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第七話


 新年を迎えたその日。

 王都の市街地では、たいていの平民は家族とともに教会に行って新しい年の始まりを祝う。

 店は閉まり、街がお祝いムードになるのは翌日からだ。


 ただ、貴族と一部の平民は違う。

 王宮勤めの官吏と下働きの平民は、交代で新年の休みが取れる日まで働く。


 貴族はティレニア王国の貴族が一堂に会する新年祝賀パーティに参加していた。

 こうしてすべての貴族が集まるのは年に一度のことである。

 そして新年祝賀パーティに集まったのは貴族だけではない。


「はあ。煌びやかで眩しいことで。平民の血税はこういうことろに使われている、と」


 王宮にある一番大きなパーティ会場の片隅。

 貴族たちがフロアの中央で踊り、周囲で歓談を楽しむ中、壁際に設けられた料理に群がる者たちがいた。

 サトルである。

 サトルと、おそらく同じような平民たちである。


「貴族じゃなさそう。ってことは、この人たちも遣東使に選ばれたんだろうなあ」


 居心地が悪そうに、あるいは豪華な食事に目を奪われて夢中で貪る男女。

 パーティに参加する貴族であれば絶対にしない行動である。

 それぞれ下級貴族に見える程度に着飾っているのは、後援者の貴族や推薦者に用意されたのだろう。

 ちなみにサトルも、サトルの直属の上司で貴族である上級官吏が貸してくれた服を着込んでいる。

 ひらひらした袖が邪魔で料理を食べづらそうだ。


 サトルが料理を食べながらぼんやり貴族たちのダンスを眺めていると、楽士たちが演奏を止めた。

 応じるように、パーティ会場が静まり返る。


 パーティ会場の奥、十数段のステップが設けられた場所。

 魔法による光が、まるで舞台のような場所を照らした。


 豪華な扉が開き、国王と王妃が姿を現す。

 パーティ会場には割れんばかりの拍手が響いた。


「皆の者、よく集まってくれた」


 国王の言葉に、貴族がわずかに頭を下げる。

 新年祝賀パーティは慣例により跪かなくても良いこととなっている。

 下級貴族にとっては国王の顔を直接見られる数少ない機会であった。


「さて、今年も諸君らに紹介したい者がおる。すでに話をした者もおるだろう」


 重々しい声で語る国王。

 先代の国王からはじまり、ここ10年の恒例行事である。

 顔をあげた貴族の反応はさまざまだ。


 訳知り顔で頷く者もいれば、後援しているらしい者の肩に手を置く者、ヒソヒソと周囲の貴族と耳打ちしあう者も、キョロキョロとまわりを見渡す者もいる。

 いかにも貴族っぽい仕草にサトルは一瞬面倒くさそうな顔をして、表情を取り繕った。


「我は今年も東の果て、日の本の国へ遣東使を派遣することとした!」


 国王が両手を広げて宣言する。

 貴族からは、おおっ! というどよめきが起こる。

 毎年恒例でわかっているはずなのに、国王の宣言に驚かなくてはならないらしい。面倒なことである。


「今宵集まりし遣東使たちよ、前へ!」


 王の呼びかけで、一部の貴族と平民なのに祝賀パーティに参加していた者たちが動いた。

 舞台の前にいる貴族は左右に広がってスペースを空け、平民たちは前へ。

 もちろん、一部の貴族は左右に退くことなく中央のスペースに立っている。

 貴族の中にも遣東使に任ぜられた者はいるのだ。


 サトルはほかの平民たちに遅れて動き出す。

 立ち止まった時には、集団の先頭でもなく最後尾でもない場所にいた。

 埋没する気満々である。


「10組100名の遣東使の中には、この場に来られなかった者もおるだろう」


 続く国王の言葉に、サトルが驚愕した。

 え、来なくてもよかったの? と。小物である。


「しかし、ここに集いし者たちも、来られなかった者たちも、いずれも英雄足りうると我は信じている!」


 仰々しい国王の言葉。

 だが響かなかったのはサトルぐらいらしい。

 周囲の平民は涙ぐんでいる。というか嗚咽している者もいる。


「遣東使よ! 日の本の国へ向かい、彼の国より帰還せよ! 見事往還を成し遂げた者こそ、真の英雄となるだろう! 期待しておる!」


 パーティ会場に拍手が響く。

 満足げに頷いた国王は、豪奢なマントを翻して出てきた扉から帰っていった。アトラクションか。国王の出番はこれで終わりらしい。


 ふたたび楽士たちが演奏をはじめる。

 今度は舞曲ではなく、吟遊詩人の歌声つきの楽曲である。

 過去の遣東使の苦難の旅路を歌った曲だ。


 中央に残っていた遣東使たちに、後援者の貴族や顔なじみがいる貴族たちが話しかけていく。

 この交流会も含めて任命式典である。

 如才ない者はここで実力を喧伝し、スポンサーを集めたり支援を求めたりするのだろう。


「侯爵夫人、お聞きになりまして? あの側妃の娘が遣東使に参加するそうですわ」

「後ろ盾もないのに陛下の側妃だなんて、思い上がりも甚だしい」

「まあ! 女性なのに遣東使に任じられるなんて、生きて帰ってこられないかもしれませんわね」

「あら子爵夫人、それはあんまりですわ。ワタクシたちも旅の平穏を祈って差し上げなくては」

「ふふ、そうですわね。うふふふふ」


 あるいはこうして、ウワサ話に花を咲かせるのだろう。


「怖い。貴族怖い。女性怖い」


 サトルはスポンサーを求めることなく、ウワサ話に混じることなく、料理が並べられたテーブルの近くで気配を消していた。

 コミュ障なわけではない。触らぬ神に祟りなし、である。

 サトルの同行者を考えると、すでに権力争いの余波を受けた感はあるが。


 こうしてティレニア王国は新年を迎えた。

 王宮での遣東使の記念式典を終え、広場には今回の遣東使たち10組100名の名簿が貼り出された。

 人々は勇士たちを讃え、遠い異国への旅に思いを馳せる。


 裏ギルドが賭けを企画しようと試みたが、賭けは成立しなかった。

 遣東使の死亡率は99.9%。

 10組100名では、帰ってこられるのは0.01組0.1人である。

 あまりの分の悪さに、往還に賭ける者はいなかったようだ。


 ともあれ。

 新たな年がはじまり、遣東使たちは正式に動き出した。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 年明けから一週間、遣東使の任命式典から一週間後。


 サトルは王宮にいた。

 王宮と市街を結ぶ門の横に立ったサトルは大型のリュックを背負っている。


「サトルくん、がんばりたまえ! 王宮財務部一同、応援しているよ! これは餞別だ、旅費の足しにするといい」


「ありがとうございます」


「先輩、がんばってください!」


「ありがとう後輩。正直、横ながし……いや、ほかの組が受け取らなかった物資の処理は助かった」


 見送りに近づいてきた上司や後輩と言葉を交わす。

 ちなみに後輩への言葉の後半は、ほかの人に聞こえないようささやき声である。


 王宮に納品される品々をいったん受け取って確認するのは、王宮財務部の仕事だ。

 保存できない生鮮食品は即座に調理部へ運ばれるが、ほかの物資は倉庫に留め置かれることも多い。

 たとえば、10組一律で準備された遣東使の支給物資のように。

 中には受け取り手が現れなかったり、不要だと判断することもある。

 今年の遣東使の支給物資もその例に漏れなかった。


 後輩は不要と判断された支給物資の一部を返品して帳簿をゴニョゴニョして、サトルにいくばくかのお金を渡していた。

 アウトである。横領である。


 いや、サトルは遣東使に任命されたのだ。

 不要な支援物資が(ただ)しく「支援物資」になったと考えれば問題ないのかもしれない。


「サトルさん、お待たせしました」


「姫様、なんと礼儀正しい……待たせたなサトル!」


 王宮の門の前にサトルの待ち人が現れた。

 同じ組となったソフィア姫と護衛騎士のプレジアである。


「いえ、お二人より早く来るのが当然ですから……えっ?」


 サトルは言葉の途中で、呆然と二人の後ろを見つめていた。

 隣にいた後輩はざっとすばやく離れて跪く。貴族である上司も。


 ソフィア姫と護衛騎士のプレジア。

 二人の後ろには、侍女と護衛に囲まれた女性がいた。


 ティレニア王国でも山岳連邦でも見たことがない服装、この国では珍しいストレートの黒髪、じっとこちらを観察する黒い瞳。

 歳の頃は20代後半だろうか。

 着物姿の、和風美女。


 サトルはただ見蕩れていた。


「お母様、この方がサトルさんです」


「ほう、(わらわ)と同じ黒髪黒目か、珍しいのう。ああ、そのままでよい」


 着物姿の和風美女が、跪こうとしたサトルを止める。


 ソフィア姫の母親。

 前回、帰還した遣東使とともにやってきた日の本の国出身の女性。

 現在はティレニア王国国王の第八側妃。

 トモカ妃である。


(さかずき)を持て」


 事前に言われていたのだろう。

 トモカ妃の命に応じて、侍女がサトルとソフィア姫、プレジアに朱塗りの盃を配る。

 また別の侍女が、透明な液体で盃を満たした。


「ソフィアはまだ8つゆえ、酒とはいかぬがのう。まあ透明な(サケ)も手に入らぬのじゃ、ちょうど良いじゃろう」


 盃に注がれたのは単なる水らしい。

 と、トモカ妃が胸元から巾着袋を取り出した。

 思わず目が吸い込まれるサトル。不敬である。いや、きっと巾着袋を見たのだろう。


 トモカ妃は巾着に指を入れ、何かを取り出してパラパラとソフィア姫の盃に落とした。

 同じようにプレジアの、サトルの、最後に侍女が持つ盃にもパラパラと落とす。


「お母様、これは?」


「しばし待て。まだ飲むでないぞ」


 そう言って、トモカ妃はしゃがんで足元の土をすくう。

 手にした土を、細い指でつまんで先ほどと同じようにパラパラと四つの盃に落とした。


「お、お母様? 土、ですか?」


「うむ、そうじゃ。ソフィア、護衛騎士プレジア。そして妾と同じ()()()()()()()()() ()よ」


 呼ばれた三人が居住まいを正す。

 サトルは異邦人呼ばわりされたが、採用書類上は山岳連邦の小国出身だと記録されているからだろう。たぶん。


「日の本の土と、ティレニアの土を飲み干すのじゃ。日の本の土を踏んで、ふたたびこの土の元に帰ってこられるように」


 先ほど巾着袋から取り出したのは、トモカ妃の出身国にして遣東使の目的地、日の本の国の土だったらしい。


「お母様……んっ」


「おお、なんと……素晴らしい(はなむけ)をありがとうございますトモカ妃!」


 ソフィア姫、続けてプレジアが迷うことなく盃を飲み干す。

 え、土? 土を飲むの? 俺が知らない魔法的なアレ? などとドン引きしているのはサトルだけである。


 だが相手は王族だ。側妃とはいえお妃様だ。

 サトルも、日の本の国とティレニア王国の土が入った盃を飲み干した。

 最後にトモカ妃も。


「お母様! わたくしは、かならず帰ってきます!」


「うむ、がんばるのじゃぞソフィア。妾の愛しい娘」


 そっと娘の髪を撫でるトモカ妃は、王族ではなく一人の母の瞳をしていた。

 やがて別れの時が終わる。


「それではお母様、みなさま、いってきます!」


「姫様のことはこの私が命に代えてもお守りします!」


 ぶんぶんと手を振って、ソフィア姫とプレジアは歩き出した。


 サトルは「この空気は邪魔できないよな」と二人の分の荷物を持ち、一頭の馬の口を引いて無言で先頭を歩く。



 こうして、はるか東の果て、日の本の国を目指すサトルたちの旅がはじまった。

 遣東使として使命を果たし、ふたたびティレニア王国に帰ってくることができるのか。


 とりあえず。

 サトル、先が思いやられる旅立ちである。




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