いわ。悪魔の私が言うのもなんだけどさ、歩きタバコって悪魔の所業だと思う訳さ。なんで現代日本でこの行為が許されているのか分からない、理解できない訳さ。だって人を殺したり気づ付けたりしたら罪に問われて、歩きタバコは問われないっておかしくない?」
「それな。タバコの臭い自体がきついんだよ。これもう一緒の空間に居たら服もカバンも汚れるしこれもう半分器物損害だろ。なんで許されてんだよ脳味噌タバコで腐ってんのか」
「分かる。悪魔界だって歩きタバコは禁止されてるんだよ? これもう許しちゃいけない大罪でしょ。赤ちゃんの顔に火種が付いたらどうするつもりなんだよ。お前の顔ならいくらでも汚れていいけど未来を担う生命を雑に扱うなよ」
「それな。そのくせ本人に罪の意識は無いって最悪ここに極まるって感じだろ。道路見てみろよ。捨てられてるゴミの99%はコイツらが投げ捨ててるだろ。イモムシになって来世まで罪を償えよ」
朝起きて仕事行って疲れて帰って来て23時の夜。
俺は最速でタバコの臭いをシャワーで洗い流し、速攻でハッキリ覚えた悪魔の名前を叫んだ。
そしたら恋人に駆けつけるような速度で、相棒は返事をして来てくれた。
「それじゃあ今日もいっときますか。ユーチャさん、お願いします」
「一本いっときましょう」
そう言って、目の前のてーぶるにゴトンと音を鳴らしながらボタンを置いた。
銀色の箱に、赤いボタンが設置されているソレに、僕は躊躇いなく。
「そぉい!」
と押した。
本当は連打したい所だけど、今なら許される気がする。
僕は喫煙者と違って、考える事ができるからね。
「それでは本日も、レッツエンジョイといきますかね」
狭いワンルームの時空がぐにゃりと歪むと、最近購入した21型サイズのテレビが突然砂嵐で表示され始める。
僕は昨日とは違い、ビールとツマミを用意してから、目の前のテレビに釘付けとなった。
◇◇◇◇◇
俺の名前は安井 大輔、33歳。
会社員。趣味はサッカー。もうすぐ主任に昇進するただの会社員だ。
「だりぃ。管理職になんてなりたくないよ……」
賃金は雀の涙ほどしか上がらないのに、責任だけは重くのしかかる。
今日もソレ関係の資料で、23時まで残業してしまった。
だけども、それも苦じゃない。
イヤホンから流れる実況が、俺を癒してくれる。
『日本一点先取! これは大きい! 大きいですよこれはぁ~!!!』
俺の数少ない趣味、サッカーで日本が活躍してくれている。
これほど元気付けられる事はない。俺の夢すら背負ったシュートが、たった今、敵のゴールへとぶち込まれたのだ。
「っしゃあ!!」
人通りの少ない深夜の道で、俺が大声でガッツポーズをした。
周りに誰かがいたら完全に不審者扱いだろうが、今この時の大事件を考えれば些細な事だ。
日本が勝つ。
優勝に一歩近づく。
……なんだか、とても勇気づけられている気がする。
いや、勇気づけられている!
ここから片道15分で、家に着く。
到着する頃には試合後半が始まっているだろう。
俺は胸ポケットから流れるように箱を取り出し、口に一本放り込む。
ガスライターで火をつけ、空を眺めながら、ゆっくりと息を吸い込んでいく。
――美味い。
まるで勝利の美酒のように、美味い。
肌寒い道のりの中、煙と温かい空気を体内から吐き出していく。
今日の疲れが、まるで空気と一緒に溶けていくような、そんな感じにスッと取れていくような感覚に見舞われる。
「俺は幸せな方かもしれないなぁ」
誰も居ないのをいいことに、そう独り言をつぶやいてしまった俺は、フフフと笑いながら、いつものように。
そう、いつものように――
――タバコを排水溝に投げ捨てた。
――その時だった。
鋭く大きな破壊音と共に、ゆらりと影を動かしながら倒れて来たのは――
……いや、それはありえないありえないありえない!
だって、俺は今、普通に歩いていて!!!
ここには車も無ければ、工事現場の機械すらない!!!!!
だから、あり得る訳がない!!!
――信柱が、根本から折れて、こちらに倒れてくるなんて!
ちょうどテッペンの、大きな変圧器が、ビリビリと火花を散らしている大きな鉄の塊が、電気を帯びて――
俺の体に、のしかかって来る。
「やばっ!」
俺の脳が、言葉よりも先に体を動かそうとする。
だけども、だけども、何故だか分からないけど――
動かない!
体が、動かない!
いや正確には足が地面とくっついたかのような、粘着しているかのうように、動かない!!!
靴を脱ごうとしても無理! 靴下も無理!
なんなん何なんだ一体これは!?
まだこちらに完全に倒れるまで数秒、まだ避けきれるはずだ!!!
必死になっている頭を冷静にして、上半身を無理矢理左に動かす……
――瞬間。
「だめだよ、お兄さん」
誰かが分からないが幼い子供のような声で――
誰かが、俺を押し返した!
「ぐええええええええぇぇぇええええ!!!!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
意識が途切れない。
電信柱の一番重い場所に下半身が潰された!
だけど、電気が、電流が、ビリビリって!!!!!
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
焦げ臭い燃えている俺の体は燃えているもうだめなのか。
頼む殺してくれもう痛くなりたくない。
助けて助けて助けて助けて助けて助けて。
――誰か、殺してくれ――
◇◇◇◇◇
TVの前の男は苦しんだ後に、動かなくなり、絶命した。
「……そういえば昨日の事、ニュースになってましたね。ネットでも映像が出回ってて結構話題にもなってましたよ」
「最初の行方不明っぽく死んだ奴も、そのうちニュースになればいいね」
「別にニュースにはならなくてもいいんですけど…… あ、僕のからあげ食べないでください」
「もぐもぐもぐ。いや、どうせなら派手に殺していきたいじゃん?」
「まぁ確かに。どちらにしろ、苦しんで死んで欲しいと思うのは間違いない事なので。今回は歩きタバコに加えてポイ捨てですからね、万死に値する自業自得ですね」
赤い髪、鋭い牙、黒い翼を羽ばたかせながら宙を浮かぶ、悪魔のような少女は――
「そうでしょ? たいした違いは無いんだよ。タバコ吸って、周りの寿命を削る行為なんて、死神にしか許されないってのにさ。まったく、人間如きが大した事を日常的にやってくれるね」
「それ、昨日も効いた気がします」
ぐにゃりと潰された体に若干の吐き気を押さえていると、TVは砂嵐状態になり、電源がプツリと落ちた。
「……じゃあ、スッキリした所で僕、明日も早いんで寝ますね」
「そうだね。夢に出てくるといいね」
「酒が覚めちゃったので、なんだかプラマイゼロでよく眠れそうなきがします」
「そうなるといいね。ではまた明日、この時間にね」
そういうと、宙をクルリと回転しながら、悪魔は去っていった。
僕はおおきな欠伸をしながら、タイマーをセットして、ベッドと睡魔に身を委ねた。
「……明日は、誰が死んでくれるのかな」
僕の人生に、楽しみな事が1つ増えた。