第十九話
オークの父親と貴族の母から生まれたプレジアは、ほかの貴族から蔑まれた。
異国から来た側妃を母に持つ幼いソフィア姫と出会って以来、二人はたがいを支え合ってきた。
心優しいお姫様と、お姫様を守る護衛騎士。
それは立場や役職ではなく、二人の関係でもなく、二人がそれぞれに対して描く夢想で、二人が自分に持つ理想で。
ソフィア姫の声が聞こえていたのだろう。
ボス豚鬼を前蹴りして、プレジアが距離を取る。
プレジアは、両手剣を大上段に構えた。
魔剣〈オーク殺し〉が青く光る。
叫んで、一気に踏み込んだ。
「私は強いのだ! 『オーク勇者』と女騎士から生まれたからではなく! レベルでもスキルでもなく! 姫様が『私は強い』と信じてくださるから、私は強いのだ!」
青い残光をひいて、プレジアが魔剣〈オーク殺し〉を振り下ろす。
プレジア渾身の一振りを、ボス豚鬼は戦斧での撃ち落としを狙って構え。
にたりと嗤った。
一対一ではじめて、ボス豚鬼が自ら後ろに下がる。
プレジアのバレバレの振り下ろしはボス豚鬼にかわされ――
「『オーク斬り』ッ!」
青い光が飛んだ。
ボス豚鬼がずるりと斜めにズレる。
立ったままの半分を残して、ボス豚鬼の半分がびちゃりと地面に落ちた。
湯気をあげるモツを前に、サトルはドン引きである。
豚鬼の本拠地に、動く豚鬼の姿はない。
決闘のような一対一に勝利した、プレジアの荒い息だけが聞こえる。
残心していたプレジアがふうっと息を吐いて、両手剣を下ろした。
「プレジアプレジアプレジア! わたくし信じていました! 信じていましたけど心配したのですよ! 〈治癒〉! 〈|中位治癒《キュアインジャリー〉!」
真っ先に駆け寄ったのはソフィア姫だ。
堰を切ったように涙をこぼして、プレジアに回復魔法をかける。
ボス豚鬼との戦いで負った傷が癒えていく。
「ありがとうございます、姫様」
一騎駆けと強敵との連戦で力を使い果たしたのか、プレジアの声に覇気がない。
至近距離でソフィア姫の【回復魔法】を受けてもテンションが上がっていない。
プレジアはただ、満ち足りた微笑みを浮かべて主を見つめた。
「これで、父の故郷も平和に……悪しき豚鬼がいなくなれば、オークの扱いもよいものに……」
プレジアの体がふらりと揺れる。
手にした魔剣〈オーク殺し〉から青い光が失われる。
「プレジア? まだどこかケガしているのですか? いまわたくしが治します! 〈|中位治癒《キュアインジャリー〉!」
小さな体でプレジアを抱きとめて、ソフィア姫が回復魔法をかける。
重さでぷるぷる震えながらソフィア姫の後ろから、サトルが手を伸ばした。
「心配いりませんよ、姫様。魔力切れのようです。しばらく休めば回復するでしょう。俺と違って一人分の魔力切れですから」
「よかった……よかったです……」
サトルの言葉に安心したのか、ソフィア姫はぐすぐす泣きながらぺたりと地面に座り込んだ。
豚鬼の内臓や肉片や血だまりは気にならないらしい。
豚鬼の本拠地に動く豚鬼の姿はなくなったが、動くモンスターはいる。
ベスタはあばら家の取り壊しをやめて心配そうにソフィア姫を見つめ、シファはざばりと水から上がって近づいてくる。
「斬撃を飛ばす『オーク斬り』は魔力を使う技だったんだろうなあ。飛ぶ斬撃なんて魔法みたいなもんだし」
サトルだけはいつもと変わらない様子でポツリと呟いた。
いや、魔力切れで力が入らないプレジアを支えて、やわらかな表情を浮かべている。
よくやった、と言わんばかりの。
ユークリア王国北東部。
豚鬼の縄張りは、わずか三日で壊滅した。
皆殺しにできたかどうかはともかくとして、『追放されしオーク勇者』の娘は、父親の故郷に平和を取り戻したようだ。




