第十四話
「はああああああッ!」
丘を駆け下りながら、プレジアが青く光る両手剣を横薙ぎに振るう。
三日月型の光が飛んで、後方で弓を構える豚鬼弓兵の集団を斬り裂いた。
「忠告は聞いてくれてたのか。それにしても、すごいなあの剣」
「ふふ、サトルさん、剣だけではありません。わたくしのプレジアはすごいのです!」
サトルが持つタワーシールドの陰から顔を出して、ソフィア姫はプレジアの勇姿を見守っている。
ぶんぶんと小さな手を振って、いつになく興奮した様子だ。
一時護衛騎士の役割から離れていても、自らの騎士の活躍はうれしいらしい。
「たしかに。いくら強くても、集団への一騎駆けってなかなか、なあ」
「レベル65なのに弱気でどうする俺!」
「まあ俺は【分身術】があるからね、相手が複数だったらさっさと分身しちゃうからね」
「俺は弱気なんじゃなくて慎重なんだと俺は思うぞ俺氏」
「俺は死んでも平気だけど俺が死んだらどうなるかわからないもんなあ。弱気で当然だって俺」
「ほら集中しろ俺たち! ここは戦場だぞ!」
サトルがサトルにツッコミを入れて、サトルとプレジアの前に並んだサトルたちがいっせいに話し出す。
横に待機していたベスタは四本の脚を動かしてサトルたちから距離を取る。
微笑みを浮かべるシファは、九人のサトルを前にペロリとくちびるを舐めた。
プレジアはその間にも丘を駆け下りる。
途中で何度か、魔剣〈オーク殺し〉から『オーク斬り』と名付けた光を飛ばした。
ふごふご、ぴぎゃーと悲鳴をあげて、豚鬼弓兵や豚鬼魔法使いが次々に倒れていく。
昨日の反省を活かしたのかサトルのアドバイスを聞いたのか、遠距離攻撃の手段を持つ豚鬼を先に狙っている。
丘の上に姿を現して戦場を見下ろすサトルたちの前で、プレジアが豚鬼の群れと接敵する。
プレジアはためらうことなく、怯むことなく突っ込んで、青い光をきらめかせた。
昨日の雑魚豚鬼よりひとまわり大きな豚鬼も、革鎧を着た重装豚鬼も、金属製の武器を持った精鋭豚鬼も、等しく一太刀で断ち斬る。
並んだ豚鬼の軍勢をたやすく切り裂いていく。
プレジアが、一人で。
「覚醒しすぎだろこれ……やっぱり魔剣〈オーク殺し〉の特殊能力か? オークへの特効がついてるとか、オークの群れと戦うと攻撃力や切れ味が上がるとか」
一騎駆けしたプレジアの奮戦は続くも、豚鬼の軍勢はまだ200匹近くが残っている。
丘を駆け下りた勢いは物量に削がれて、プレジアはついに立ち止まった。
と言っても、両手剣を振る速度も斬れ味も変わらず、近づいてくる豚鬼を両断しているのは変わらない。
「一人じゃさすがに疲れるだろうなあ。やっぱり分身を増やしてプレジアのサポートに」
分身の疲労を追体験する男は、戦闘時の疲労に一過言あるようだ。
豚鬼がじわりと陣形を広げるのを見て、サトルがニョイスティックを構える。
新たな分身を生み出そうとしたところで、止まった。
プレジアが奮闘する戦場の奥、集落で一番大きなあばら家から、一匹の豚鬼がのっそりと現れた。
ひときわ大きな豚鬼の肌は浅黒く、毛皮や鎧はなく、巨体と筋肉を見せびらかしている。
むき出しの裸体には、歴戦を示す傷跡が無数に残っている。
手にした戦斧は8歳のソフィア姫どころかサトルよりも大きそうだが、その豚鬼にはちょうどいいサイズに思える。
額から伸びる二本の角のうち一本は半ばで欠けて、顔にも大きな傷跡があった。
スカーフェイスのボス豚鬼の登場に、豚鬼の群れが沸き立つ。
プレジアとボス豚鬼の目が合って――
「ぞのグゾ青い光! ぞの剣はあのグザれオークの!」
ボス豚鬼が叫んだ。
サトルの耳には、意味のある言葉のように聞こえる音で。
「……ボスともなると知能が高い、のか?」
「腐れオークとはどういうことだ! この剣は私の父より受け継いだ由緒正しき魔剣〈オーク殺し〉! 貴様らオークを滅ぼす剣だ!」
「あ、翻訳の指輪をつけてるプレジアにも通じてたんだ。でもオークが代々継いだのを『由緒正しき』って」
「グハハハはっ! わかる、わかるゾ、ヒトのメスよッ! あのグザれオークぞっくりな顔! キサマ、あのグザれオークのムスメだな!」
「ええ……どう考えてもプレジアは人間にしか見えないんだけど豚鬼の目はどうなんてるんですかねえ……そういえば村にいた豚人も同じこと言ってたような」
豚鬼の群れを挟んでがなりたてるボス豚鬼とプレジアに、サトルのツッコミは届かない。
ボス豚鬼の感情を読み取ったのか、言葉を持たないはずの豚鬼たちがフゴフゴ嗤う。
「キサマをナブり殺して! オデたちの孕み袋にしてあのグザれオークに見せつけてやる!」




