第十三話
「おー、いるいる。って多すぎだろ」
ユークリア王国の北東部、いまはモンスターの豚鬼に占拠されたエリアに侵入してから三日目。
丘の陰から見下ろしたサトルは、前方の光景を見て呟いた。
「〈防御〉〈祝福〉」
「おおっ、姫様の愛と信頼を感じます! イケる、これならイケるぞサトルッ!」
「まあ。ヒトのメスは、ヒトのオス相手だけでなくメスにも発じょ」
「やめろシファ、そういうことじゃなくてこれは友情や主従の信頼関係なんだ」
「サトル様どうしますか? アタシがここから一発ブレスを、いや何発でも力の続く限りブレスを放ってサトル様の次に最強なのは誰なのか教え込んでやりましょうか?」
「ベスタ、下っ端みたいな発言になってるぞ。さて、どうするかなあ」
ソフィア姫が祈るような表情で【回復魔法】の補助をプレジアにかけているのを尻目に、サトルとシファとベスタは暢気に会話していた。緊張感がない。あとサトルが人外側に馴染んでいる。
豚鬼の縄張りに侵入する前に、サトルは村で情報を集めた。
冒険者ギルドこそなかったものの、村人や「いいオーク」である豚人は豚鬼の情報に詳しかった。
そこで得た「豚鬼の群れが本拠地としていた場所」は、縄張りが広がった後も変更はなかったようだ。
丘の向こう、池のほとりには木々がない開けた場所が広がっている。
この『丘と湖水が点在する辺境』、ユークリア王国ではありふれた景色だ。
そこに、倒木で作られたあばら家らしきものが並んでいなければ。
そこに、豚鬼の群れがいなければ。
「何を悩んでいるのだサトル! 私が斬り込んで、姫様の護衛はサトルに任せるという話だろう? サトルも引き受けてくれたではないか!」
「それはそうだけど……プレジア、相手は300匹近いぞ? 豚鬼弓兵や豚鬼魔法使いもいるし、装備が整ってるヤツも多い」
この二日間、サトルたちは豚鬼を撃退してきた。
襲ってくる豚鬼だけでなく、積極的に索敵即排除してきた。
丘の陰に隠れているサトルたちは見つかっていないが、豚鬼の本拠地は警戒態勢であるらしい。
池を背に、一番手前に並ぶのは獣の毛皮を肩にかけた豚鬼たちだ。
手にした棍棒は太く、中には長剣や槍を手にした豚鬼もいる。
その後ろにはフードを羽織って杖を持った豚鬼魔法使いや、粗末な弓を手にした弓兵が十数匹ずつ。
サトルたちから見て奥側、池に近い豚鬼たちはどこで手に入れたのか革鎧を着て、盾や槌、斧、大剣を持つ重装豚鬼とでも呼べそうだ。額の角が太く立派なのは強さとリンクしているのだろう。
水場の近くが豚鬼にとっての一等地なのか、奥に行くほど装備が整った精鋭らしい。
池のほとりには、粗末な筏がいくつも浮かんでいた。
「突っ込んでもまた弓と魔法の餌食になるだけだろ? ここは意地を張らないで、せめてベスタやシファと」
「サトル、私は昨日までの私とは違うのだ!」
「たしかに、レベルが40に上がってる可能性はあるか。レベル40は一つの壁って言われてるし新しいスキルを覚えることも」
「なにしろ姫様の愛と! 信頼を受け取ったのだから!」
「根拠なかった。真面目に違いを考えた俺がバカだった」
「それに、昨夜姫様のお手に触れるのを堪えて『八つの戒め』を守ったとき! 身体が欲で満たされたのだ!」
「力。力で満たされてください。あと堪えてないからな、俺が止めただけで」
「そして見よ、この剣を! 私の想いを受けていっそう青く輝く魔剣〈オーク殺し〉を!」
「それ、オークが近くにいると光るって言ってなかった? 想いとか関係なく目の前にオークの群れがいるからじゃない?」
「いまなら私は、遠距離攻撃も範囲攻撃もできるに違いない! 姫様の剣となった私が豚鬼どもを斬り裂いてくれよう!」
「あ、これもう止められないわ。作戦なしに突っ込む気だわ」
「薄汚い豚鬼どもよ! 『追放されしオーク勇者』の娘にしてソフィア・キソ・ティレニア様の剣、プレジア・サングリエがこの魔剣〈オーク殺し〉で皆殺しにしてくれよう!」
隠れていた丘を駆け上がって、丘の頂上でプレジアが両手剣をかざした。
魔剣〈オーク殺し〉が青い輝きにきらめく。
陽光に劣らず、青い光は豚鬼の群れを照らした。
豚鬼たちにフゴフゴとどよめきが広がる。あいかわらず、サトルは豚鬼の言葉を理解できない。
「はあ。ベスタ、シファ、いつでもプレジアをカバーできるように準備しといてくれ。姫様は回復魔法の準備を」
丘の上で勇ましく名乗りを挙げたプレジアを見上げて、サトルは諦めて指示を飛ばす。
ベスタはいまにも飛び出さんばかりに蹄で地面をかいて、シファはいつもと変わらず微笑みを浮かべる。
ソフィア姫は、真剣な眼差しでサトルの指示に頷いた。
「さて、んじゃ俺も分身を八人からとりあえず十倍に――」
「この一振りをもって開戦の狼煙とする! はあああああああッ!!」
スキル【分身術】を使おうとニョイスティックを構えたサトルをよそに、プレジアが青く輝く両手剣を振り下ろした。
丘の上から振り下ろしたところで、ふもとにいる豚鬼に届くはずもない。
だが。
魔剣〈オーク殺し〉から、三日月型の青い光が飛んだ。
三日月は離れた場所にいた豚鬼に当たり、かた太りの体を斬り裂いていく。
直線上にいた五、六匹を装備ごと貫いて、三日月は消えた。
「見たかサトル! 姫様の愛と信頼を受けた私にできないことはないッ!」
「マジか……ほんとに遠距離攻撃できるようになるなんて……新しいスキルを覚えたのか、それともスキル【八戒】が進化したのか……」
「オークの父から受け継いだ〈オーク殺し〉の『オーク斬り』でオークどもを皆殺しにしてオークの故郷を取り戻してくれるッ!」
「殺すのか平和にするのかどっちだよ。豚鬼と豚人、どっちも『オーク』って呼ばれるせいだけどさあ。はあ、頭痛くなってきた」
プレジアの「イケる」発言は、根拠のないものではなかったらしい。
冒険者ギルドなどに置かれたマジックアイテムはレベルやスキルを確認できるだけで、そのタイミングで上がる、覚えるわけではない。
プレジアはこれまでできなかった遠距離攻撃や範囲攻撃を覚えた実感があったのだろう。
でなければ、昨日以上の敵を前に無策で突っ込もうとするわけがない。たぶん。
「さすがプレジアです。わたくし、プレジアは強いのだと信じてました。知っていました」
プレジアの勇姿に、ソフィア姫は両手を組んで目をキラキラ輝かせている。
背中で聞いたプレジアは、むふーっと鼻息を荒くする。オークか。オークの娘であった。
「サトル、姫様の護衛は任せたぞ!」
「あ、待てプレジア、遠距離攻撃できるようになったんなら、豚鬼弓兵と豚鬼魔法使いを先に倒してから」
サトルのアドバイスは聞こえたのか聞こえなかったのか、プレジアは丘を駆け下りる。
オークが近づくと青く光る魔剣〈オーク殺し〉は、ふたたび青い光を取り戻す。
光が戻るたびに、丘の途上のプレジアは三日月の斬撃を飛ばす『オーク斬り』を放った。
「魔剣〈オーク殺し〉が名前の通り対オークに特化してるのかもなあ……その辺を考えるのはあとでいいか」
逸れる思考を戻して、サトルは隠れ場所から出て戦況を見つめる。
ティレニア王国を出てからおよそ三ヶ月半、ユークリア王国北東部。
豚鬼の本拠地で、戦いははじまった。




