第十八話
「まあ、池の近くに来たオスを引き摺り込んでいいなんて……サトルさんはわたしに練習をさせたいのですね」
「やめてください死んでしまいます。豚鬼にやる分には構わないけど。むしろ豚鬼で満足してほしいぐらいだけど」
豚鬼の本拠地で、サトルとシファが暢気に言葉をかわす。
シファは体をくねらせて、とぽりと池に戻った。
ぬらぬら光る鱗が水面に沈む。
おぞましい姿が隠れて、サトルはほうっと安堵した。
300匹近い豚鬼の本拠地の制圧が終わった、わけではない。
池に戻ったシファは水中から【水魔法】を放ち、時おりオークを水中に引き摺り込んでいく。
レベル32のシファより強い精鋭豚鬼もいそうだが、水場を利用したシファは強かった。
水を得た魚のように。
「ベスタももういいぞ」
「えっ。でもサトル様、モンスターはまだ残っててアタシももうちょっと暴れたり活躍する機会があるんじゃないかなあって」
「馬に戻れ。そうだな、余力があるならあばら家の解体や死んだ豚鬼の運搬でも手伝ってくれ」
「えっと、アタシはドラゴンでサトル様の次に最強でシファより役に立って……いえなんでもないです馬に戻ります白馬のつぐないですもんね」
丘の中腹からブレスで豚鬼をなぎ倒したベスタが、ドラゴンの首を垂れ下げた。
しゅんと落ち込む姿は、人もドラゴンも大差ないらしい。
サトルが振り返って、近くにあった頭を撫でる。
「よくやった。プレジアが包囲されなかったのも、俺が楽できたのもベスタのおかげだ」
「サ、サトル様がアタシを褒め……撫でて……? アタアタシそれでぐっとくるほど安いメスじゃないっていうか、あれでもけっこう嬉しくてなんだろこれサトル様そのままちょっと強めに叩いてもらえませんかね」
うわごとを呟きだしたベスタを放置して、サトルはふたたび向き直った。
サトルの前方では、20匹ほどの取り巻き豚鬼をサトルがぐるりと包囲して、内側でサトルが戦っている。
300匹近くいた豚鬼も、残すは20匹ほどのボス豚鬼の取り巻きと、逃げようと試みる数匹の豚鬼、それにボス豚鬼だけだ。
ふごふご、ぷぎゃーと豚鬼の悲鳴が響く本拠地の、一番奥。
プレジアは、ひときわ大きな片角のボス豚鬼と相対していた。
ボス豚鬼の戦斧、プレジアの両手剣〈オーク殺し〉、たがいに武器を向け合う。
「オデの群れがなくなろうと! キサマだけは殺してやる!」
「私は……悪い豚鬼を皆殺しにして父の故郷に平和を取り戻す! いい豚人だけになれば、人がオークを見る目も変わるはずだ!」
まるで決闘のようにそれぞれの願いを告げて、ボス豚鬼とプレジアの戦闘がはじまった。
引くことも防御も知らぬとばかりに、たがいの武器をぶつける。
豚鬼も豚鬼の装備も斬り裂いてきた魔剣〈オーク殺し〉でも、ボス豚鬼の戦斧は斬れなかった。
「青い光が弱くなってる? あー、そっか、オークが減ったから。オークの数と距離次第で斬れ味が変わるのか。魔剣〈オーク殺し〉は、本当にオークを殺すための武器なんだな」
ティレニア王国で殺人熊と一対一で戦った時、プレジアは盾を手に防御主体の戦い方だった。
いま、護衛騎士の任務を一時返上したプレジアに守るモノはない。
想いや覚悟や後ろにいるソフィア姫が危なくなったら守るだろうことは別として、物理的に守らなければいけないモノはない。
両手剣を両手で振りまわして、プレジアがボス豚鬼に斬りかかる。
ボス豚鬼に防がれても、武器がぶつかり合っても、何度も何度も斬撃を放つ。
プレジアもボス豚鬼も攻撃主体で、たがいの体に小さな傷が増えてきた。
「互角か。ボス豚鬼がスキル持ちの可能性もあるし、加勢するかなあ。それか姫様の〈治癒〉だけでも」
「サトルさん。もう少し、待ってください」
だが、サトルの横のソフィア姫は動かなかった。
スキル【回復魔法】を持った、一行の回復役は魔法を使わなかった。
ぎゅっと手を組んで、プレジアの戦いを祈るように見つめている。
回復魔法は決闘のような一対一を汚すと思ったのか。
「プレジア……ケガをしないようにとはもう言いません。戦いが終わったら、ケガはわたくしが治します」
武器がぶつかる音と荒い息と裂帛に紛れながら、ソフィア姫は祈っていた。
サトルは何も言わない。
ただいつでも助けに入れるようにニョイスティックを構えた。
サトルの横ではサトルが祈るソフィア姫を守り、ボス豚鬼とプレジアの周囲をサトルが囲み、生き残りと逃げる豚鬼をサトルが仕留めて、ベスタを働かせながらサトルが本拠地のあばら家を調査し、池のほとりのサトルがシファから逃げる。
「わたくしは、プレジアが強いのだと知っています。信じています。護衛騎士になる前から、プレジアはずっとわたくしを守ってくれて、わたくしの憧れの、騎士なのですから」




