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第六話


 ソフィア姫とプレジア、同じ組となる二人と顔合わせした翌日。

 サトルは王宮ではなく市街にいた。


 ちなみに新年を祝うパーティの前日であり、勤務先である財務局王宮財務部は生鮮食品の納品のため忙しい。

 そんな中で、サトルが休みをもらえたわけではない。


 サトルはスキル【分身術】で、王宮にも市街にもいたのだ。


「サトルさん、こちらが頼まれてた保存食とワインです!」


「急なお願いだったのに、ありがとう」


 よく行く食事処兼宿屋の店員ちゃんからサトルが受け取ったのは、干し肉と固く焼き締めたビスケット、陶器の壷に入ったワインだ。

 旅用の保存食である。


「それとこれ、お父さんが『持ってけ』って」


「……パスタ? いいの、こんなに?」


 店員ちゃんに渡された布の袋には乾燥パスタが入っていた。

 ロングパスタもショートパスタも、いくつもの種類が見られる。


「はい! いくつかはサトルさんに教わったものだからって。それに――」


 食事処兼宿屋は宿泊客の出立も終わり、お昼前のヒマな時間に入っている。

 言い淀む店員ちゃんの肩をそっと抱いたのは、店主であるおっさんだった。

 10年前、サトルがこの王都に来て以来の顔見知りである。


「遣東使だってな。遠慮しねえで持ってけ。……(はなむけ)にしちゃたいしたことねえがよ」


 店主のおっさんが、サトルの手をガシッと掴んで握手する。

 目には涙がにじんでいる。


「いろんな料理を教えてくれてありがとな。世話になった」


「サトルさん……いままで、ありがとうございました」


 店主のおっさんに続いて、店員ちゃんがグスグスと泣きながらサトルに別れを告げる。


 まるで、()()()()()()()()()かのように。


「は、ははっ、おおげさだって二人とも。今生の別れじゃないんだから」


「……ああ、そうだな。そうだといいな」


「私、奇跡を祈っています!」


 サトルの言葉に返ってきたのは二人の微笑みであった。

 どう考えても、二人とも帰ってくることを信じていない。


「あー、じゃあ俺はもう行くわ。出立はまだ先だから、もう何日かは顔を出すと思うけど」


「おう、とっておきのご馳走を用意しといてやる。ああ、お代はいらねえからな」


「待ってますね、サトルさん!」


 いたたまれなくなったサトルは、受け取った荷物を担いで食事処兼宿屋を後にした。

 遣東使の任命式典は明日の新年祝賀パーティ内で行われるが、出立は各組ごとの判断に任されている。

 サトルは「顔を出しにくくなったな」などと独りごちながら頬をかく。


 死亡率99.9%の遣東使。

 見送る側は、もう二度と帰ってこないものとして扱うらしい。

 帰還には「奇跡」が必要なようだ。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「おやサトル、お帰り。頼まれてた物は準備できてるよ!」


「ただいま、おばちゃん。ありがとうございます」


 次にサトルが向かったのは、日用品や旅用の雑貨を扱う店だった。

 というか、サトルが暮らす集合住宅の一階にある雑貨屋である。

 雑貨屋のおばちゃんはサトルの大家でもある。


「それでサトル、本当にいいのかい?」


 出掛けにサトルから渡された小袋をエプロンから引っ張り出すおばちゃん。

 中にはサトルが渡した銀貨が入っている。


「はい、受け取ってください。ああ、もちろん準備してもらった雑貨のお金はちゃんと払いますから」


「でもサトル、遣東使なんだよ? 帰ってきたのは一人しかいなくて。それだって10年弱はかかったって話じゃないか。なのに5年分の家賃を前払いしておくって」


「すみません、当座は手持ちと貯金しかないんですけど、式典後には支度金が支給されますから。そうしたらもう5年分の家賃を」


「いやいやいや! アタシはそういうことが言いたいんじゃなくてね!」


 ブンブンと手を振って否定しながらもおばちゃんの顔は緩んでいる。守銭奴か。

 いや、サトルが長期不在の間、たまに換気と清掃するだけで家賃が入ってくるのだ。大家としてはニヤけるのも当然だろう。


「でも帰ってきますからね? 家具を売り払ったりほかの人に貸したりしないでくださいよ?」


「ととと当然じゃないかサトル! もう家賃はもらったんだからね! ほら頼まれてた物を揃えといたから確認しときな!」


 大家のおばちゃん、動揺しすぎである。サトルより小物か。

 サトルの予定に「金物屋で錠前を買う」が追加された瞬間である。


 このあとの予定はともかく、サトルは店の一角に集められた品物の確認に向かう。

 水を入れる皮袋、寝袋にも雨具にもなる厚手のマント、何かと便利なロープ、点火の魔道具、大型のリュックサック、鍋や木皿といった調理器具と食器、トイレットペーパー代わりになる植物の葉っぱなど、旅に必要な細々とした物が並んでいる。


「それと、頼まれてたコレも手に入れてきたよ! いやあ、こんなお高い魔道具を取り扱うのは初めてだよ!」


「やった! おばちゃん、ありがとうございます! あ、手持ちのお金が」


「いままでサトルが払わなかったことはないんだ、2、3日ぐらい待ってるよ。はあ、いくら官吏が高級取りだからって、ほんとにポンと買っちまうなんてねえ」


 しみじみと言う大家のおばちゃん。

 魔道具は安いものもあれば高いものもある。

 サトルに依頼されて仕入れた魔道具はけっこうなお値段だったらしい。

 大家のおばちゃんに引かれても、サトルにとっては「旅に絶対必要な魔道具」だったらしい。


「それでサトル、水樽や飼い葉はいいのかい? 本当に馬車を使わないって?」


「なにしろ長旅ですし、山越えもありますからね。馬車じゃ通れない道も多いそうで」


「はあ、遣東使はそんな道を行くんだねえ。ティレニアじゃ考えられないよ」


 ティレニア王国の北部には山々が連なるが、半島の中央付近、王都のまわりにあるのはせいぜい丘だ。

 周囲には森もあるが、きちんと道は伐り拓かれて馬車が通れる。

 旅人や行商人の中には徒歩で移動する者もいるが、王都で生まれ育った雑貨屋のおばちゃんは「馬車でいけない場所」が想像できないらしい。


「……いや、二頭分の飼い葉と、小さな馬車に乗るような樽もお願いします」


「はいよ! 樽は裏にあるけど、飼い葉は明日でもいいかい? 手配しておくからさ」


「ええ、お願いします。あの魔道具の分は後で払うとして、先にほかの物のお代を」


 事前に聞いていた料金が入った小袋を渡すサトル。

 サトルが頼んだ高価な魔道具分は入っていないが、揃えてもらった旅用の雑貨分の支払いである。

 おばちゃんはざっと半分ほど中身をすくい取っただけで、残りをサトルに突き返した。


「……おばちゃん?」


「『ぜんぶ持っていけ』とは言えないけどね、これはアタシからサトルへの餞別だよ!」


「まさかおばちゃんが割引するなんて……ありがとう」


 ご近所でもケチで有名なおばちゃんからの餞別らしい。しっかり半分は受け取っていたが。


「なあに、サトルは文句も言わない支払いも遅れない、本当にいい店子だったからね! 遠慮しないで持ってきな!」


「おばちゃん。『だった』って、俺は帰ってくるから。あと5年分の家賃も払うし」


 サトルの言葉に「そうだったねははは」などと笑いながら、雑貨店のおばちゃんは店舗の裏手に向かった。

 サトルに頼まれた樽を持ってくるのだろう。


「ケチだけど、お金のやり取りは信用できる人だからなあ。家賃を払った期間は大丈夫だろ」


 サトルが大家のおばちゃんから部屋を借りて、もう10年近くが経つ。

 きちんと支払いをしていたことは確かだが、大家のおばちゃんから家賃の値上げや理不尽な要求があったことは一度もない。

 なんだかんだ、サトルは大家のおばちゃんを信用しているようだ。


 サトルは雑貨店で受け取った荷物を四階まで運ぶ。

 自分の部屋に帰ると、サトルは肩掛けカバンを取り出した。

 ダンジョンを踏破した時に手に入れたマジックバッグである。


「小さめの樽なら入るだろ。水は大事だしな。マジックバッグはダミーの大型リュックの中に……よし、入る」


 旅の準備は、着々と進んでいるようだ。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ふう、片付けはこんなものかな」


 午後、サトルは勤務先である財務局王宮財務部に来ていた。

 いや、午前中は分身を派遣していたため、上司や後輩にしたらサトルは朝から来ていたのだが。

 ちなみに分身はお昼休憩の時に執務室を出て王宮から抜け出し、市街の物陰でサトルが吸収している。

 午前中の記憶と疲労感も、サトルが吸収している。

 サトルも慣れたもので、分身一体の午前中の疲労程度は問題ないらしい。


「なんだか寂しくなりますね、先輩……ところでこの引き継ぎ資料よくできてますね! さすが先輩!」


「なんかぜんぜん寂しがられてない気がする」


 この国と周辺地域では明日が新年となる。

 例年であれば上級官吏は祝賀パーティに参加し、サトルと後輩は執務室で事務仕事。

 祝賀パーティの片付けが終わる数日後から、交代で新年の休みを取ることになっていた。

 だが。


「はあ、明日は俺もパーティに参加するのか」


「納品された食料、上モノばっかりですよ? 先輩がうらやましいです!」


「おっ、だったら代わるか後輩? 遣東使の役割ごと」


「上司も先輩も不在ですから、王宮財務部の留守は僕に任せてください! がんばりますね!」


 ぐっと拳を握って「お仕事やる気です!」アピールをする後輩。

 サトルは一つため息を吐いて肩を落とした。

 遣東使に任命されて以降のクセである。すすけたおっさんか。30歳のサトルは充分おっさんだろう。


「そうだ先輩。遣東使用の物資がいろいろと納品されてきまして……先輩たちの組の受け取りは、僕がいる時にしてください。できれば上司がいない時に」


「後輩? おい、ヤバい橋を渡るつもりじゃないだろうな」


「大丈夫ですよ。過去の記録を見る限り、すべての組がすべての物資を引き取ることはないようなんです。だから余る分を渡すだけで」


「それなら、まあ。すでに納品されてるんなら、返すわけにもいかないしな」


「そういうことです。僕にはこんなことしかできませんけど……」


「いや、充分だ。ありがとう後輩」


 明日、新年祝賀パーティでは遣東使10組の任命式典が行われる。

 その後、各組は自分たちなりに準備を行い、それぞれのタイミングで旅立つ予定だ。

 親書や身分証明書などは全員に渡されるが、物資は各組が取りにくる手はずになっている。


 例えば貴族のバックアップを受ける組、あるいは国に雇われた冒険者などは、王宮が用意した物資を受け取らないこともある。

 後輩はそうして余った物資をサトルに横流しするつもりらしい。

 まあサトルも遣東使であり「遣東使に渡す」のだ。

 予定通りと言えば予定通りと言えるかもしれない。


「ところで後輩。俺の机の上に引き継ぎ資料を置くのは止めてくれないか?」


「おっと、そうでしたね! 先輩が0.1%にならないとは限りませんもんね!」


「帰ってくるから。これは俺の机だから」


 10年働いた、財務局王宮財務部での最終出勤日。

 最後の一日は、そんな冗談とともに終わるのだった。


 なじみの店でも借家でも職場でも、遣東使に選ばれたサトルは帰ってこないものとして扱われるらしい。哀しい事実である。




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