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エピローグ 2

 一面の銀世界で、圧倒的な強者を前に絶望的な戦いがはじまる――


「やはりそうだったかッ! 会いたかったぞ我が娘よ!」

「立派な卵だと思っていましたけど、立派な姿になりましたね」


 ――かと思ったところで、黒灰色(ダークグレイ)と黄金色、二体のドラゴンが口を開いた。


「…………は?」


「シャァベッタァァァ、ってこのパターン何回目だよ!」


「ドラゴンが人語を理解するという冒険譚は正しかったのですね! ベスタさんに続いてこのドラゴンさんたちも話せるのです、きっとドラゴンさんはみんな話せて、だからわたくしたちと意思疎通できるはずで」


「動揺しない胆力はさすが王族です姫様! このプレジア、姫様に一生ついていきます! お守りします!」


「あら、いま『我が娘』と言ってましたわ。このドラゴンさんはベスタさんのお父さまとお母さまなのですね」


「ドラゴンが喋ったのにもはや俺しか驚いてない件。みんな頼りになるなあ。ははっ」


 突然話し出したドラゴンと、緊迫した雰囲気から一気にいつものペースに戻った仲間を前にサトルが半笑いを浮かべる。

 だが、ベスタの横に並ぶサトルたちは警戒を解かなかった。


「……パパ? ママ?」


「そこは『お父様お母様』とか『父さん母さん』呼びじゃないんだ。どんな翻訳されてるのか言語チートが怖い」


 呆然と呟くベスタに二体のドラゴンが近寄る。


「はい、私がママですよ、愛しい娘。巣から卵を盗まれた時から、ずっと探していました」


「パ、パパ……我がパパと呼ばれ……そうだ! 盗人は貴様らか、薄汚いニンゲンどもッ!」


 ダークグレイのドラゴンが、ギロリとサトルを睨みつける。

 サトルの腰が引けてサトルが震え出してサトルがニョイスティックを取り落としてサトルが目を泳がせてサトルがちょっと漏ら――さない。大人なので。

 盗人ではないのに、ドラゴンの眼力でサトルたちの身がすくむ。


「違うんですパパ! アタシは姫様の白馬を襲っちゃってその償いで馬になって一緒に旅してただけで、サトル様は一回アタシをボコっただけで」


「ボコった……? 我が娘を……?」


「おいやめろ、やめてくださいベスタさん。俺が殺されてしまいます」


「でもボコられたのは一回だけでサトル様は優しくしてくれて、優しく叩いてくれてなんだかちょっとイタ気持ちよくて」


「イタ気持ち……? 我が娘が……?」


「あっこれダメかも。俺の旅はここで終わりかも。本体が死んでも分身がいれば生き延びられるのかなあ。そうだといいなあ」


「サトルさん、気を確かに持ってください。ドラゴンさんはきっとわかってくれるはずです」


「モンスターを信じる姫様はなんと無垢で純粋なのか! そうだぞサトル、姫様の話をわかってくれない者などいない!」


「サトルさんは痛くするのがお好きなんですのね。サトルさんにだったらわたしは痛くされても」


「ちょっと黙っておいてくれないかなあ、シファ。いまピンチだから。俺の死が目の前だから」


「落ち着いてパパ。愛しい娘が戻ってきたのです、まずは話を聞こうではありませんか」


 混乱状態をおさめたのは、黄金色の鱗を持つドラゴンだった。 

 チートくさいスキルを持つ30歳のおっさんよりも、王族や護衛騎士よりも、モンスターに分類されるドラゴンの方が冷静だったらしい。




「ぐははははっ、すまぬすまぬ! ニンゲンどもは我が娘の恩人だったのだな!」


「私たちの卵を盗んで育てて、ころ、殺して、武器と防具にしようだなんて。行きますよパパ、そんな村は百回滅ぼしても足りません」


「待って、待ってください。村はすでにないそうです。主犯がわかったら教えますから。二人? 二体? で見境なしに行ったらティレニア王国が滅んじゃいますから」


 二体のドラゴンとの戦闘は回避された。

 黒い雲は消えて、サトルたちは快晴の雪原で話をしていた。

 黒灰色(ダークグレイ)と黄金色のドラゴン、それに本来の姿に戻ったベスタ、三体のドラゴンに囲まれて。


 はたから見ればいまだ死地である。

 だが、サトルもソフィア姫もプレジアもシファも落ち着いて、風除けにしているフシさえある。


「ふん、ではひとまず待ってやろう。ところで我が娘よ、もう一度パパと呼んでもらっていいかな?」


「助かった。ほらベスタ、生き別れになったご両親だぞ。『パパ、ママ』って甘えるといい。そして雲と氷を司る『雲氷(うんぴょう)龍』さんに寒さを抑えてもらいなさい。終わらない冬のせいで、最近じゃ『北壁』って呼ばれてるらしいから」


 一行がした話は、ベスタの過去やここまでの旅路のことだけではない。

 サトルは二体のドラゴンの事情も聞き出した。


 いわく、二体はニンゲンが言うところの『北の帝国』の奥地に巣を構えるドラゴンであると。

 黒灰色(ダークグレイ)のドラゴンは『雲氷龍』、黄金色のドラゴンは『黄金(おうごん)龍』と呼ばれていると。

 卵が盗まれて、雲氷龍の「パパ」が荒れ狂い、この地に終わらない冬が訪れたと。

 二体は卵を持つ魔力を覚えていて、縄張りに入ってきたベスタの魔力を感じて娘だと気づいたと。


「よかった。川原でベスタにとどめを刺さないで本当によかった。これが『旅は道連れ世は情け』ってヤツか」


「ベスタの助命を決めた慈悲深い姫様は慧眼すぎて神のようです! 命を助けるだけでなく、家族の元へ帰すとはまさに神の御業(みわざ)!」


「ベスタさんは故郷を見つけられたのですね。わたくしも、わたくしのもう一つの故郷であるお母様の故郷を見つけるためにがんばります」


 ソフィア姫は微笑みを浮かべてベスタの鱗を撫でる。

 いまはドラゴンの姿だが、馬に変化したベスタを撫でていた時のように。


「そうですね姫様。故郷があるのは、故郷に還れるのはいいことです。よかったなベスタ」


 サトルはポンポンとベスタの腕を叩く。しつけではない。いつもと違って労うような優しいタッチだ。

 ベスタはハッと目を見張った。


「で、でもアタシは白馬のつぐないをするって約束して、サトル様と姫様とプレジアと旅してきて、シファだって仲間になったばっかりで、まだ日の本の国は遠いし馬がないと大変だし、アタシは」


 サトルを見て、ソフィア姫を見て、二体のドラゴンを見て、逡巡している。

 両親と故郷を見つけた。

 だが、ここに残れば一緒に旅をしてきたサトルたちと別れることになる。

 ベスタはすっかり情が湧いたようだ。馬扱いされてきたのに。


「『日の本の国』ですか? ニンゲンが『ルーシャ大帝国』と呼ぶこの地の東の海を渡った先ですね」


「我が娘はあんなところに用事があるのか」


「あ、お二人ともご存じなんですね。やっぱりこの辺はロシアあたりで、日の本の国はその先か。冬じゃなければなんとかなるかなあ」


「ふん、よかろうニンゲンよ! 我が娘を助けて連れてきたのだ、その礼として我が送ってやろう!」


 黒灰色のドラゴンが後脚で立ち上がり、ぶわっと翼を広げる。

 巻き起こった風で雪煙が舞う。

 魔法的な効果もあったのか、快晴だった頭上に小さな雲が発生してむくむくと大きくなっていく。


「いい案ですね、パパ。ただ……愛しい娘、アナタの故郷はこの地にあります。けれど、行きたい道を行ってもいいのです。愛しい娘と一緒に過ごしたい気持ちはもちろんあるけれど」


「何を言うんだママ! やっと見つけた我が娘だぞ! 日の本の国まで送ってニンゲンの用事を片付けて連れ帰ってくればいいではないか!」


「パパ、娘はいつか私たちの元から巣立っていくものですよ。こうして無事なことがわかったんですもの、愛しい娘の意思を大切にしなければ」


「パパ、ママ……アタシ、アタシは」


 なにやら家族の話し合いが行われているが、話しているのは三体のドラゴンである。

 身振り手振りのたびに雪と氷が飛ぶ。

 谷間も露わなシファは寒いらしく、サトルに身を寄せようとしては避けられている。

 言い淀むベスタに声をかけたのはサトルだった。


「悩まなくていいんじゃないか? 一緒にいる間にどうするか決めればいい。それに、故郷があるって、両親が健在だってわかったんだ。ほかの場所に行っても、ひょっとしたらほかの場所に住んでも、帰りたい時に帰ればいいだろ」


「サトル様……そうですよね、うん、そうだアタシ! パパ、ママ! アタシはサトル様と姫様とみんなと一緒に旅を続けます! そのあとはそれから決める!」


「ベスタさん、ありがとうございます。故郷が見つかったのに、わたくしたちのために」


「違うよ姫様! アタシはアタシがしたいから旅を続けるんだ!」


 サトルは元の世界に、故郷に還ることを諦めた。

 ソフィア姫は自ら遣東使となって母の故郷に行こうとしている。

 だからこその二人の言葉なのだろう。


 ベスタはすっきりした顔で宣言して、言い争っていた二体のドラゴンが止まった。


「よし、これでドラゴンに乗って空路を行ける。だいぶ旅が楽になる」


 誰にも聞こえないようにぼそりと呟くサトルに他意はなかったはずだ。結果としてそうなっただけで狙っての言葉ではなかったはずだ。たぶん。




 二体のドラゴンと遭遇してから数刻後。

 サトルたちは、大空を飛んでいた。


「すごいです、速いです! わたくし、初めて空を飛びました!」


「感動のあまり当たり前のことを言ってしまう姫様がかわいすぎます! 本当に、すさまじい速さですね姫様!」


「ふははははっ! そうだろうそうだろう! 我がニンゲンを背に乗せることなど滅多にないのだぞ! それ、もっと飛ばしてやろう!」


「滅多にということは、これまで乗せたことがあるのですか? そういえばわたくし、ドラゴンと友になった英雄の冒険譚を聞いたことがあります」


「ほうほう、短命のニンゲンにもあの話が残っているのか! それは若かりし頃の我のことだ!」


「うわあ、そうだったのですね! 雲氷龍さん、そのお話を聞かせてください」


 雲を割って風を切り、雲氷龍が飛んでいく。

 黄金龍いわく【龍魔法】で、高空にいるのに寒さも呼吸も風も問題なく、会話さえ可能だった。

 8歳のソフィア姫は年相応に目を輝かせて上機嫌だ。ソフィア姫を敬愛するプレジアも。


「姫様もプレジアもあっさり馴染んでる。日本にいた頃に飛行機に乗ったことがある分、俺はこのむき出しな感じが怖すぎるんだけど」


 ドラゴンに乗ったサトルは、背の突起をしっかり掴んで座り込んでいる。

 手を離すと飛ばされそうな気がするらしい。

 怖がっているのはサトルだけではない。


「高いですサトル様、ちょっと速いし高すぎると思うよパパ、ねえサトル様、飛ばないで地面の上を行きませんかアタシ馬になるんで高い怖い」


「ドラゴンなのに高所恐怖症って。両親が飛べるのにベスタが飛べないのはそのせいじゃないだろうな? 怖くなければ空を飛べて、これまでの旅路がラクになったとかそんなことないよな?」


 両親と比べればまだ小さいベスタは、ドラゴンの姿でペタッと父親の背に張り付いている。ぷるぷる震えている。空は苦手らしい。ドラゴンなのに。


「きゃー。サトルさん、わたしも高くて怖いですわ。あと寒い気がしますの」


「棒読みがすぎるぞ、離れろシファ。腕に柔らかくてすべすべな感触があるけどコレは魚肉、コレは鱗、シファはサハギン、感じるな俺、耐えろ俺」


「あら、そこのニンゲンは寒いのですか? では私が光熱のブレスを」


「やめてください土と炎を司る『黄金龍』さん、やるならせめてブレスじゃなくて魔法にしてください。暖かくなる【龍魔法】ってないんですかね」


 ベスタこそ震えているものの、ソフィア姫もプレジアもシファもいつもと変わらない。

 ボヤくサトルも変わらない。空を飛ぶ前に保険として分身を置いてきているが、それはそれとして。


 サトルたちがティレニア王国を出てから七ヶ国目の『北の帝国』、ルーシャ大帝国が眼下に流れていく。


「うわあ、うわあ! すごく速いです! あっという間に日の本の国についてしまいそうですね!」


 ソフィア姫のはしゃいだ声が空に流れていく。


「黄金龍と雲氷龍。つまり『(きん)(うん)』。心の清らかな人じゃなきゃ乗れないってのは、あのマンガのアレンジだったはずなんだけどな」


 サトルのボヤき声が空に流れていく。



 サトルが遣東使としてティレニア王国の王都ティレニアを出発してからおよそ四ヶ月。

 遣東使の死亡率は99.9%で、サトルたちも六ヶ国を旅する間に何度も苦難を乗り越えてきた。

 数えきれないほどのモンスターと遭遇し、教会の妨害や刺客を退けてきた。

 だがいま、サトルたちは選択肢になかった「空路」を行っている。

 ドラゴンの背に乗って、高速で。


「ヨーロッパから日本まで、飛行機なら丸一日もかからないからなあ。すぐ日の本の国にたどり着きそう。帰りも送ってくれるっていうし、これなら教会の刺客も追ってこれないだろ」


 これまで四ヶ月、七ヶ国目に入っても、旅路はまだまだ長い。はずだった。

 何事もなければ、サトルたちはこのままあっさり日の本の国にたどり着くことだろう。


「あとは日の本の国で親書を届けて、トモカ妃の手紙を届けて……そういえば姫様は『定期的に交易できるようにしたい』って言ってたっけ。残る問題はそれぐらいか」


 時間のかかる陸路、モンスターに襲われる危険性が高い海路と比べれば、はるかに小さな問題だ。


 安全と安定と清潔さを求めて役人になったのに、死亡率99.9%の遣東使に任命されたサトル。

 サトルの苦労は報われたのかもしれない。

 元の世界の知識でも、高いレベルでも、チート(ずる)くさいスキルのおかげでもなく――


 旅の間の出会いと、行いのおかげで。


 思いがけない出会いを果たして、サトルたちの旅は続いていく。


プレジアの両親が登場する書き下ろしや素敵なイラストもついた書籍版『異世界おっさん道中記 ~小役人の俺がお姫様と行く死亡率99.9%の旅~』2巻は12月25日に発売予定です! よろしくお願いします!

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※このリンクは『小説家になろう』運営会社の許諾を得て掲載しています。
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