第十五話
「キサマをナブり殺して! オデたちの孕み袋にしてあのグザれオークに見せつけてやる!」
「ふん、父からはお前のことを聞かされたこともない。歯牙にもかけられぬオークなど知ったことではないが……」
プレジアはぶんっと両手剣を振り、血を払うついでに青い光を飛ばして近くの豚鬼を斬り飛ばした。
青く輝く〈オーク殺し〉を高々と掲げる。
「群れごと一掃して、父の故郷に平穏をもたらしてくれる! 私が強くなる糧となるがいいッ!」
叫んで、ふたたび豚鬼の群れに斬り込んだ。
豚鬼に囲まれることを厭わず、一直線に。
『追放されしオーク勇者』の娘は、父親と因縁があるらしいボス豚鬼を目指す。
サトルはそんなプレジアを見て、はあ、と一つため息を吐いた。
「プレジアはさっきよりもまわりが見えなくなってるっぽいなあ。まあ仕方ないか」
タワーシールドを左手に持ったまま、右手のニョイスティックを空にかざした。
「分身の術ッ!」
ポーズを決めて叫ぶサトル。
と、サトルが増えた。
一人だったサトルが二人に。
すでに護衛についている八人のサトルに加えて20人。
いや、さらに増えていく。
「姫様、これから戦場に近づきます。何があっても盾の陰から飛び出さないようにしてください」
「わたくしはプレジアを信じています。でもプレジアがケガをした時はわたくしの【回復魔法】で治すのです。ですから……ありがとうございます、サトルさん」
サトルがプレジアの戦いを助けるなら、サトルを戦場に送ってサトルは丘の上で見ているだけでいい。
近づくのは「もしプレジアが負傷した時にソフィア姫が癒やせるように」というサトルの配慮だ。
ティレニア王国の王宮で空気を読んできた小役人は、主従の想いを汲んだようだ。
前に並んだサトルとサトルと、左右のサトルと後方のサトルの盾の隙間から、ソフィア姫は、サトルの配慮を理解して微笑んだ。
「うふ、うふふふ。サトルさんがたくさんいますわ。これほどの数のサトルさんに囲まれたらわたしはもう濡れ」
「えっ、なにそれこわい。そうだシファ、サハギンに戻って池に浮いてる粗末な筏を壊してほしい。ほらこんな奥地に人間はいないだろうし池に入っちゃえば見えないだろ」
居並ぶサトルを前にヨダレを垂らすシファに、サトルが後ずさる。
欲情した肉感的な美女を遠ざけるべく指示を出す。
サハギンの正体を再認識して正気を保とうとしたようだ。
「サトル様、じゃあアタシ! シファがいいならアタシもドラゴンになっていいですよね、それでアタシが強いところを見せつけて、プレジアだって囲まれたら大変だし」
「あー、そうだな、じゃあそうしてくれ。ただあばら家は狙うなよ。俺たちは撃退したけど捕まった人間がいるかもしれないし、待て、その場合はサハギンとドラゴンが見られる可能性が――」
「あちゃー、気づくの遅いって俺」
「そもそも見られるんだったら分身した俺たちも見られてるしね!」
「陸上でベスタのドラゴン姿を見るのはひさしぶりだなー」
「ねえ、ベスタちょっとデカくなってない? 三ヶ月の間に成長したのかレベル依存なのか」
「シファから目をそらすな俺たち。美人さんが目の前で悍ましい姿になるのマジ悍ましい」
「あああああああ! これぜったい夢に出てくるヤツ!」
「見てしまった俺の人数分このシーンを追体験するのか……がんばれよ俺」
サトル、気づくのが遅かったようだ。
ベスタはひさしぶりのドラゴン姿でグオオオオオンッ! と気合いの入った咆哮を響かせて、シファはめきょめきょと変化する。いや、正体を露わす。
戦場を見下ろす丘の上にドラゴンとサハギンが並び、ソフィア姫と100人を超えるサトルが隊列を整える。
「……まあ、見られたらその時考えるってことで。ここまで現実離れしてたら白昼夢っぽいし剣と魔法のファンタジーな世界だしなんとかなるなる。なる、かなあ」
気の抜けたサトルの呟きが合図になったかのように――
化け物たちの進軍がはじまった。
相手はモンスターで、サトルたちは遣東使なのだが。




