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第二十話

 サトルたちが豚鬼(オーク)の本拠地を潰した二日後。

 サトルたちは湖のほとりの村にいた。


「『追放されしオーク勇者』の娘に!」

「おいそれは失礼なんじゃねえか? 倒した本人を讃えねえと!」

「んじゃ『帰ってきたオーク勇者』、オーク勇者が帰ってきたわけじゃねえからこれだとオーク違いか」

「『二代目オーク勇者』に! 乾杯!」


「乾杯!」


 ユークリア王国の村では、宴会が行われていた。

 酔っ払った村人が木製のコップを打ち合わせる。


「乾杯ッ! くふっ、くふふふ。私が二代目、父に続いて私が『オーク勇者』になるとは!」


「いいのかプレジア? 『二代目オーク勇者』って人間要素薄くないか?」


 讃えられるプレジアはご機嫌な様子で、ぐいっと微炭酸飲料(ワスク)を飲み干した。


 ボス豚鬼を倒したサトルたちは、豚人と豚鬼の事情を聞いた村に戻ってきた。

 次の国に向かうには先に進んだ方が早いのに、わざわざ報告のために。

 遣東使として旅に出て以来、二度目の寄り道である。


「英雄さん、こいつも食ってくだせえ。お嬢ちゃんにはこれをどうぞ」


 池のほとりの仮設宴会所に、村唯一の宿屋から続々と料理が運ばれてくる。

 サトルたちのテーブルに、ごとりと皿が乗せられた。

 運んできたのは豚鬼の襲撃があった宿の主人だ。


「わあ、これはなんでしょう? わたくし、前に泊まった時は食べていないと思います」


 初めて見る料理に顔をほころばせるソフィア姫に、宿の主人を疑う様子はない。

 人化したサハギンであるシファはともかく、サトルとプレジアにも。


 村に戻ってきたサトルは、裏切り者についての報告を受けた。

 情報はソフィア姫やプレジアにも聞かされたが、サトルだけは詳細を確認している。

 豚鬼を村に手引きしたのは、ユークリア王国北東部の村から逃げてきたという人間だった。

 村人と豚人でオハナシを聞いたところ、裏切り者は、豚鬼にプレジアとシファを攫わせて、自分はおこぼれとしてソフィア姫をもらう約束だったのだという。

 性的なアレなのか、見るからにいいところの子女なソフィア姫を確保して身代金を取ろうとしたのか、ほかに目的があったのかは不明である。


 ともあれ、サトルは裏切り者の詳細と無惨な()()を確認した。

 村で出される料理も飲み物も、サトルたちは口にしている。

 調理場をこっそり分身に見張らせていたり、宴会所の周辺に分身を潜ませて警戒していたりするが。

 それと――


「サトル様こっちはなんだかネットリしてて美味しいです、でもアタシはもうちょっと厚く切った方が好きかなあ」


 サトルたちに提供された料理も飲み物も、最初に食べる人物は決まっていた。


 背中の半ばまで届く濃い藍色の長い髪。

 美人だらけのユークリア王国にあっても目立つほどに端正な顔立ちで、服の上からでもわかるほど体のラインも美しい。

 口調のわりに表情の変化に乏しく、どこか作り物めいている。


 人物、というかモンスターである。

 人化したベスタである。

 生命力が強いドラゴンなら何かあっても大丈夫だろ、とサトルの適当な推測で毒味役となったベスタである。


 ちなみにベスタは、サトルから「豚鬼との集団戦で活躍したご褒美」として「人間の料理はめずらしいだろ、食べていいぞ」とお許しを得て喜んでいた。知らぬが仏である。


「コレはこのまま食べるのか? 生っぽいんだけど……」


 テーブルに追加された皿のうちの一つに乗っていたのは、脂身っぽい生肉だった。赤身部分がほぼない白い肉片、というか薄切りの脂身である。

 そのまま口にしたベスタにサトルがおののく。

 毒味役として人化させたはずなのに、肉を生で食べて大丈夫なのかとサトルは不安になったらしい。いまいち割り切れないおっさんである。


「こいつは豚の脂身の塩漬け(サーロ )です。村の名物なんですけどねえ、やっぱ旅人さんには不評ですかい」


「豚の脂身? え、豚人が暮らす村で、モンスターの豚鬼も出没する場所で? その豚ってまさか?」


「オデの豚を潰して作ったヤツです。家畜の豚ですんで心配はいらねえべ」


「不安です。本当に俺の知ってる()なのか、豚なら豚で塩漬けでも()でいいのかすごく不安です」


 豚の脂身の塩漬け(サーロ)だと聞いても、サトルはまだためらっている。

 村における「豚」の定義を疑っている。


「あら、味は薄めですのね。ふふ、不思議な食感ですわ」


「こいつの作る豚の脂身の塩漬け(サーロ)はあっさりですね。作る人によっても香草や香辛料でも、味が変わるんです」


 ベスタに続いて脂身を口にしたのはシファだ。

 味わったあとにねっとりと唇を舐める。唇は、溶け出した脂で妖しく濡れた。

 宿の主人と豚人の視線が集まり、サトルは理性を総動員して視線をそらす。


「サトル、初心者はこうして食べるのがオススメだそうだ! うむ、炙ったパンに旨味が足されて美味しいなこれは!」


「塩漬けや燻製をパンに乗せて食べる地方はあります。これもそうしたものと考えれば……わっ、豚の脂身のほのかな甘みと塩漬けのしょっぱさが相まって想像したより美味しいです!」


 なかなか手をつけないサトルとソフィア姫とベスタの前に、豚人が黒パンに豚の脂身の塩漬け(サーロ)を乗せ、香草を振りかけてずいっと勧めてきた。

 単体で食べるより抵抗がなくなったのか、プレジアとソフィア姫が手を伸ばす。

 味わってみれば二人とも満足げだ。

 女性陣に遅れて、サトルもついに「火を通していない豚の脂身の塩漬け(サーロ)」を口にした。


「食えなくはない。生なこととか『豚とは何か』とか、考えなければたぶん美味しく感じると思う。……俺は一切れで充分だけど。まあたぶん、寒い地方のビタミン補給ってことなんだろうなあ」


 不味くはない。

 ただ、味覚ではなくサトルの頭が「美味しい」という感覚に抵抗する。

 元の世界で暮らした経験とティレニア王国の食生活で形成された価値観は、「珍しい料理をそのまま楽しむ」ことを妨げていた。


「サトル様、こっち! こっちの料理がすごく美味しいです! みんながいらないんならアタシまるごともらっちゃいたいぐらいでいえなんでもないですすみません」


 宿の主人が持ってきたもう一つの木皿に乗っている料理は、サトルにも見覚えがある。

 独り占めしようとしたベスタを止めて、サトルがひょいっとパクついた。


「んー、見た目通りのパンケーキじゃないのか。パンケーキより柔らかいしクリーミーな感じがする。……チーズが入ってる?」


「おおっ、よくわかったべな旅人さん! それはオデが育ててる家畜のチーズが入ってんだ!」


「わあ! 甘くて美味しいです!」


「姫様の蕩ける笑顔に私も蕩けそうです! そうこのパンケーキのように!」


「姫様が年相応の反応でグルメ評論家っぽくない。あとプレジアの姫様ラブが復活してる」


 小ぶりの|パンケーキのような料理シルニキは、チーズに小麦粉や卵、砂糖を混ぜた、村でもめったに食べられない「ごちそう」なのだという。

 ひさしぶりの甘味に、ソフィア姫は蕩けるような笑顔を見せる。

 ソフィア姫の護衛騎士を辞して以来、どこか張り詰めた表情だったプレジアも蕩けるような笑顔を見せる。

 |パンケーキのような料理シルニキが美味しかったのと、敬愛するソフィア姫の無邪気な笑顔を見て。


 豚鬼の脅威から解放されて、集まった村人たちも宴を楽しんでいた。

 前回滞在した時は見かけなかった豚人もいれば、大柄な女性と豚人のカップルもいる。

 サトルたちが豚鬼と豚人の違いを受け入れたことから、堂々と同席することにしたようだ。


「『二代目オーク勇者』に乾杯!」


 村人は何度目かもわからない乾杯をして、ボス豚鬼を討ち果たしたプレジアを讃える。


「豚鬼を殲滅して、私は父の故郷に平和をもたらせたのだな……豚人(オーク)である父も私のことを誇りに思ってくれるに違いない!」


 盛り上がる村人と豚人に目を細めて、プレジアがポツリと呟いた。

 だが。


「うん? 『追放されしオーク勇者』は豚鬼(オーク)だべ?」


「えっ」


「『豚鬼(オーク)豚人(オーク)と人間の共存』を掲げて、片角の豚鬼から本拠地を追放されたんだべ」


「えっじゃあ父の故郷はあの本拠地で」


 村で暮らす豚人の言葉に、プレジアの顔が固まった。

 ソフィア姫は目を見張り、サトルもフリーズする。ベスタは豚の脂身の塩漬けをつまみ、シファはパンケーキのようなものを口にする。


「わ、わた、私は父の故郷に平和をもたらすどころか、父の故郷を破壊した? 父の旧友を殺してしまった可能性も……?」


 プレジアの顔にだらだらと脂汗が流れる。

 池のほとりに沈黙が訪れる。


「ほ、ほらプレジア、お父様は追放されたんだろ? じゃあそこは故郷とは言いづらいし、知り合いだってきっと追放した仇敵ってヤツで」


「そ、そうですプレジア。プレジアは悪くありません。人間に害なす豚鬼でしたから、人間であるプレジアのお母様と幸せな生活を送っているプレジアのお父様はきっと同じことをしたはずで」


「そうだべ、『追放されしオーク勇者』はきっと『二代目オーク勇者』を誇りに思うはずだべ!」


「そう、そうだ。種族や血筋ではなく、大事なのは何を為したかだ。父が共存を目指したのなら、人に害なす豚鬼(オーク)を殲滅したのはきっといいことのはずだ。父が豚鬼(オーク)でも問題ない、問題ないとも!」


 サトルとソフィア姫と豚人のフォローを受けて、プレジアは自分に言い聞かせるように呟いている。


「そうそう、そうだって。『いいモンスター』『共存できる種族』もいるんだし、種族がなんだって関係ないって」


 そう言って、サトルはベスタとシファをチラ見した。

 モンスターであるドラゴンと、人間と共存する水棲種族のサハギンを。


「……そうだな、きっとそうだ! 姫様も喜んでくれているのだし、これでよかったんだ!」


「うんうん、そうそう。ほら飲め飲め。とりあえず今日は飲め」


 拳を振り上げたプレジアにサトルが蜂蜜酒を注ぐ。



 ユークリア王国の、とある村の池のほとりでは宴が開催された。

 その夜、オークの父と人間の母を持つ大柄な女性は、旅に出てからはじめて正体をなくすほど酔っ払ったようだ。


「豚鬼なのに共存を目指した父を、私は誇りに思う!」


 時おり響く叫びは、宴を盛り上げるスパイスとなった。



 ティレニア王国を発ってから六ヶ国目のユークリア王国。

 サトルたちの旅を阻んでいた北東部の障害、豚鬼の縄張りは壊滅した。

 宴を終えれば、サトルたちは日の本の国を目指して出発することだろう。


 次は七ヶ国目、サトルが元いた世界ではロシアがあったあたり。

 広大な国土を誇る『北の帝国』が旅の舞台となる、はずだ。


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